マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

あ行 へぐ

第一章 王道的転生

第1話 生ゴミ、死んでリサイクルされる


「やったぜぇーーーッ!」


 俺は真っ白な空間で人類史上最大の叫び声を上げた。リングサイドのエイドリ●ンが難聴になるほどの声だったね。


 話は数分前に遡る。


 ここ数年、やっと「働け」と言わなくなったババアからお小遣い(一万円)をもらった俺は本屋で漫画をウキウキ☆ウォッチンしようと玄関から飛び出してトラックにられた。どうせ死ぬなら重いのが良かったのだが軽トラだった。


 するとどうだろう。


 なんか知らんが俺は真っ白な空間にいて、神々しい感じの黄緑髪で白衣の女が慌てふためき、すんすん泣きながら俺に言うのだ。


 ——手違いだった。間違えた。悪人をぬっ殺すつもりがニートを殺してしまった……。


 そのは俺に深々と頭を下げて謝罪し、俺は「女が泣いてるのってババアを思い出すからやだなぁ」と思いつつ、無言で女神の次の言葉を待った。無言一択だ。ババア以外の女と会話するなんて俺には無理だ。


「あのあの、えっと、だから……そうだ!」


 そして女神は、半泣きで提案した。


「転生させてあげます! もちろんわたしの加護チート付きで! ——異世界転生って知ってます?」


 俺は、その言葉を聞いた瞬間に吠えたのだった。


「やったぜぇーーーッ!」


 そして、宣言してしまった。


「転生だ! 異世界転生の王道テンプレだッ! 俺を轢いた軽トラ、転生トラックだったのかよ!? そんで女神がいて、チートをくれて……?」


 泣いていたはずの女神が無表情に変わっていたが、俺はまったく気づかなかった。


「異世界って、ゲームみてぇな剣と魔法の世界だよな? それ以外は嫌だぜ!? スキルがあって、レベルもあって、幼いころから修行すると強くなれて……!!

 〜〜〜〜最高だ! 俺はずっと、ずっと……!」


 ガキのころからこんなで、興奮すると周りやら後先が見えなくなるんだ。


「——俺はずっと、『異世界転生の王道テンプレみてぇな世界で生きたい!』と思ってた! それ以外の世界なんてクソだッ! 生きてる意味がねえって、ずっと……!」

「なるほど、異世界転生のテンプレを外れたら死ぬと。ではそうしますね」

「え」



  ◇



「……ぬ、うぁの、ぁの、もひゃぬぷ……」


 どもってしまったのは転生の興奮のせいではないし、久々に他人めがみと話した緊張のせいでもない。口が上手に動かせなかったからだ。


 おかしいな。フォロワーゼロの元青い鳥では政治の腐敗やアニメの出来を雄弁に語れるのに。


 ——知らない天井だ……。


 俺は自分の目の前に広がる光景についてお約束のセリフを言いたかったのだが、結果出たのはさっきの「もひゃぬぷ」だった。


 歯が無くなっている——いや、厳密に言うと上下の前歯以外が無い。そのせいで発音が上手にできず、喋ろうとするとよだれが垂れたりしてしまう。


「あら、どうしたの」


 どこかから優しげな女の声が聞こえて俺はギョッとした。口がマトモならさかなク●なみに叫んでいただろう。しかし俺の口から出た音は抑揚のない「あー」だった。


 どこから声が聞こえているのか。


 俺は籐カゴのようなベッドの上で柔らかい布に包まれていて、首や体を声がした方に向けようとしたがしくじった。体全体が縮んだような気分だ。体のイメージと実体の縮尺が合わなくて、うまく動かせない。


 口ばかりが体もおかしい。俺は……俺はまるで、赤ん坊になっているような気がする。


 ていうかここどこ? 天井は煤けた木の屋根や梁が剥き出しで、どうにか首を動かすと、柱の間を漆喰で雑に塗り固めた壁が見えた。腰板は無い。時刻は夜だ。壁にろうそくが灯っていて、木のドアが半分開いている。ドアの先は板張りの居間のような空間になっていて——……。


