第9話 その誓いを口にするのなら

 まずいまずいまずい。

 このままだと私、口封じに殺されちゃうよ!


「陛下。以前に提案して頂いた、褒美をここで使いたく存じます」


 重々しい空気を食い破るように、愛するダーリンは変わらぬ口調で言った。


「む?」

「15年間、国境を守り抜いた褒美として『可能な限り便宜を図る』とそう仰っていらしたあれです」

「なんの後ろ盾もない、凡夫の塊のような娘と婚約を結ぶために使うのか? 挑めば宝石が取れる鉱山だって与えられるのだぞ?」

「えぇ。宝石よりも得がたいものを逃さないためには、この結婚が必要不可欠なのです」


 え。うちの旦那、カッコよすぎない?

 『宝石よりも得がたいもの』だなんて、心臓がときめいてしまう。

 まぁ、この場合は口封じと、女性関係の平穏の事だと思うけれど。


「そこまで言うのなら、何か深い考えがあるのだろう」

「……いや、こいつ、多分そこまで考えてないと思います。その場の思いつきと勢いですよ」

「カイゴル」

「申し訳ございませんっ!!」


 小さな声でぼそりと言うカイゴルさんを一喝する国王様。カイゴルさんは謝罪の言葉を口にしつつも『自分、間違ってないと思います』と言う顔を崩さなかった。


「……タウゼント王国国王、リガルシュトの名においてその女とヴァレル・エノクハントの結婚を認可する。誓約の紙だ」


 国王様は、おもむろにあげた右手で、空中をまさぐる様子を見せる。

 直ぐに、かさばった紙の音がして何も無い所から突然紫色の布を取り出した。

 王族しか使えないとされる空間魔術だ。どんなものでも収納出来る王の宝物庫とも呼ばれている。


「女、名は?」

「モ、モルです」


 国王様と喋ったちゃった。末代まで自慢しよという状況ではない。緊張して噛み噛みだ。

 国王様は気にせず、取り出した重厚な紫布に金のインクが滴る羽根ペンで、文字を綴っている。


「家名は?」

「ありません」

「家名はエノクハントで。エノクハント家の遠い親戚の隠し子ということにします」


 ナチュラルに私を貴族にするじゃん。

 こうやって、王族の隠し子とか、名だたる貴族の隠し子が出来るのかな?

 たまにあるよね、当主が死にそうになってる貴族に突然隠し子を見つけたって、資産承継する子供が出来ること。


「親族結婚か……よろしい。モモル・エノクハント、ヴァレル・エノクハント。両名、誓の結約を」

「はい」


 愛しのダーリンは国王様にうながされるまま、金色の文字で色々と書き込まれた布の置かれた机に、足を進める。

 ちょっと待って、誰も突っ込まないけど、私の名前モモルになってない??


 もちろん、凡夫の中の凡夫である私が国王様に訂正の声を上げることが出来るはずもなく。

 粛々と愛するダーリンニ続いて机の前に立つ。


「愛しのハニー、君のか細い指を少しばかり切るのを許してくれ」

「首を掻っ切られるのに比べたら、なんの問題もないです」


 『愛しのハニー』という言葉に反応して、後方から『ブホォっ!』と吹き出すメガネの音が聞こえた。


 外野の騒音は気にせず、マントから取り出した小ぶりのナイフを右手に持った愛しのダーリンは、音も立てずに私の人差し指を切ると、そこからこぼれた血を紫の布に垂らした。

 自分の手も同じように切りつけて、血を布に染み込ませる。

 するとみるみるうちに紫が黒色になっていく、金色の文字が光出した。


「誓約の言葉を。双方、言い分は1度きりだぞ」


 国王様が告げる。

 室内と煌々と照らしていたシャンデリアがいつの間にか消え、明かりが用紙が放つ金の文字だけになっていた。

 針の落ちる音さえ聞こえそうな静寂の中、その幻想的な様子をぼんやりと見つめていると、隣の男に腹をこずかれる。


「ほら、ぼうっとしてないで。『今までオレ、ヴァレル・エノクハントについて見た事、知り得たこと、全てのことを死んでも人に漏らさず、今後はオレに服従する』と言ってください」

「え、えと、今までヴァレル・エノクハントについて見た事、知り得たこと、彼にまつわる全てのことを死んでも黙秘し、彼にできる限り従うことを誓います」

「若干言葉の意味合いを変えましたね」

「そんな一言一句覚えておけるわけないじゃないですか!」


 『絶対服従が良かったのに』と唇を尖らせながら言う愛するダーリン。そんな可愛い仕草で行ったって、言葉の理不尽さは変わらない。言い間違えてよかった。

 そして、この誓約が言い直しの効かない、1回限りのもので本当に良かった。


「……お主、この女にの弱みを握ぎられて渋々婚姻を結ぶのではあるまいな」

「いえ、オレが彼女の命を握ってるので、全く問題ないですよ」


 袖に隠していた私の手錠をチラリと国王に見せながらそうのたまう愛しのダーリン。

 はい。どちらかと言うと、脅されながら婚姻を結ばされたのは私の方ですね。

 国王様は手枷の着いた私の腕を2度見し『え、此奴ヤバない?』という表情をした。愛するダーリンがどんな素っ頓狂なことを言っても無表情だったのに、初めて感情が動いた。


「……まぁ、いい。誓約を続けよ」


 国王様は見なかったことにしたらしい。どうにでもなれというような、投げやりな雰囲気を感じる。


「はい。オレは彼女の自由、権利、財産を保証する事を誓います」

「幸せにするのではなく保証?」

「ええ、オレらだけのそういう愛の形です」


 『そういう愛の形』だなんて、契約結婚を上手い具合に言い替えて誤魔化したものだ。


「……ここに婚姻はなった。国の良き縁で結ばれることに祝福を」


 そう言うと、しゅるしゅると音をたて、黒い用紙が燃えてなくなってしまった。シャンデリアの明かりが戻る。


「おめでとう。この先、様々な困難がある婚姻だと思うが、双方支えあって乗り越えるように」


 国王様は、厳かにそう言った。

 愛するダーリンはひと仕事終えたようなスッキリした顔、後ろの吹き出していたメガネは少し不満そうに眉を寄せている。


 ……どうやら、本当に私は玉の輿に乗れたらしい。

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