狼少年の切符


 三匹の子豚がダンジョンの壁を覆うヒカリゴケに照らされている。


 切り刻まれた豚の足や胴は床を血だらけにしていて、コケは血溜まりに胞子を振らせていた。このコケもまた魔物の一種で、ある程度育つと〈トーツポテン〉という毒キノコの化物になる。


 俺の脳内にお仕事モードの叡智の怜悧な声が響いていた。同じような神託をパーティの他の二人も聞いているだろう。


〈カオス()の火炎がレベル6になり、夢想流が3、細剣術が4になりました。さらに、〈鍛冶の男神おがみアイワン〉がカオスに傾注していることをついに認めました。鍛冶アイワンの計らいにより、カオスシェイドは〈裁縫〉のスキルを獲得しました。修行アプリから裁縫ゲームが削除されます〉


 え、マジで? 裁縫はすごく欲しいスキルだったぞ?


〈ミケは新たに〈豚氏太極拳〉および〈豚氏太極剣〉のスキルを獲得しました。シュコニは天然理心流のレベルが5になりました。新たに獲得した武技の発動条件等については、剣術目録を入手して読むか、最寄りの師匠、もしくは鑑定持ちに教わってください〉


 基礎レベルこそ変化無しだが、夢想流の杖術が一気に3まで上がってくれた。1体でもEランクパーティを全滅させ得るオークを3体撃破したのが良かったのだろう。


「……嘘でしょ、勝っちゃった。スキルの数とかレベルはまだ足りてないみたいだけど、キミたち、たぶんもうご両親と張り合えるよ。黒豚は最低でもDランク冒険者じゃないと死んじゃう強敵なのに……」


 ——おっと、それどころじゃねえ。


 シュコニが唖然とした顔で異世界テンプレめいた発言をしてくれたので、俺はすかさず渾身のドヤ顔を披露してみた。「俺、なんかやっちゃいました?」というムカつく顔だ。


〈はは。残念だったな。今回はワタシの〈鑑定〉もファレシラ様の〈調速〉も勝利に寄与したとは言い難いだろ? おまえに加護を与えているのはワタシら2柱なのだから、SPはやれんね〉


 ——くそっ、言われてみればその通りだ。


 蜂との戦いで久々に獲得したSPは既に消費し、新しいスキルに変えている。極大魔法か、地球科学か——未だに自分の選択が正しかったのか自信がないので追加のSPが欲しかったのだが。


 気落ちしていると倉庫を開く詠唱が聞こえた。


「よしみんな、ちょっと休憩だっ!」

「にゃ? 三毛猫は未だ疲れを知らない。それよりここは10層より下?」

「嘘はダメだぞー? お姉さんは子猫やカオス少年がオークに殴られて青い光の壁を出すのを見た。あれって噂の『HP』だよね? 冒険とか歌とか、一部の神様だけがくれる絶対防御の壁だっ!」


 ミケが目をそらすようにそっぽを向いたので鑑定すると、子猫のHPはゼロになっていた。


「にゃ!? おいカオス、勝手に鑑定はだめ。乙女には秘密があるのだが!?」

「俺が見てない間に2発も受けてたのか……俺も1発もらったし、シュコニに賛成だ」

「はいっ、これで決まりだ☆ それに忘れていないかな? 私が持ってる〈回復〉スキルでHPを治せるか試してみないか。お姉さんは回復だけは自信があるんだ☆ それで——そう、無理だったとしても少し寝ないとダメだ。迷宮は時間がわからなくなりがちだけど、外はもう夜のはずだぞっ? ミケもカオスも、ガキは眠る時間だっ☆」

「にゃ!? 回復なんて……」


 ミケがぐずったがシュコニは譲らなかった。


「ねえミケ、聞いて……これは、これだけは本気でダメだ」


 メイドさんは急に真顔になって、ミケは怯えたように黙った。驚いたのは俺も同じだ。


「2人ともご両親が心配なのはわかるよ。だけど……私は防御や補給を軽視する冒険者を、本気で、絶対に許せない。アホみたいに先走って『冒険』しようとするやつらは、マジでいっぺん死んでみろと思ってる」


 シュコニは有無を言わせない顔で素早く詠唱し、ちょうどダンジョンの壁を向く形で〈常世の倉庫〉の入り口が開いた。敵の侵入をできる限り防ぐため、長辺でも50センチほどの長方形だ。高さも地上から1メートルくらい上空で、敵はもちろん人間でも入りにくい。


