第5話  脅されて結婚を決めたのなら

「この提案を断るようなら、意見の相違という事で申し訳ないですが、このまま首をかき斬らせて頂きます」

「……ッ?!」

「ご返答は?」

「は、はいっ!! けっ、結婚、します!」


 脅されるがままに頷く。もうこれ以上ないぐらいに、首をぶんぶんと振りながら。あ、なんか酔いそう。


「や、やぁったあ! 夢の玉の輿だ! 嬉しいなぁ!」

「そうですね。これであなたも明日からお金持ちです」


 何を言われているかも理解せぬままに、向けられた刃から必死に目を背けて了承の言葉を連ねる。

 男は私の引き攣った顔が見えていないのか、満足げに頷き剣を鞘に収めている。

 

「なんてオレは幸運なんだろう。人目見た瞬間から気になっていた女性と結婚できるなんて。急なことで指輪がありません。申し訳ありませんが、代わりにこの手錠を」

「えっ? 手錠?」


 演技じみた様子でそう言った男は、手慣れた様子で私の左手首に手錠を嵌めた。

 付与された魔術が発動して私の手首を絞めつける。つけた者が魔力を流すまで絶対に外れない、犯罪者捕縛用の銀色の手錠。


「とてもよくお似合いです」


『うれしくありません』という言葉を必死に飲みこむ。下手なことを言って怒らせたら冗談抜きで首と体がおさらばしてしまう。さっきもおさらばしかけたし。

 『おいおい、この兄ちゃん頭いっちゃてるぜ』なんてことは思っても絶対に言ってはいけない。


「誰にもとられないように、オレのものっていう印をつけておかないと。あとオレ以外の誰とも話せないように、沈黙の魔術をかけておきますね」


 そう言って、瞳孔の細い金色の目と薄紅色の唇を三日月のようにゆがめ、男が微笑む。その拍子に長めに切りそろえられた黒色の髪が、はらりと目元を隠した。


 正直に言おう、この男、とても怖い。


 特に笑顔なんて、子供のころ両親と旅をしていた時に見たカエルを捕食しようとする蛇の顔にしか見えない。


「それでは、これからよろしくお願いします」


 手枷つきの手首をつかみ、地面から起こされる。

 その時に近づいて見えた胸元の紀章でようやく、記憶の隅にあったこの人物を思い出した。

 この恐ろしい笑顔で脅迫交じりに婚約を迫ってきた男の名は、ヴァレル・エノクハント。


 肩書きは、国王直属の魔法騎士団、副団長。

 『人型の殺戮の兵器』『戦場の沈黙』と人々から恐れられるほど戦闘に秀でた才人。現にどんな戦場でもこの男が現れれば圧倒的な強さに、敵も見方も口を開けない状態になるらしい。

 また、この男はタウゼント王国有数の広大な土地を持つ辺境伯の三男坊でもある。大貴族の息子だ。


 けして、片田舎の教会の借金のカタにお貴族様に売られた先で、いじめられつつもけなげにメイドとして働いている私に、結婚を申し込むような肩書きのお方ではない。


 本当になぜ私に? 人違いじぁないのだろうか。

 自分で言うのは悲しいが、私は絶世の美女でもなければ、稀代の模倣の才能を持っていたり、なにかに特化した能力を持ち得ているわけでもない。

 どこにでもある教会の、探さなくてもたくさんいる元孤児のシスター。今は貴族に買われて奴隷のごとくいいように使われているメイド。


「それでは早速、タウゼント国王陛下に伝えなければ」

「い、今からですか?」

「ええ、この国で貴族が結婚するには国王の認可が必要ですので」

「先ほどから、私と結婚するとおっしゃっていますが、人違いじゃありませんか? 私、貴族じゃないどころか、メイドですよ?」


 ずっと頭の中で乱舞する『なんで?』と『まさか?』がつい言葉に出してしまう。あまりにも急速に変わっていく現状に私の思考が追いつかない。


「あなたで間違いないですよ」

「今だってお嬢様のお召し物を洗うために庭を横切っただけで、本来なら、あなたと私は会うことすら無かったのですよ!」

「まさに予期されぬ、運命的な出会いだったということですね」


 物語に出てくるような理想的な人物からの求婚に、私は前後関係も忘れて舞い上がっていた。


「運命の出会いって。もしかして私にひ、一目惚れでもしたんですか?」


 こんな能天気な質問をするぐらいには。

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