第2話 スキル・鑑定・ステータスオープン
未だ世界は停止している——俺は「了承」ボタンを押さずにいた。
——ざっけんな。失敗したら「死ぬ」ってなんだ? しかも明日まで? 家族皆殺し? そんなクエスト、受けてたまるかよ! そもそもこれってクエストじゃなくねえか。成功報酬が「殺さないであげる☆」って、どこのサイコパスだよ!
目の前には光るディスプレイ。俺は「クエスト了承」のボタンから全力で目をそらし、この十五、六分ほど必死に考えていた。
収穫はあった。
ディスプレイをよく観察すると、女神ファレシラとやらから受け取った
するとどうだろう。
そこには〈ステータス画面〉があった。ステータスだと言い切れるのは、画面上部に「ステータス」と書いてあるからだ。
画面の右脇には紺色のベビー服を着た赤子が表示されていて、これが現在の俺らしい。色白の乳児で、くりっとした目は地中海のように青い。頭頂部には黒い髪が少しだけ生えている。まだ生えかけに決まってる。転生してまで前世と同じ悩みを抱えたくねえ。
画面上部には「カオスシェイド〈思考加速中〉」として、俺の名前が表示されていた。混沌の影()とかいう中2ネームの後悔は先延ばしするとして、「思考加速」が気になるね。
そして、画面の左側——そこには現在の俺の、詳細なステータスが列挙されていた。
————————————
年齢:0
職業:なし
スキル:
SP:5
加護:星辰の加護、叡智の加護
レベル:1
EXP:0/101
HP:3/3
MP:1,718/2,099
腕力:3
知性:255
防御:3
特防:3
敏捷:3
————————————
HPや腕力の「3」がどれほど強いのかは不明だが、突出しているMPを見る限り強くは無いだろう。〈翻訳〉は文字通りとして、〈調速〉やSP、それに加護の内容がわからない。
……などと考察していると、MPが1減った。残り1,717MPだ。
(やっぱ、体感で10秒につき1ずつ減るみたいだな)
俺は〈思考加速中〉という表記の意味に当たりをつけていた。
現在、俺の周囲は時が止まっているように感じられるが、これは「気のせい」で、実際は少しだけ時間が進んでいるのだと思う。
今、俺の考える速さはなんらかの魔法めいた力で加速されていて、ナメクジが数センチ動く間に、俺は膨大な量の「思考」を行えるようになっているだけなんだ。
俺はそのせいで周囲の時間が遅くなっているように感じ——そして、そのためのコストを支払っているのは女神ではなくて俺だ。
考えていたらまたMPが減り、俺は舌打ちした。
(理不尽だな。ステータス欄に思考加速なんて無いのに、スキルみてぇな〈思考加速〉のコストは俺持ちかよ)
しかし良い点もある。
思考加速が俺のMP負担なら、このまま「クエスト了承」をせず放置すれば、俺はクエストを無視できるのではなかろうか? 思考加速は女神からのスパムメールから始まったが、このままMPが枯渇するまで待てば解除されるだろう。動き出した時間の中で俺は自由に行動できる——あの女神()のクエストを無視して☆
(ふはは、ざまあねぇなクソ女神。俺はお前の命令なんて聞かねえw)
今一度目を細めて画面を掴み、ステータス欄をスワイプしてみた。下の画面が見えるようになる。
(スマホでいうホーム画面か……? この壁紙はなんのつもりだ)
パソコンでいうデスクトップのような画面が現れた。壁紙は、波打つ黄緑色の髪と青い目——古代ギリシャのような白衣をまとった女神の自撮りで、(>_<)ってな笑顔でピースしている。うぜえ。
壁紙はともかく、ホーム画面には面白いモノがあった。左上に赤く輝く「終了」ボタンだ。クソ女神から脅迫を受けている俺に、クリックをためらう理由なんて無い。
〈この画面を再表示するには「ホーム」と念じてください。その他のアプリについても、名前を念じることで呼び出すことができます。
□このメッセージを再表示しない〉