 メイドさんは取り繕うような笑顔を見せて俺たちに微笑んだ。


「ささ、倉庫に入り給えっ! ——あ、靴は倉庫に入ったあとで脱いでね? 外に出したままだとゴブリンやスケルトンに盗まれるぞっ」


 倉庫の入り口には表裏があるが、裏からは入り口が見えない。洞窟を歩く魔物から見ると、この入口の場所にはダンジョンの壁にしか見えないわけだ。俺の〈倉庫〉はレベル1だし、狭くてとても住めないレベルだが、将来の参考になる位置取りだった。


 シュコニはミケを倉庫に押し込むと、中から俺の手を引っ張ってくれた。テントやら寝袋が雑然と転がった空間でミケは不満そうにしていた。


「……それでも子猫は寝てる場合じゃないと思うが」

「よしっ! じゃあカッシェ、晩ごはんを作ろう。豚肉ならいくらでもあるっ☆ 言っておくが料理はキミたちが頼りだぞ? 我が料理はその昔、親父に手作りしてあげたら鑑定で〈毒〉と出たレベルだ☆ お姉さんは超下手くそなんだ。お姉さんには女子力のステが足りてないっ! ……お姉さんは、未だに独身だ……」


 俺は携帯用の窯に火を入れ、調理用の鍋を水で満たした。



  ◇



 倉庫の中は食事に相応しくないほど生臭くなっていた。


 俺が調理を始めるとミケとシュコニは警戒しながら外に出て豚を解体・回収してくれたのだが、3体分の豚肉は持ち込んだ革袋にはとても入り切らなかったし、収納できたぶんでも倉庫の半分くらいを占拠した。血抜きはしたし袋詰めだが、どうしても臭いがする。


「え……ここって17層なの?」


 米の代わりの煮豆に焼き肉を乗せた豚丼とお吸い物のメニューに大喜びしていたウェイトレスは、俺が階層を伝えると青ざめて箸を落とした。ちなみにシュコニは箸が使えた。ドーフーシとかいう中国語っぽい響きのする彼女の祖国では、箸は普通の習慣らしい。


「——にゃ!? じゃあ、近くにパパやママがいるかもしれない?」


 逆に子猫は大喜びで、吸い物を一気飲みして立ち上がった。探しに行くのかと思ったが、ミケは俺が村の道具屋で購入した白いふわふわの寝袋に体を入れて寝転がり、ずっと発光している〈倉庫〉の壁を嫌そうに睨んだ。


「……ミケは寝る。早くHPを戻して、2人を探しに行く」


 食事を済ませ、少し冷静さを取り戻したのだろう。子猫は俺に厳しい視線を向け、


「子猫を眠りを妨げた者には死の報復があると知れ」

「……了解。だけどスカートは脱いでくれ。マントと合わせて補修しておくから。俺も〈裁縫〉を試したいんだ」

「にゃ」


 ミケは寝袋の中でごそごそやって赤いスカートや胸元のリボン・タイを放り投げたあと目を閉じ、懸命にHPの回復を始めた。


 残念ながら、シュコニが持つ愉快の加護では俺たちはHPを回復できない。同じ〈癒快〉を持つ母とラヴァナさんが大昔に試した時から俺やミケには常識だ。


 回復系のスキルは傷を治療できるし、高レベルなら部位の欠損すら癒やす。しかし〈HP〉の正体は絶対防御の壁であって〈肉体〉じゃない——というのが、回復について鑑定した俺に対する叡智の女神の返事しんたくだった。


 もちろん、だからと言って回復スキルは無力ではない。例えば回復は「肉」に作用するため〈防腐〉が可能で、倉庫内の肉はシュコニがすべて防腐処置を施してくれている。


「17層……うわぁ、どうしようっ」


 シュコニはまだ青ざめている。


「黒豚を持ち帰って大儲けだ☆ ……って思ってたけど、私じゃ帰り道で殺されちゃうよ。キミらは『帰ろ?』って提案しても絶対に賛成しないだろうし」

「ごめん、さすがに帰るのは目的と違う……お金が欲しいなら、シュコニはこのまま〈剣閃の風〉と合流して一緒に帰るのが一番安全だと思うよ。なにせDランクが2人もいるし、盾職のムサもこの前Dランクになった……ムサさんは、ここと同じ規模の『倉庫』まで持ってる」

