第10話 今夜あなたを買うと言われたのなら

「お前、ちょっと雑な所あるからな! ちゃんと女の子は大切に接するんだぞ!」


 王の執務室をカイゴルさんに見送られながら出てきた。

 平民との結婚に反対していたくせに、最後はこんな忠告をくれるなんて、多分この人はとてもいい人なんだろうな。


「さて、次はあなたのご両親に挨拶をしなければ。『娘さんをオレにください!』1度言ってみたい台詞だったんですよね」

「盛り上がっているところ、申し訳ないのですが、私の両親は既に他界しているので、その台詞は使えないですね」

「それは残念です」


 少しも残念ではなさそうに言う所が、愛するダーリンらしい。

 ……愛するダーリンっていうの長いな。もう心の中ではヴァレルって呼び捨てにしちゃお。


「では、なんの問題もなくあなたを家に連れて帰れるということですね」

「いえ、私は協会の売買契約によりローズモンネ伯爵家に所有権がありますので、私を旦那様から譲って貰うか、買うかして頂かないと」

「あ、あの奴隷禁止法すれすれの契約。それならばローズモンネ伯爵に『いくらでも出すから、この女を売ってくれ、なぁ、いいだろ? オレにもいい思いさせてくれよ』と金塊でも叩きつければいいんですかね」


 どっかのボンボンが本当に言いそうな台詞だ。

 まぁ。言ってることは事実だし、他家から使用人を引き抜くのはよくある事だ。

 クハント辺境伯との繋がりのきっかけにもなるだろうし、旦那様はなんの逡巡もなく私の事を売るだろう。


「前は急げです。この勢いで今夜にあなたを買いましょう」

「その言い方だとなんだか、いかがわしく聞こえますね」

「あなたの所有権を買います」

「普通に人権問題発言ですね」


 王城に来た時と同じように、魔法陣の書かれた革用紙を取り出し、魔力を注いでいく。


「先程から考えていたのですが。結婚した夫婦間での敬語はなんだか他人行儀な感じがしませんか?」

「と言いますと?」

「敬語、とっちゃいましょう」


 なかなか難易度の高いことを仰る。

 婚姻届を結んだとはいえ、この男は貴族。しかも辺境伯三男坊に魔法騎士団副団長という肩書きをもつ、私からすれば雲の上の存在。

 そんな人に急に敬語を抜かして喋るなど、恐れ多くてとてもとても。


「オレ、愛しのハニーの素直な言葉が聞きたいです」


 両手を軽く握り、顎の下で支えながら子首を傾げる。上目遣いで『キュるり』という効果音が聞こえてきそうなぶりっ子ポーズ。


「うっわ。怖っ!」

「あ、いいですね、その調子です」


 今のは敬語を取ったっていうよりも、咄嗟の反応で、敬語が追いつかなかっただけなのだが。


「私に敬語を外せとか言っておきながら、愛するダーリンはなんで、敬語なんですか?」

「また戻ってますよ」

「……敬語なの?」


 私に敬語はずしを教養する癖に、自身は直さないとか、まるで私が身の程知らずの馬鹿みたいに見えるじゃないか。


「オレは、この喋り方意外知らないので。だから、あなたの親しげに接する言葉を聞きたいのです」

「……知らない?」

「これはオレのまぁまぁ悲惨な過去に由来があるのですが、聞きたいですか?」


 言外に『聞くな』という警告をのせて発せられた疑問符。


「私は聡い使用人なので、こういう時は追及しませんとも」

「いい心がけです」


 そんなこんな喋っているうちに、辺りの景色が変わっていた。ローズモンネ伯爵家の庭園に戻ってきたようだ。


「移動魔術って、本当に便利。魔力さえあれば行きたい所にひとっ飛び」


 遠距離移動魔術を連続で使っても全く、答えた様子がない。そもそも遠距離移動魔術それ自体が規格外の魔力を消費して発動すると聞く。それこそ国家レベルの最高級魔術師が3人以上集まってようやく使う代物なのだ。

 それを何回も、しかも1人で。悪魔の心臓が無制限に魔力を生成するとか言っていたが、それがこの途方も無い魔力量に関係しているのだろうか。


「愛しのハニーが望むなら、この有り余る魔力を持って何処にでも連れて行って差し上げますよ」

「急にかっこいいこと言うじゃん」

「人が来たので。所謂外面です。あなたもオレに首ったけな演技をしてください」

 

 『間違っても本気にしないでくださいね』と小声出付け加えられる。いつの間にか腰を引き寄せられていた。この男、手が早いぞ。


 というか、首ったけな演技ってなんだろう。キスでもかましてやろうか?


 

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