第11話 甘い言葉を交わすなら


 手錠のせいで上手く動かせない腕をモゾモゾとさせながら、ヴァレルの胸に顔を埋めてみる。

 紀章や鋭い形のボタンが頬に突き刺さって痛い。やめておけばよかった。


「あっさり推しだ押された時といい、今と言い、あなたはなかなか愚鈍な方のようですね」

「あの時は咄嗟に反応できないかっただけだし、今は今で手錠で身動きが取りずらいんだって……ていうか、そろそろ私の手錠外して欲しいんだけど」

「ダメです。分かりやすくオレの独占欲という愛を示すために、これ程効果的な道具はありませんから。このままローズモンネ伯爵に会いに行きますよ」


 本当に外して欲しい。

 長年仕えてきた雇用主の前でそんなもの付けてみろ『え。君、そういう趣味だったの?』と引かれ気味に言われること安請け合いだ。


「うわ。想像しただけでいたたまれない」


 しばらくすると、ヴァレルが言った通り、後ろの植木からガサガサという音が聞こえてきた。すぐ側に私たちの会話を盗み聞きするものがいるらしい。

 さて、言われた通りに演技でもするか。


「ねぇ、愛するダーリン。本当に私を買ってくれるの?」

「ええ、愛するハニー。私が嘘を言う男に見えますか?」

「ううん。ダーリンのこと信じきれなかった私が悪いっ。めってして」


 言葉に合わせて顔を、毛穴のない陶器肌の男に近づける。その時バランスを崩して、まるで枝垂れかかるようにヴァレルに倒れてしまった。


「おっと、ハニーはお転婆さんですね」

「えっへへー。くっつけるなんて嬉しー」


 自分でやっていてなんだが、吐きそうだ。

 なんだこのキモイ女は。うわ。燃やしたい。

 同じ空気すら吸いたくないわ。

 後ろの相手もそう思ったのだろうか、遠ざかる気配がした。


「行ったかな」

「……あなた、意外と才能ありますね。演技と知っていても、その頭の悪そうなぶりっ子ぶりに殺意が湧きましたよ」

「お褒め頂きありがとう」


 『目に入れても痛くない』という様子を崩さずに、言う彼も彼で、演技が上手いと思う。


「この調子て、愛し合って誰も入る隙間もない馬鹿夫婦を演出しましょう」

「じゃ、私は仕事に戻る。だいぶ愛するダーリンに時間を取られたので、急がかなくては」


 色々、本当に色んなことが一気に起こって忘れていたが、私はこの庭園にパーティー用の白バラを取りに来ていたのだった。

 既に月は真南に登り切り、館の方からは音楽と、人々の楽しげなざわめきが聞こえてくる。

 もう今日のパーティーは始まっているようだ。


「もうそんな仕事、しなくていいんですよ?」

「賃金が発生しているあいだは仕事を全うするのが私の信念なので」

「……わかりました。オレはオレでパーティーに出席し、ローズモンネ伯爵に話を通しておきます」


 『それでは』と声をかけて、その場を立ち去る。頼まれたいた途中で白いバラをつんでおく。

 左右の手錠は鎖で繋がっていて、大きな動きはできないが、慣れれば問題は無い。袖で隠せないこともないし、諦めてこれでいこう。


「さぁーて。お嬢様に叱られに参りますか!」


 羽根ペン、枕、ランプに氷魔術、今日はお叱りの言葉とともに何が飛んでくるかな。威力小さめのやつがいいな。

 

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