チェックボックス付きの親切な確認ダイアログが出てきて、俺はチェックを入れたあと「OK」した。画面が消え、開け放たれたドアの奥に「母」の後ろ姿が見える。
(……時間は止まったままか……)
俺は相変わらず動けなかったし、母も、おそらくその奥にいるであろう「父」も動かない。
(……ホーム画面。ホーム出ろコラ)
ホーム画面が再び表示され、俺はすぐに「終了」を押した。
(ステータス)
念じると再び画面が出現したが、今度はステータス画面だった。スワイプしてホーム画面にする。
(なるほどね……ステータス・オープンができた。マジでテンプレみたいな異世界だな)
気分は冴えなかった。これで自分が死んでいなくて、東京にある自宅のお布団にいるなら楽しめたんだろうけどな。
ホームにはうぜえ壁紙や終了ボタンの他に、いくつかのアイコンが並んでいた。
非常口を表すヒトみたいな絵の下に〈ステータス〉と書かれたアプリがある。すぐ横の〈手紙〉というアプリには〈1〉と書かれた赤いバッジがついているが、明らかに俺が受諾を保留しているままの
それ以外だと〈印刷〉〈作文〉〈絵画〉〈計算〉、そして〈修行〉というアイコンがあり、〈修行〉にだけ〈5〉という赤いバッジがついている。
(修行……?)
俺は思わず瞬きし、〈クリック〉してしまった。
〈スキル育成アプリにようこそ! 説明書をご覧になりますか?〉
(ほお?)
YESとNOのボタンがあり、YESを押す。どうせMPの枯渇待ちで暇だ。
パンパカパーンと言うべき音が俺の耳を刺激した。それまで無音だったからビビったぜ。
〈修行アプリの操作方法〉
説明ウィンドウが開き、メッセージを読み、俺は「NEXT」ボタンを押した。
◇
体感で二時間ほど過ごした。
(ざっけんなゴブリン! てめぇ濁点が多すぎんだよ!)
俺は相変わらず一時停止した世界の中で〈鑑定ゲーム〉をプレイしながら、心の中で「ゴブリン」を呪った。
これで初級? 難易度がおかしくないか。
修行アプリの使用そのものは実に簡単で、俺は次のような説明を受けた。
————————————
1)こんにちは。ワタシは偉大なる女神の眷属です。可哀想な下っ端ともいえます。
2)あなたが起動した修行アプリは、ユーザーにスキルレベル3までの様々なスキルを付与する〈神アプリ〉です。
3)各スキルを開放するには、〈
4)スキルというものは本来、それに対応する神々から課せられた辛い試練を乗り越えた者にだけ与えられる異能で、〈神に認められた特権〉です。
しかしこのアプリを使えば、叡智のワタシに課せられた〈ゲーム〉をクリアするだけで
5)以下の一覧をご覧ください。レベル1のあなたは5つのスキルを開放することができ、5つのゲームで遊ぶことができますが、各ゲームを開放するには1SPが必要です。
調速Lv2……テンポが多少早くても上手に動いて演奏できるし、歌えます。
火炎Lv1……炎の魔法を得ます。Lv9で〈業火〉に派生します。
小刀Lv1……ナイフ術の基礎です。実力次第では〈剣術〉等に派生します。
鑑定Lv1……目にしたモノの価値や人物の能力を見抜きます。
教師Lv1……あなたのスキルを他人に伝授できるようになります。
6)最初は〈鑑定〉がオススメです。〈鑑定ゲーム〉に挑んでみよう。叡智の女神の加護を活かせるゾ! それが済んだら〈教師〉一択だ。これもワタシの与えるスキルで——。
7)……お詫びして訂正します。たった今、偉大なる女神ファレシラから強烈な物言いを受けました。最初は〈調速〉スキルの強化をオススメします……。
————————————
最後はグダグダな説明文であったが、多くのことが伺い知れた。
俺を転生させた〈女神〉は何人か存在する女神の一人らしいし、割と偉くて、アクシノという部下がいる。んで、アクシノ
最高だね、女神アクシノ。どっかのアレと違って心の底から信仰したい。
というわけで俺は〈調速〉を完全に無視して〈鑑定〉のゲームを選択した。調速はすでにLv1だし、効果の価値がよくわからん。