 しかし次の瞬間、細かいことはどうでもよくなった。


「どうしたの、」


 と言いながら、俺の視界にウェーブした栗毛の女が現れたのだが、碧眼の女は言葉を言いかけたまま一時停止したみたいに固まった。


 視覚がストップしただけじゃない。


 俺の体も動かせなくなっているし、それまで聞こえていたわずかな物音——俺の体が下に敷かれた布を擦る音とか、どこかから微かに聞こえていた鳥の鳴き声とか、一切の音が聞こえなくなっていて、さらに——。


 さらに、俺の目の前に淡く発光するディスプレイのようなモノが現れていた。



〈名前を入力してください〉



 空中に浮かぶ光る板には日本語でそう書かれていて、メッセージの下にはゲームによくある五十音表のキーボードがあった。大量のひらがなが並んでいる。


 ディスプレイには黒いマウスカーソルもあり、どうも、俺の目の動きに応じて上下左右に動くらしい。


(なにこれ)


 俺は混乱して目を泳がせた。目の動きに合わせてマウスカーソルが動く。


(名前を入力? インプットするまでってことか……?)


 若い女はずっと停止したままで、音も聞こえない。


 キーボードの隅にある「カタカナ」というボタンまでカーソルを動かし、意識して瞬きしてみた。予想が当たった。クリックと判定されたようで、選べる文字がカタカナに変わる。


〈ケ〉


 を選んでみた。入力欄のような場所に「ケ」が表示される。


〈ツ〉 〈ケ〉 〈゛〉


 入力欄に「ケツゲ」の文字が並んだ時点で俺は正気に戻った。なにしてんの俺。この状態で隅っこにある〈決定〉を押したらどうなるのさ!?


 いや、まあ、ゲームによくある「その名前は倫理規約で使えません」的メッセージが出るかもという好奇心もあったのだが、これ——現実だよね? こんなリアルなVRゲームが開発されたなんて話は知らねえし。


 俺は、ゲームみたいな世界にいる……?


 目の前に現れたディスプレイは俺を興奮させた。それまでどこか非現実的に思えた白い空間や女神、転生といった言葉に現実味を感じてくる。


 決定ボタンのすぐ近くには「取り消し」があり、俺は自分の名前を入れ直して、そっと「決定」ボタンを押した。時間が再び動き出し、目の前の女性が俺に呼びかける……!



「——どうしたの、。お腹空いたの?」



 うわあああーーーー!?


 俺の名前、ダセエーーーー!!


 ダメだこれやっぱ無し! 「混沌カオスシェイド」ってなんだよ超ダセエ! 取り消し! お願い! 名前を変えさせてください! 一秒前の俺を殺してえ! 信じられないほどダッセェ!!


 などと思っていると、


「それじゃ、ご飯にしましょうね?」

「りゃぶあ……!?」


 俺の口から再び意味不明な声が出た。今度はマジで意味のない叫び声だ。


 女は俺に優しく微笑み、上着を——エッ、なにするつもりなの? 飲まないから。要らないから! 俺にその手の趣味はねえ。マジで恥ずかしいからやめてください!


 やめてったら!



  ◇



 十五分ほど「食事」をした。


 不思議なもので、ソレをひとくち吸った瞬間、俺の中にあった気恥ずかしさや「見ちゃいけない」的な気持ちは消えてしまって、俺はダ●ソンの真空掃除機みたいに腹を満たした。


