第12話 お嬢様がお怒りになられるのなら


 ワインが頭上からふってきた。

 タラタラと私の灰色の髪からこぼれた赤い液体がメイド服にすじを作っていく。

 赤ワインのシミ落とし、結構大変なんだよなぁ。


「あんたには常にあたくしの背後に立っていなさいと、命じていたわよね?」


パーティーはとっくに始まっているというのに、お嬢様はまだ自室にいた。


「それが、何? 何時までたっても来なかった癖になんの弁解もしないわけ?? あたくしを馬鹿にするのも大概にしなさいよ。だいたいいつもそうよね。あたくしが何をしても、何時もすました顔で謝って、そのまま何事も無かったように仕事を続ける。あー、本当にムカつくわ!!」

「申し訳ございません」

「そうやって、すぐ土下座しながら謝るところも、癇に障るわ」

「申し訳ございません」


 ひたすらに土下座で謝る。怒っている人には、絶対反論しない。ひたすらに自分に非があることを認め続ける。

 怒れる人への対処法。これがお嬢様にお仕えして10年で1番学んだことだ。


「まぁ、いいわ。早くあたくしの髪を結なさい」

「かしこまりました」


 粛々と髪をゆっていく。今日はパーティー用の豪奢な髪型に。髪飾りをふんだんに、だけど盛り過ぎないように。ドレスの色とネックレスの色に合わせて。お嬢様の鋭利な青色の瞳と柔らかい金髪にあうように。


「出来ました」

「そのみすぼらしい服を早く着替えて。早くパーティーに行くわよ。あんたのせいで大遅刻だわ」

「直ちに戻ってまいります」


 お嬢様は可愛らしく鼻をならして私に命じる。

 服が汚れるぐらいですんでよかった。今朝はもう大火傷があるから軽い刑だったのだろうか。


 そう考えながら自室に戻り、着替えていく。庭の地面に突き飛ばされた時に着いたのだろう土で髪含め、顔が大変汚れている。


「おっわ。この顔でヴァレルに抱きついてたんか……何それ辛い」


 朝のうちに貰っていた水にタオルを浸し、それでゴシゴシと拭っていく。本当は水浴びをしたいが、お嬢様を待たせているのでそんな時間はない。


「汚れなし、髪よし、服装に問題もなし」


 私の持ってい数少ない私物の1つである小さな鏡で全身をチェック。

 鼠色の髪に、干し草色の瞳、国王様からも平々凡々な女の子と称されたいつもの顔が写っている。

 

「身長低い方ではないという思っていたけれど、ヴァレルは余裕で私の頭に顎を載せていたな……八頭身なだけじゃなくて、本当に大きかったのか」


 ヴァレルの住めそうなほど長い股下と、たくましい胸の形を思い出しながら、お嬢様の元へ向かう。


「お待たせいたしました」

「遅いわ」

「申し訳ございません」


 数分しかかかってないはずなんだけどな。

 お嬢様の自分の顔に見とれて2時間ぐらい鏡の前から動かないことに比べたら全然早いと思う。






 

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