〈ゲーム開始には1SPが必要です〉
OKし、一旦スワイプして〈ステータス〉アプリを開くと、5点あったSPが4に減っていた。
ここまでは良かった。
ウキウキで〈修行アプリ〉を再開し、アンロックされた〈鑑定ゲーム〉のLv1に挑んだ俺は、その難易度に吐きそうになった。
鑑定ゲームは、簡単に言うとタイピングゲームだった。ポップなメロディと共に右から左へ次々とアイコンが流れてきて、そのアイコンが消える前に名前を入力するだけだ。
例えばりんごの画像が出たら「りんご」、ゴブリンなら「ゴブリン」と、名前を入力していくだけで良い。3回ミスしたら「挑戦失敗」でやり直しだが、リプレイにコストはかからない。画像の中には見ただけでは名前のわからないモノも登場したが、画像の下に名前が表示されているのでそこは問題ない。
問題は、タイピングに使うのが五十音式のキーボードで、それを視線だけで操作しなければいけないという点だった。名前の入力に使ったアレと同じシステムだ。
りんごの絵に対し「り」「ん」「こ」「゛」を一文字ずつ入力するのだが、そのためには文字の場所へ視線を動かし、瞬きでクリックする必要がある。それもりんごの絵が消える前にだ。
数分プレイしただけで眼球周りの筋肉が千切れそうになったね。涙がドバドバと出てきたぜ。物理的なキーボードが欲しい。手で入力させて欲しい。
そして、今——。
新たに「オーク」の絵が出現し、俺はホッとして入力した。オークは良い。三文字だし、濁点が無いのが素晴らしい。ゴブリンなんて実質六文字だからな。
しかし次に現れたのは——マジカヨ。「エンシェントドラゴン」て長くね?
エンシ、まで入力した俺は、続く拗音の「ェ」を大文字で入力してしまい取り消した。エンシェント野郎は灰色の長い尾を持つドラゴンで、すでに頭は画面の左端に消えている。もたもたしているうちに胴体の半分が流れて消え、「ェント」を入力する頃にはしっぽも消え始めていた。
あとは「ドラゴン」を入力するだけだが、濁点が2つもある。すげぇ焦る。
目が痛い。手で揉みほぐしたいが、停止した時間の中でそれは不可能だった。俺は眼精疲労に泣きながら「ゴ」を入力し、もう一ミリしか残っていないしっぽが消える前に「ン」を入力した。
すると——。
〈鑑定スキルを手に入れました〉
クリアした……?
ディスプレイとは別の視界の左下あたりに文字が浮かび、落ち着いた感じの、知らない女の声が文字と同じ内容を読み上げる声がした。と同時に頭が重たくなり、強烈な眠気に似た、気を失いそうなダルさを感じる。
〈ふはは、よくやったぞカオスシェイド! 名前は信じられないほどイタいが、ファレシラ様をシカトしてワタシを選んだ時点で賢いやつだとは思っていた。よろしいカオス()、おまえに知恵を授けてやろう。すべてを見抜く叡智の光を!〉
頭の中にさっきと同じ女の声が響いたが、口調がずいぶん違う。しかし尊大な口調は一瞬で終わり、
〈——鑑定スキルは「鑑定」と詠唱することで利用できますが、例外として、思考加速中は念じるだけで発動します。鑑定は、術者が知覚できるすべてに対して行なえますが、一般に、モノまたは文字に対して使います。スキルの詳細を知りたければステータス欄の「鑑定」という文字に対し鑑定スキルを行使してください。ワタシが結果を神託します〉
女神アクシノの落ち着いた言葉と共にメッセージが表示される。眠気が消えた。
停止した時間の中で俺は達成感に震えた。
辛かった……指で押下できるキーボードや、せめてコントローラーがあればどうとでもなるゲームなのに。
(それでも俺はやり遂げた……!)
ステータスを表示してみる。スキルの一欄に「鑑定Lv1」が追加されている。女神の指示に従い、俺はその文字を睨みつけて念じた。
(「鑑定」を、鑑定……!)
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