第4話 顔のいい男から婚約の申し出を受けたのなら

「断りますね」


 顔のいい男から、お金の発生する婚約話の提案なんて、詐欺以外の何があるんだ。 期間限定というところが、またさらに怪しい。

 

「では、ある日突然『賃金を渡すから、死ぬまでの半年間だけ婚約して欲しい』とお金持ちそうな、初対面の顔のいい男に言われたら?」

「断りますね」


 死ぬまでの半年間とか、責任が重すぎる。

 しかも初対面で私をその重大な役割を担わせるのか……お金持ちで顔も良いのならばもっと別の人を選べばいい。


「なびきませんね。では、ある日突然『一目惚れです。俺の持つ全ての財産を譲渡します。だから半年だけでもオレと婚約してくれませんか』と初対面で貴族の顔のいい男に言われたら?」

「丁重にお断りさせて頂き、医者にかかる事をお勧め致しますね」

「何故?」

「貴族で顔のいい男が、私のような使用人に財産を投げ打ってまで、婚約を申し込みをする理由が分かりません。普通に怪しいです」

「嘘偽りなく真剣に、顔のいい男に言われたとしてもですか?」

「演技にしか感じませんよ。そんなの。でも、『一目惚れです』って財産をあげるから結婚してだなんて、私も言われてみたいです」


 さっきから思っていたが、やけに『顔のいい男』を強調するな……。


 というか、そもそも何故こんなとんちんかんな質問をされるのだろう。 

 私を殺す気満々だったのに。いや、まぁ、殺されないに超したことはないのだけれど、さっきまでの殺伐とした会話と温度差がありすぎて怖い。


 『強情ですね』と悩ましげにこめかみを抑える男。しばらく考え込み、考えをまとめるように一息つくと、おもむろに笑顔を浮かべた。

 

「……埒が明きません。実力行使で正直に行きましょう」


 整った顔を完璧な角度で動かした顔。きっと『笑顔』という図鑑があったら、この顔が『極上の微笑み』というタイトルで乗っているだろう。


 その美しい顏に見とれていると、突然膝に衝撃が走る。

 訳が分からぬままによろめいた体をさらに押されて、背中から地面に着地する。


「??」


 反射で起き上がろうとする私の腹を男は膝で抑えた。この時になってやっと、どうやらこの男に押し倒された事を理解する。


 ザシュッと鋭い音が首元からして、顔に土が飛び散る。目を向けると、月に煌めく銀色の刃が首の皮スレスレに突き刺さっていた。


「……ぐぅッ!」


 のしかかられた腹から変な声が出る。

 男は膝乗りになり、剣を突き立てたまま、おもむろに私の顎を掴んだ。相変わらず、月のように美しい笑顔で。

 

「一目見られた時から、どうしようかと思っていました。財産、権力、自由すべてを保証します。だから半年だけオレと結婚して、オレを殺す手伝いをしてください」


 この月明かりの庭園で、土の匂いを感じながら味わった、運命が変わる瞬間を、私は一生忘れないだろう。

 そもそもこんな衝撃体験、忘れられるわけがないのだけれどね!



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