第3話 文化と文明の子
鑑定——おお、なんと甘美な響き……!
ステータス欄の「鑑定」に〈鑑定〉をかけてみた俺は、自分が初めて入手したスキルの効果に感動した。
〈鑑定スキルは、知りたいことを意識した上で「鑑定」を詠唱すると発動し、モノの価値やヒトの能力を見抜きます。消費MPはレベルと情報量に応じて変動しますが、常に素数です。
入手できる情報の質はスキル・レベルに依存し、Lv1では、各種ステータスの大まかな意味や市販品の公平な価値を判定できる他、他人の名前と加護を見抜きます〉
頭の中に怜悧で清楚な声が響く。叡智の女神アクシノの声だ。同時に視界の左端から右端へ同じ内容のテロップが流れたが、これはディスプレイとは独立した表示になっている。
静止した時間の中で、俺は調子に乗って〈鑑定〉をしまくった。心の中で「鑑定」と念じるたびに体からごそっとなにかが抜け落ちるような感覚があるが、知ったことか。
〈【腕力】とは身体能力の平均値で、物理攻撃の威力を決定する基礎点です。腕力が5でも、実際は右足が7で他が2や3である場合があります〉
〈【知性】とは魔法攻撃力の基礎点で、各種属性魔法の威力に影響します〉
面白かったのは「HP」の鑑定結果で、俺はどうやら
〈【HP】とは、敵からの攻撃を無条件に無力化できる回数を表します。ほとんどすべての冒険者は0で、特定の神から強い加護を得た人間のみがこの値を持ちます。MPと同様、消費しても時間経過で回復します〉
俺の知っているゲームに出てくるHPとは意味合いが違うが、ステータス欄にあった「加護」の意味がようやくわかった。俺は自分のステータスにある「星辰の加護」と「叡智の加護」をそれぞれ鑑定してみた。
〈【星辰の加護】とは、星と歌の女神ファレシラとの契約を意味し、HPを3増やす他、他の加護の効果を増加させます。対象のレベルに応じ、調速スキルを始めとするいくつかのスキルが得られます〉
〈【叡智の加護】とは、空前絶後の知と美を兼ね備え楚々として優美かつ偉大なワタシ、叡智アクシノとの契約を意味し、MPと知性を大きく強化します。対象のレベルに応じ、翻訳スキルを始めとするいくつかのスキルが得られます〉
くそっ、俺の
しかし、これははっきりと「魔法」で、俺は鑑定を止められなかった。俺は死んだし、転生したし……ちょっと腐っていた気分が高揚してくる。
一旦ディスプレイを消し、視界に入る暗い天井やろうそくを鑑定してみた。結果はさして面白くなかったが、静止した時間の中、ドアの合間に見切れた「母」を発見し興奮が蘇る。
ヒトに対する鑑定は能力やモノに対する鑑定とは異なり、目の前に別枠で縦長のディスプレイが表示される形だった。
————————————
名前:ナサティヤ
レベル:17
称号と加護:
Eランク冒険者
怪盗の加護
ゴブリンキラー
————————————
鑑定Lv1なので情報が少ないが、怪盗て。それにゴブリンキラーなのママン。
鑑定結果のウィンドウ下部には閉じるボタンがあったが、俺は押さずに「怪盗」と「癒快」の文字に追加の鑑定をかけてみた。例によってゴッソリなにかが抜け落ちる感覚があるが気にしない。
〈【怪盗の加護】とは、泥棒の
〈【癒快の加護】とは、医学の男神ムリアフバとの契約を意味し、知性を上昇させ、対象のレベルに応じて傷や病気、毒を治療するスキルを与えます〉
どうやら俺の「母」は回復もできる斥候のようだ。旦那と「クエスト」がどうのと話していたから、冒険者パーティを組んでいるうちに青春して結婚したのかもしれないな。……悔しくなんてない。
俺は真っ暗だった前世の青春時代を忘れるべく、「ゴブリンキラー」について〈鑑定〉しようとした。
(………!?)
強烈な吐き気を感じ、俺は両目を見開いた。なにかおかしい。
(……ステータス!)
必死に念じるとステータス画面が表示され、俺は違和感の正体を見つけた。
MP:53/2,099
潤沢にあったMPが枯渇しかけていた。
間違いなく鑑定のせいだ。鑑定するたび体からなにかが抜け落ちる感覚があったが、あれはMPだったのか。一回あたりどれだけ消費してたんだろう? 調べておくべきだったな。
(ヨシッ……!)
鑑定は発動せずに終わったが、俺は胸の内で快哉を叫んだ。
(体感で10秒に1ずつ減るから、1分あたり6MP……残り8分で枯渇する!)
静止した時間の中、俺は赤いバッジのついた〈手紙〉のアプリを起動してみた。案の定そこには
〈明日の夜までに、オークを討伐せよッ!〉
いや、しねえしwww
このメールは世界を一時停止させたわけだが、MPを俺に支払わせたのが運の尽きだったな、女神ファレシラ。
ていうかオマエ、俺の鑑定によると、惑星と〈歌〉の女神だって?
