第13話 お嬢様が私を引き止めるのなら

 お嬢様は吹き抜けになっている2階からホールにむかって伸びる階段に現れた。

 その姿は神降臨の如しの神々しさだ。国有数の美貌をもつと噂されているお嬢様が本気で身だしなみを整えるとこうなる。

 うっ。白いお肌と夕焼け色の金髪がシャンデリアの光を受けて煌めく。つり目勝ちの瞳は挑戦的に赤いくちびるは魅力的に……あぁ、今日もお嬢様は美しい。

 これで癇癪持ちと我儘な性格がなかったらなぁ。


「……その欠点がなかったら、逆にそれはもうお嬢様じゃないか」


 私はお嬢様に見とれつつも、裏の通路からホールに入る。

 お嬢様の登場に気がついた旦那様が手を差し出し、一緒に階段におりてくる。


「おい、お前何処に行ってたんだ? 仕事を頼んでから全く帰ってこないから、お嬢様が拗ねて大変だったんだぞ」

「あぁ、ちょっと命の危機に巻き込まれてね」

「い、命の危機って! お前大丈夫なのか?! 怪我とか」


 使用人仲間のカイルが私にお嬢様用の飲み物が入ったグラスと軽食ののったトレイを手渡してくる。

 赤色の瞳が少し怒ったように見えるのは、心配してのことだろう。その優しさ、得がたい仕事仲間だ。


「大丈夫大丈夫、大貴族様と結婚することで自体は回収したから」

「おい、ちょっと待て。文脈的全然繋がってねぇーぞ?」

「私も話しててそう思った。詳しい話は後で。今はお嬢様に早くこれを届けに行かないと」


 話を詳しく聞きたそうなカイルを置いて、パーティーの中心、貴族子息方に囲まれた麗しきお嬢様の元へ急ぐ。


「お嬢様、お飲み物をお持ちいたしまし……」

「それは絶対了承できませんわ、お父様!」


 お嬢様の責めるような声に旦那様は宥めるように『いいじゃないか』となだめている。

 なんだなんだ。人ズラのいいお嬢様がこんな大勢の人の前で声を荒らげるなんて。


「ちょっと、モル! 一体どういうことなの!?」

「ええと、なんのことでしょうか?」


 思い当たる節がない。

 と言っても、お嬢様は本当に些細な理由でお怒りになられるからな。今回も私からすれば大したことではないのだろう。


「すっとぼけないで! あのヴァレル・エノクハント様と結婚したですって?!」

「あぁ、それですか」

「もう陛下のご許可をいただいているなんて……! そんな素振り全く無かったじゃない!」


 そんな素振りも何も、初対面で結婚したのだから事前連絡すら出来なかった。

 とりあえずお嬢様の飲み物が乗ったトレイをテーブルに避難させ、旦那様に挨拶をする。


「ヴァレル様から話を聞いたぞ……本当に彼と婚姻を結んだのか?」

「はい」

「渾身の笑いを狙ってた冗談とかではないのだな?」

「彼も私も冗談を言わない性格ですので」

「普段真面目な奴が急に冗談に目覚めたのかと……」

「むしろ、私の身分では冗談でもあのヴァレル・エノクハント様と結婚しただなんて言えないですよ」


 身の程知らずの平民の戯言として、普通に不敬罪だ。


「では、お前を買うというのも事実なのだな? 先程とんでもない額を提示されたぞ?」

「はい」


 『信じられない』とかかれた顔で尋ねてくる旦那様に答える。

 伯爵家の御当主がでもとんでもないと思う金額って、一体いくら私にかけるのだろう。


「モルが男に買われるですって!」

「信じられない思い出はあるが、エノクハント家と繋がりができるという点と、何より平民の使用人ひとりを差し出すだけでもうもう1つ庭園を作れそうな金額が入ってくる。断る理由もあるまい」


 旦那様はそのふくよかな頬を撫でながら微笑む。鼻の穴をふくふくさせていることから、かなり上機嫌なことが伺える。


「許さないわ。絶対にダメ。貴族の男にと継がせるなんてもってのほか。モルはあたくしが一生養うの!」


 旦那様から私を守るように睨みつけながら言うお嬢様。


 ……あれ? 待ってください、お嬢様。

 そのセリフだけ見るとめっちゃくちゃ娘を大事にしてるお父さん見たいなんですけど。


 ちょっとときめいちゃったじゃないですか。

 




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