「うう、なるほど……?」


 例えば落ちてきた穴を気合で登れば魔物と戦わずに3層まで戻れるかもしれないが、俺はそんな無駄な助言なんてしない。単純なステータスでは計れない「ダンジョンでの実戦経験」は俺とミケに最も足りていない部分で、この場ではシュコニだけがそれを持っている。


 シュコニは黒豚肉の詰まった袋を見たり、オークのうち1体が残した大きめの魔石を見たりしたあと、最後に右手の薬指にはめた指輪を見つめ、覚悟を決めたように笑った。


「……うん、お宝だっ! 無事に帰れば大金持ちだ☆ そう考えるのが冒険者だよね?」


 メイドは落とした箸を拾って雑に拭き、ご飯の残りを食べ始めた。


「それよりカッシェ、私を鑑定してくれないか? ステータスは必要無い。この前村長ギルマスに見てもらったばかりだっ。鑑定さんは、Lv2から細かい技が見えるんだっけ? 私の〈天然〉だけ特に詳しく見て欲しい」

「ああ、さっきの戦闘でレベルが上がったもんね」

「そうっ! 剣のレベルが上がるなんて二年ぶりだっ! 17層まで落とされるなんて……もはや私は、剣を頼りに生き残るしかないっ!」


 俺は倉庫から紙を出し、シュコニに渡してから鑑定Lv5を使った。鑑定対象がヒトなので、叡智による読み上げではなくステータスを表示したディスプレイが出る。



————————————


名前:シュコニ

年齢:19

出身:ドーフーシ帝国キラヒノマンサ市

前科:なし

称号:

 愉快の加護

 Eランク冒険者


所属:〈名無しのパーティ〉

 カオスシェイド()、ミケ


レベル:15

EXP:10,820/19,073


スキル:

 倉庫Lv2

 微風Lv4

 天然理心流Lv5

 基礎護身術Lv4

 地図Lv5

 解体Lv4

 罠感知Lv4

 罠設置Lv4

 罠解除Lv4

 回復Lv4

 手当てLv9


MP:253/410(513△20%)

腕力:821(511+310:打刀・髪切虫かみきりむし

知性:471(433+100:銀杏の指輪)

防御:1,126(307+819:防具1、防具2、防具3)

特防:503(419+84:防具2、防具3)

敏捷:208(139+69:銀杏の指輪)


防具1:黒妖犬のレオタード(+552、+0)

防具2:ウユギワ酒場の制服(+249、+66)

防具3:絡新婦じょろうぐもの下着セット(+18、+18)


————————————



 ステータスは、俺やミケと違って「HP」を持たない多くの冒険者がそうであるように、防御力が突出して高い。村で目撃した純白の下着セットにも意味があるようだ。ちなみに防具は複数あると項目が分かれて表示されることがある。


 続いて俺はステータスの〈天然理心流〉に鑑定Lv1を使った。スキルの発動には詠唱いのりうごきが必要になるが、神々が指示した新たな套路うごきはLv1の鑑定でもしっかりと教えてもらえる。


 アクシノが読み上げる新しい動きをそのまま口伝えすると、シュコニは熱心にメモを取った。剣の細かな振り方や突き方の説明は俺には意味不明だったが、シュコニは何度も質問し、MPに余裕のある俺は鑑定を連発して詳しく動作を伝えた。


「ふおお、本気で助かるよ……やっぱパーティに〈鑑定さん〉がいると便利だね。冒険者は普通、技のレベルが上がっても、ギルドで鑑定持ちの職員に高いカネを払うか、同じスキルを持つ冒険者に酒を奢ってやりかたを教わらないとダメなんだ。だからダンジョン内でレベルが上がっても、こうやってすぐにスキルを使えるようにはならない——そういやミケも剣とか拳のスキルが増えたはずだけど、あの子は知らなくて良いのかな?」

「必要ないよ。ミケは今、夢の中で教わってると思うから」

「……夢?」

「こいつは昔から、新しいスキルを寝て起きると覚えてるんだ。ずっと理由がわからなかったけど、この前森で知った。こいつ、寝てる間に神々が直々に教えに来てるらしい」

「はあ? なにそれ意味不明だぞっ!? それじゃ冒険のニケとかが今、子猫に夢の中で新しいスキルを……?」

「みたいだね。だからこの猫、いつも寝不足なんだ。俺は鑑定持ちだから、新しいスキルを覚えたら即座に『鑑定』しまくって使い方を覚える。だから、夢で直接教わる感覚はよくわからないんだけど……うなされてるな、ミケ」

