第15話 お嬢様がデレるのなら
「私は15年モルと一緒にいて沢山の魅力を知っているの」
「オレは出会って15分でハニーが魅力的な人間である事に気がつけましたけどね」
群衆の注目の中で繰り広げられる論争の当事者である私が若干空気になりかけていた頃、奥様がめまいから復活してこちらにやってきた。
「レティシアン、人目がある場所でそのように感情を乱すものでは無いわ」
「この男がモルを連れていくと言うのです。お母様もモルのことは『面白みは無いけれど使い勝手のいい駒』って褒めてたじゃないですか?!」
え、奥様!?
私ののような協会出身の孤児使用人にも『いつもありがとう』と感謝の言葉をくださったり、時折高級なお菓子を下げ渡してくださったりしてくれる、あの心優しい奥様が?
まさか裏ではそんな呼ばれ方をしていたとは。
もうあの笑顔が信じられなくなりそうだ。
「いいじゃない。聞けばこのちっぽけな平民を何を血迷ったのか大金で買うと言うじゃない」
衝撃の事実を聞いたあとだと、扇子で顔を隠しながら喋る奥様の目にはお金の文字が輝いているようにしか見えなくなってしまう。
「お母様!」
「レティー、それにあの平民1人であまり接触のなかったエノクハント家に恩を売ることもできるんだぞ?」
「お父様!」
お嬢様の目には若干涙が浮かんでいる。
……お嬢様。
そんなに、私のことを惜しんでくださるとは。なんというか、以外だ。
てっきり、踏み潰しても復活する虫か何かだと思われているのかと。
「モル、あんただってあの男には相応しくないと思っているのよね?」
「確かに、分不相応なお申し出であることは認めます」
「なら、あたくしがこの婚約を破棄して差し上げましょうか?」
「いえ、それには及びません。今は命を懸けて彼との結婚を遂行します」
まじで、言葉偽りなく命をかけている。
この婚姻のおかげで、私は命を長らえているのだから。
……それに、なんてたって玉の輿であるし。半年間限定の破格の高額給金お仕事だ。しかも相手の顔もいいと来た。
邪な気持ちが顔から溢れてしまっていたのだろうか、お嬢様が裏切られたような顔で息を飲んだ。
「なッ! もうっ! モルなんて、知らないわ!! 結婚でも行きたい場所に行って、幸せになればいいわ!! 合わなかったらあたくしの元に帰ってくればいいのよ!!」
「お任せ下さい。オレの名にかけて、愛しのハニーには一切不自由をさせませんから」
「あなたは黙ってて!」
なんだろう。この形容しがたい気持ちは。
いつも残虐無慈悲な命令をくださるお嬢様が真っ赤な顔でデレている。
このお嬢様、今朝私に熱々の紅茶ぶっかけて来た人なんだぜ……これ癇癪まれにデレというギャップ萌えと言うやつだろうか。
「虐められたり、困ったことがあったらあたくしの名を出して虎の威を借る狐のように、精々怯えながらくらすのね!!」
最後に私の足元に何かを投げつけ、ヒールをカツカツとならして去って行ってしまった。
怒りながらの捨て台詞だけど、それって平民から大貴族の嫁になる力の弱い私の後ろ盾になってくれるという?
どうしたんだお嬢様? いい人過ぎないか??
今日は熱でもあるのだろうか。
むしろいつもとの温度差でこっちが風邪を引きそうだ。
「これは、傷薬ですね。それも火傷痕用の高級なものです」
ヴァレルが床に叩きつけられたそれを拾い上げ、私に渡してくる。
「度重なるデレ! これはツンデレ! どうしよう可愛いのは顔だけで、中身は生ゴミだと思っていたお嬢様の性格が物凄く愛おしく思えてきた!」
心からそう思った。
そう、拭いた床にわざわざ牛乳をこぼすお嬢様。
整えた本棚を片っ端から倒すお嬢様。
時間をかけて刺繍をしたハンカチを切り刻んだお嬢様。
様々なお嬢様の悪逆が塗り替えられていく。これが普段悪なやつが犬を拾う姿にときめいてしまうアレか!
「お前は娘をそんなふうに思いながら仕えていたのか?」
ばっちり声に出して言ってしまったそれは、そのまま近くにいた旦那様の耳に入った。
おぉう。やっちまったぜ。
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