 女は——もう認めよう。俺のと思われる女性は食事中に子守唄なぞ歌ってくれて——その優しい歌は、俺に強烈な寂しさや申し訳なさ、後悔みたいな感情を呼び起こしていた。



 ……母ちゃん、ごめん。俺は死んだみたいだ。



 今ごろ地球じゃ俺の葬式が行われているだろう。


 なにもしなかった息子がなにもしないまま急に死んで、母ちゃんは墓前で泣くだろうか。数年前に親父が死んだ時は泣いていたけど。


 生ゴミみたいなクソ息子が死んでせいせいしてるかな? ……そうだったら良いな。


 そのゴミの魂は今、リサイクルされて、新しい親の元に生まれたようだ。「悪人と間違えてニートを殺しちゃった☆」とほざいていた女神に、ようやく強い怒りが込み上げてくる。


 最悪の気分だ。……転生なんて、望まなきゃ良かった。


 俺に毛布をかけて見つめている女性は俺の新しい母なのだろうが、「新しい母親」という言葉が母ちゃんに対する裏切りのように感じられてやるせない。


「ほら、もう寝なさい」


 新しいが俺にささやいたが、俺は眠れそうになかった。


 遠くで物音がする。


「——帰ったぞ。それに……そう、はどうしてる?」

「お帰りなさい! やっぱりあなたもを聞いた? あの子ったら、なかなか寝てくれなくて……カオスシェイドったら!」


 男の声が聞こえ、「母」は部屋から出て行った。半開きのドアの先、居間に明かりが灯るのは見えたが、夫婦の姿はここからじゃ確認できない。


「お疲れ様。迷宮はどうだった?」

「今日はゴブリン数十匹だけだ。魔石はカネになったけど……オークは無し。すまないね」

「なに言ってるの、カオスシェイドの為にもあなたの無事が一番よ」

「豆を少しと、こっちはカオスシェイドのためのミルクを買ってきた」


 重たい足音が近づいて来て、俺は「新しい父親」の気配に怯えた。


 病院のベッドに横たわる「親父」の最後を思い出してしまう。寡黙だった父が珍しく「最近、音楽はどうなんだ」と聞いてきて、俺はふてくされて答えず、それが最後で——。


 やめてくれ。もう泣きそうだ。


 そんなふうに思っていたら、俺の眼前に、ほとんど無遠慮と言って良い調子でディスプレイが出現した。


「ふぁ!?」


 またかよ。今度はなんの用だ? 煌々と光り宙に浮かぶ板には文字が並んでいる。


〈最初のクエスト!〉


 見出しの文字はポップで明るかった。


〈こんにちわ♪ あなたの女神、ファレシラです☆ 憧れだった異世界転生、楽しんでいますか? 最高ですかー☆

 勇者・カオスシェイドさんの冒険が今ッ、始まりますよお☆〉


 クエストの詳細には「女神ファレシラ」の名があった。どう考えても白空間のアイツだ。文面に散りばめられた星や音符がムカつく。


 ディスプレイの出現に伴い世界は再び一時停止していて、俺は目線で「NEXT」のボタンを押した。ページがめくられる演出がある。


〈明日の夜までに、オークを討伐せよッ!〉


 新たな見出しにはそう書かれていた。


〈これは強制クエストです☆ ていうか、わたしの出すクエストは基本的に強制です♪

 明日の午後、村で行われる星辰際せいしんさいが終わるまでに、オークを一体討伐してください。手段は問いませんが、トドメはあなたが刺さなければいけません〉


 俺は次のページをめくった。そうしないと世界が停止したままなんだ。


〈しかしオークは、Eランク冒険者が命懸けで戦わないと勝てない強敵……☆

 新生児カオスシェイドは、はたしてオークを討伐できるのかッ!?〉


 そしてクエストは、拒否ボタン無しの「クエスト了承」ボタンと共に、こんな条件で締め括られていた。



〈失敗した場合、あなたは死にます。ついでに家族もわたしが全☆滅させます♪


「テンプレめいた異世界に転生し、王道的な活躍ができないなら生きていても無意味だ」


 それがあなたの望みでしたし、ゼロ歳児にして大人もビビるオークをぬっ殺し、俺TUEE☆してみせるのは、まさに「王道」的でしょう?


 がんばってね☆


 勇者・カオスシェイド()さん♪〉



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