「ええぇ……? きみたち、本職の冒険者たる私を差し置いて、冒険のニケから贔屓されてない? 私なんて……いや、それはともかく、私は寝る前に套路を確認しなきゃだっ!」


 メイドは呆れつつも立ち上がり、日本刀を抜き放った。刀はすぐに床へ置き、漆塗りの黒い鞘を握る。俺が隅に避難すると、シュコニはメモを読みながら鞘を振り、スキルの発動を確かめた。


 鞘が空を切る音を聞きながら、俺のほうも寝る前の日課を始める。


 まずは〈ひのきのぼう〉に鑑定をかけ、さっと窯で炙ったあと、金槌で1発だけ〈補修〉した。


 素材の強さもあるのだろうが、レベル5になった〈鍛冶〉は、ただ1発、25MPでオークやゴブリンとの戦いで傷ついた武器を修復した。Lv3を限度とする〈無詠唱〉の範囲を超えているので打つたび詠唱が必要になってしまうが、恥を堪え、同様にシルフの懐刀にも1発入れる。床に置かれたシュコニの「髪切虫かみきりむし」は2発で新品同様になり、お姉さんから「私の武器まで!?」と喜ばれた。


 武器の補修はこれで終わりだ。毎日200発は金槌を振っていた身からすると物足りなかったが、まあいい。ずっと欲しかった〈裁縫〉スキルを試してみよう。こちらはまだレベル1なので、〈無詠唱〉の範囲なのも良い。


 実験台として自分が着ている黒革のジャケットに〈裁縫Lv1〉由来の〈補修〉をかけてみる。鑑定によると、スキルの発動方法は〈針で刺せ〉というだけだそうで、チェインメイル用に〈倉庫〉の中へ用意していた針金に〈鍛冶〉を使い、針に整形して刺してみると、泥や血で汚れていた俺のジャケットが多少の輝きを取り戻した。


 そのまま15回刺すと150MPと引き換えにジャケットは新品同様になり、俺は黒革のパンツやミケのスカートに針を刺した。ミケが締めていた赤いリボンはほぼノーダメージだったが桜色のマントはかなりくたびれていて、500MPかけて修復が終わる。


 そんなことをしていると、ファサッ……と頭に布がかけられた。


 黒地のメイド服だ。


「これも良いかなっ、少年☆」

「エ? アア、ももも、モチロン……」


 返事をしながら振り返った俺は、すぐに視線をそらした。スキルの確認で汗ばんだメイドさんは倉庫の中央で可愛らしいメイド服を脱ぎ、その下に穿いたスク水のような革鎧を脱ごうとしていた。つややかな太ももやたわわな果実なんてボクは目撃していない。


 ボクは白く光る〈常世の倉庫〉の壁に向かって座り、決して部屋の中央を見ないようにして自分の仕事に打ち込んだ。最初にもらったメイド服を補修しているとボクの小脇に鎧が置かれ、鎧に〈鍛冶〉で補修をかけていると——本来であれば女性の上下を秘匿しているべき、白く輝くブラとパンツがボクの真横に置かれるではありませんかッ!


「下着も頼むぜっ、少年☆」


 手に取ると白い下着はまだ体温で暖かく、背後から明るい声がしたので、ボクは壁を凝視しながら頷いた。


「ウンワカッタ」


 ボクは紳士だ。決して振り向いてはいけない。しかし今、純朴な少年を装って振り向けばそこには……そこにはッ!


 ——うおお、馬鹿なのかオレッ!? カオスの馬鹿っ! 紳士ヅラなどしている時か!?


 体こそ7つのガキとはいえ、ココロはハタチをとうに超えたオレだろ!?


 男はみんな狼なんだぜと、ウブなシュコニに教えてやるべきだろうッ!?


 ——ボクはッ……! 誘惑に負けて後ろを振り向いたッ……!!