納得したぜ、
俺は〈手紙アプリ〉をスワイプして脇にどけ、再び〈修行アプリ〉を開いた。
叡智の女神アクシノ様によると、次のオススメは〈教師〉スキルらしいが……どうしようかな。
鑑定Lv2に進むためには再びSPが必要になる。
事前に鑑定した結果によると〈SPとは、スキル獲得に利用できる値です〉とのことで、〈修行アプリ〉を利用するためのポイントらしい。
使うと無くなるポイントで、初級をクリアした鑑定をレベル2に強化するには追加のSPが必要なのだが——俺の鑑定レベルでは、どうすれば追加のSPが得られるのかわからなかった。
(どうするよ、俺……? ファレシラがオススメしている〈調速Lv2〉は放置するとして、〈小刀Lv1〉とか〈火炎Lv1〉にも挑戦できるんだよな……)
悩んでいる間にもMPは枯渇に向かっている。
俺は吟味を重ね、アクシノ様には申し訳ないが、〈火炎〉スキルを試すことにした。
俺は喋れないゼロ歳児だ。誰かに自分のスキルを伝授できるという〈教師〉スキルを取っても喋れないし、〈小刀〉を得てもまだ剣を握れない。
認めるのは悔しいが〈火炎〉のライバルは〈調速〉だ。鑑定ゲームの眼精疲労はまだ残っているが、「テンポが早くても動ける」というスキルはつまり、時間が停止した状態でも動けるってことじゃないだろうか。そう考えると〈調速〉は魅力的だったが——加速状態はあと数分で終わってしまう。
そこで〈火炎〉スキルだ。〈鑑定〉は、スキルを取得した瞬間から「鑑定」と念じるだけで使えたので、炎のスキルもそれと同じなんじゃなかろうか。燃やしたい女神を睨んで「炎よ!」などと念じれば、あの緑髪の女神が火に包まれる……!?
ステキな空想に胸を膨らませ、俺は〈修行アプリ〉の〈火炎ゲーム〉に挑戦しようとした、その時だった。
〈残り時間がわずかです☆ とっととクエストを了承しなさい♪
このままMPが枯渇したら「了承した☆」とみなしちゃいますよ?〉
俺の目の前を発光するディスプレイが覆った。文章に散りばめられた星と音符の意味が今ならわかる。
(星と歌の女神……)
女神からの新規メッセージにはやたらでかい「NEXT」のボタンがついていたが、俺は画面をスワイプしようとした。
(くそ……できねえ!?)
ふざけんな、と思いながら「NEXT」ボタンをクリックする。
〈そんなに嫌なら、世界を再び動かしてみますか? あなたの運命を見てみると良いです☆〉
——俺が読み終わった瞬間、ずっと停止していた世界が動き始めた。
「あ……」
つぶやくような女性の声が聞こえた。
「ナサティヤ!」
追いかけるように男の声が聞こえる。
「——おい、どうした!? 嘘だろ、なんで急に……」
籐カゴで眠る俺の視界には半開きのドアがあり、倒れ、苦しそうに全身を震わせる女性が見えた。血を吐いている。黒髪の浅黒い男が肩を抱き、怯えた顔で背中をさすっている。
そこまでで、再び世界は停止した。
〈安心してください♪ 今なら助けられますよ☆ 今、ほんのちょっと勇気を出せばよいのです〉
視界を覆うように新しいメッセージが届いた。
〈あなたの「新しい両親」があなたにとってどれだけの意味を持つのかはわかりませんが、どうします? わたしは「失敗したら家族も皆殺し」と伝えたはずです〉
そんなメッセージを一文字ずつ読み進めるたび、俺は血圧が上がるのを感じた。
(……おまえがあの
〈わお☆ 助けたいです? このままじゃ「母ちゃん」が死にますよ♪〉
心を読むように新しいメッセージが届く。
(やめろ)
〈それなら答えはわかっているはずです☆〉
メッセージには続きがあって、女神は俺に告げた。
〈今なら特別に1,000MPをあげましょう☆
クエストを了承しなさい。
あなたが〈調速〉を軽視したのは残念ですが、鑑定だけでも助けられるはずです♪
あなたの答えがどちらであれ、決めた瞬間、星は再びリズムを刻む。
この世界が、「混沌の影」にとって楽しい場所でありますように〉
愕然とする俺の目の前でこれまでのメッセージがすべて消え去り、〈手紙アプリ〉が一通のメールを表示する。
〈明日の夜までに、オークを討伐せよッ!〉
そこには女神からのメッセージと共に未だに俺が押下していない「クエスト了承」のボタンと——それまで無かった、「見殺しにする」ボタンが追加されていた。
(くそ……!)
俺はスワイプした。ステータス画面。残りMPは——8しかない!? 80秒後に世界は動き出す!
残り7MP、1分強——元は53MP≒8分あったはずのMPが、この数瞬で急激に減った理由は——メールか。あれを受信し、読むためにもMPが消費されるらしい。
残り6MP——あと1分しかない残り時間で、俺は手紙の「了承」ボタンに視線を向けた。だが、まだ了承はしない。
残り3MP——30秒かけて心を落ち着けた。「母」になにがあったのかはわからないが、女神は俺の〈鑑定〉だけで解決できると言っていた。
残り2MP——俺はメールに目を向けた。
そして、1MP——10秒の猶予を残し、俺はクエストを「了承」した。
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