第7話 あなたが『愛しのハニー』と呼ぶならば
よくよく考えてみると、私はとんでもねぇ人と結婚することになったんじゃないだろうか。
禁忌である悪魔の肉体(それも心臓)を持った、半年後に爆発する男。
対する私は、通りすがりの使用人。
おぉう。コレジャナイ感半端ないのだが。
「ところで、お名前はなんというのですか?」
「モルです」
「家名は……おっと貴族では無いので、ありませんよね、失礼。私の名は」
「知ってます。エノクハント様でいらっしゃいますよね」
「それでは他人行儀すぎます。ヴァレルとお呼びください。奥さん」
この男の口から出る『奥さん』という言葉の似合わなさといったら。鳥肌がたちそうだ。
「さ、さすがにお貴族様を呼び捨てにするのは……ご主人様とお呼びしても?」
「その呼び方は、雇用主と労働者の関係じゃあないですか?」
「あながち間違いでは無いのでは? 結婚関係である半年間は財産を保証してくれるのですよね? それって、この結婚期間に賃金が発生するということだと考えたんですが」
「確かにそうですけど、オレは聞いた人が砂糖を吐き出してしまうような、そういうわかりやすい呼び方がいいです」
「えーと、『愛するダーリン』とか?」
「いいですね。それでは『愛しのハニー』、お手をどうぞ」
鳥肌その2。
自分で提案しといてなんだが、これは恥ずかしい。呼び捨ての方がまだマシだった。
初対面でさっきまで殺人者と被害者の関係だったのよ?! そんなとろけるような笑顔で『ハニー』だなんて、ときめきを通り越して、恐怖である。
「長距離の移動魔術を発動するので、出来るだけオレにくっついてください」
「おわぁ、躊躇無く希少な魔法陣を使っていくぅ」
「なんたって貴族でお金持ちそうな、顔のいい男ですから」
「やっぱり、ご自身のことだったんですか。顔のいい男」
「事実でしょう?」
「全く持って、その通りだと思います」
男、もとい愛するダーリンはマントから魔法陣が書かれた革用紙を取り出し、魔力を注ぐ。
陣が青色の光を帯び、辺り1面を照らす。しばらくするとパッと一段と強く光った。思わず目を閉じ、開くともう場所が変わっていた。
「ここは……?」
白の大理石に金の装飾。足が沈んでいきそうなほど毛が長い赤絨毯。壁際には完璧な配置で絵や彫刻が飾られている。
目の前にはこれまた装飾の凝った、両開きの大きな扉。
足がすくんでしまいそうなほど豪華絢爛な場所だ。
「王城、王の執務室の扉前です」
「エッ?? 執務室って、国王様仕事してる所?! こ、ここ、勝手に入っちゃダメなやつでは?? 衛兵とかに捕まるやつ!!」
「これでも王族直属の魔法騎士団副団長ですので、緊急通路を使えば、許可なしにここまで来ることができます」
「緊急通路?!」
「この長距離魔法陣はやむを得ぬ火急の用の時に使用するものですから」
『省ける手間は省きましょう』と使い終わった魔法陣を火炎魔術で焼いている男。
まるで、慌てている私がおかしいというような様子だ。
「何事だっ?!」
その大きな扉が開いたのは、愛するダーリンが服に飛びついた灰を払い、私が意味もなく廊下をウロウロとしていた時だった。
「ヴァレルか!! 緊急通路を使うなんて、一体何があった!? ついに西の国境からフェレスト帝国が攻めてきたのか?!」
深緑の短髪を七三ニわけ、銀縁の丸メガネをかけた痩身の男が慌てたようにまくしたてる。
「お久しぶりです。カイゴル宰相。ここで話すことではないので、陛下へのおめ通りを許可していただいても?」
「あっ、ああ、それもそうだな! 陛下。魔法騎士団副団長、ヴァレル・エノクハントが緊急に謁見を申し出ています」
「入れ」
扉前の奥から渋い男の声が聞こえる。王国記念祭の時に拡声魔法で聞いた国王の声だ。この威厳がある感じ、本物だ。
気負うことなく扉の奥に足を進める愛するダーリンの背をコソコソと追う。
「待て、この女もか?」
カイゴルと呼ばれた人の『なんやこいつ』という露骨な視線が痛い。
「ええ、むしろこの女性が火急の用の本題です」
「わかった、入れ」
『失礼します』と声をかけて、片膝をつく愛するダーリンに習って、私も膝を折る。
私、謁見の作法とか全く知らないんだけれど。とりあえず万国共通の土下座をしとけばいいだろうか。
土下座は得意だ。
手の角度とか頭の下げ方について、私ほど上手い人はいないと自信を持って言える。お嬢様の機嫌を直すのに最適なポーズであるので、日常的に使用しているのだ。
あれ、手錠のせいで上手くバランスが取れないな……。
「魔法騎士団副団長ヴァレル・エノクハントが謁見の喜びを申し上げます」
これ、私も言った方がいいやつかな?
「ローズモンド伯爵家、お嬢様付きの使用人モルが……」
なんだっけ?
「……前置きは良い、面をあげよ」
まごつく私を見かねた国王様が声をかけてくれた。ありがたい。
言われるがままに土下座から正座の状態に戻る。
質の良い金髪に年相応の憂いを帯びた瞳、壮齢の雰囲気を漂わせた肌、なにより座っているだけその威光と威厳を感じるその姿。
初めて近くで見たよ、国王様。この国の1番なだけあるそうそうたる佇まいだ。
「して、火急の用とはなんだ?」
「さっきほど、庭園で運命の出会いを果たした彼女と結婚する事にしました」
「うむ?」
「つきましては、愛しのハニーとの結婚を早急に、認めて頂きたくお願いいたします」
室内に沈黙が降りた。
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