「あ、夜中に倉庫を出たらだめだぞー? 〈罠設置〉スキルで倉庫の出口の真下にでかい音がする罠を仕掛けてある。カオスシェイドくんも、鍛冶仕事が終わったら即座に寝ること♪ ……良いね?」


 たわわな果実を持つお姉さんは子猫の横で寝袋に入り、すでにすべての神秘を隠していた。



  ◇



 ややふてくされた気分ですべての補修を済ませた俺は、MP無しで無料で使える「ステータス欄」を開き、〈教師〉の項目をチェックしたあと先程仕留めた黒オークの革に針を連打した。子猫とメイドはすでに寝息を立てている。


 それでも俺のMPは、まだ5千近く残っていた。


 ♪——混沌が、夜なべをして……。


 雑な替え歌を脳内で鼻歌しつつ、寝る前最後の一仕事として、新鮮な黒オークの革を〈裁縫〉して作ったマントを炙る。Lv5の〈鍛冶〉で限界までMPを叩き込んで〈銘〉を入れた。


 黒豚オークの皮を使った防具マントができた。銘はシンプルに「黒マント」とした。


 俺の裁縫はまだLv1だし、鍛えた時間もほんの数時間だ。完成した黒マントの防御力は鑑定結果を見るに「まあまあ」だったが、こんなモノでもきっと役に立つはずと信じたい。


 一面真っ白な〈常世の倉庫〉でMP枯渇による酩酊で気絶しそうになりつつ、俺は寝袋で女体の神秘を隠し、ぐうぐう寝ているお姉さんの上に新品の黒豚マントを被せた。


 シュコニは赤いマントを持っていたが、今は倉庫の隅にある鍵付きの宝箱に入れている。聞けばあのマントは防御力も何もない「ほとんど布」なマントで、ずっと布団代わりにしていたらしい。寝袋を手に入れた今、「もはや用済みだっ」と言ってシュコニは箱へ赤マントを入れて……それを見ていた俺は、お姉さんにマントを作ってやろうと決めた。


 MP枯渇でフラつきながら自分の寝袋を手に取る。


 寝袋は、角ウサギジャッカロープの柔らかい毛皮を使った高級品だった。もっと安い物で良かったのだが、地震の影響で布団を必要としている村人が多く、俺が道具屋で買おうとした時はコレしか残っていなかった。道具屋の店主に足元を見られた形だが、仕方ない。


 俺は寝袋に身体を入れ——ふと違和感を覚え、ふわふわな寝袋の奥に手を伸ばした。



 革紐で丸められた見覚えのない羊皮紙が入っていた。



 紐をほどくと、羊皮紙にはまだたどたどしい筆でこの世界の文字が書かれていた。


「——カッシェ けさは すてきな はぶらしを ありがとう——」


 手紙の冒頭には下手くそな字でそう書かれていた。


「カッシェ きみたちは めいきゅうに いくのですよね? あさ はを みがいているとき こっそり ききました。


 ぼくの ふたりのあにが ダンジョンから かえりません。


 ぼくより 14も おにいさん。まえの おかあさんが うんだ たいこが じまんの ふたりです。


 じしんの まえ あにたちは きぞくさまの レベルあげのため ダンジョンに いったきりです。


 パパは きっと だいじょうぶ と いいます。


 でも ぼくは しんぱいです。パパは ギルドに そうさくねがいを だしません。


 おかねがかかるから。


 ——きっと すぐ あの きぞくの いえが おなじ そうさくねがいを だす。


 パパは いつも なによりも おかねが すきです。


 ぼくはきらいなのに。


 だから カッシェ どうか これで ぼくの あにたちを さがして ください」



 それはウユギワ村の道具屋の息子で、狼少年のルガウが書いた手紙だった。手紙は二枚あり、俺は次の羊皮紙を確認した。


(なんだコレ……描かれているのは魔法陣か? ファンタジックな見た目だな)


 ほぼ無意識に〈鑑定〉すると、叡智の女神がお仕事モードで教えてくれた。


〈……! これは【常世とこよの切符】です。このアイテムは偉大なる歌様が気まぐれに与える「星辰の霊薬」と同様、常世の女神が気まぐれに下賜するレア・アイテムで、最低でも600金貨ドルゴの価値があります。見た目はただの羊皮紙のため、市場に流通している品のほとんどは偽造品ですが——おそらく、これは本物として機能するでしょう。

 この切符は、そこがどのような迷宮ダンジョンの深部であれ、破り捨てれば半径4、5メートル以内の生物や魔物を、持ち主にとっての迷宮の入り口まで一瞬で転移させることができます。1度きりではありますが、ヤバくなったらいつでもダンジョンを抜け出せるってことです……!

 ——おいカオス、ただの歯ブラシがお宝に化けたぞ!?〉


 アクシノは砕けた口調で神託を終え、俺は切符に描かれた複雑な模様を改めて見つめた。



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