第3話 『見られたからには口封じをしなくては』と言われたら
「痛った!」
男に掴まれた腕は、火傷をしている腕だったため、物凄い痛みがはしる。握力強いな……。
「はぁ、よし。ええと……すみません。怪我をしていたとは知らず」
さっきの苦痛に満ちた声とは違って、低く落ち着いた声が聞こえてきた。
振り返るとうずくまっていたはずの男が立ち上がって、私の腕を掴んでいる。
「いっ…くぅ! だい、じょうぶです……えっ?! あれ? 怪我がなくなってる?!」
不思議なことに腕の血が滴り、筋肉の筋が見えるほどの大怪我が消えて、細くも筋肉質な白肌のまっさらな腕になっていた。
男は傷なんて最初から無かったように平然とした様子でそこに立っていた。
……美しい人だ。先ほどまではかがんでいたためにわからなかったが。
高い身長に、細いがしっかりと筋肉が付いた体つき。剣を佩いているところを見るに騎士だろうか。
黒を基調とした礼服に、襟足で結いあげられた長い黒髪がよく似合っている。前髪に隠れた金色の目が私をじっと見つめていた。
金瞳、濡れ烏の髪、騎士、美人……どこかで聞いたことがある、確か……
「さて。見られたからには、口封じをしなければなりませんね」
「……?!」
ぼんやりと記憶をさぐっていたらとんでもない言葉が聞こえてきた。
「どうしましょうか。いくら使用人といえど、今すぐここで殺すわけにはいきませんよね。人様の敷地ですし」
『困りましたね』と全く困っていない顔で言う男。
というか、めちゃくちゃ自然に殺されそうになっている件について。
「いやいや、待ってください! 殺すとか冗談ですよね?!」
「オレはあんまり冗談を言わない人間です。あなたはオレのあれを見てしまったため、私的な理由により、口封じされます」
「あれって、あの大怪我……?」
「そう、明らかに人智を超えた何かの蠢き。悪魔の肉を内蔵する、禁忌の体の一部をあなたはしっかりと見てしまいました」
私が見たのは、悪魔を内蔵した体? あの明らかにおかしな動きをしていた肉が悪魔の1部……?
この国で悪魔とかかわることは禁じられている。
悪魔に少しでも関わった人間は、例外なく狂乱し、他人に悪しき行いをする怪物に代わってしまうからだ。
悪魔は対話するだけで人を破滅へと導くことが出来るというのに、その恐ろしい悪魔自体を体に宿しているなんて。
そりゃあ、ためらいなく人殺しを実行しようと考えるわけだ。
そもそもそんなものが体の一部って、もう人間じゃない怪物的な何かでは?
どうしよう、これは真剣に世辞の句でも考えるべきか。
「今見たことは誰にも言わないので、命だけはどうか勘弁してください」
「魔術契約で一生このことを伝えられないように契ることも考えたのですが、あれは高位の術解魔術で破棄される可能性があるので。確実性を考えると、息を引き取ってもらわないと」
真剣な表情だった。
冗談なんてとんでもない。この男は、本気で私を屠ろうとしている。
「そんな……私まだ恋愛もしたことないのに!」
「オレも、若くて苦労してそうな女の子を手に掛けるのは心が痛みます。ああ、かわいそうに。オレなんかの心配をしたばっかりに、こんな事になるなんて。これから素敵な出会いがあって、結婚もできたかもしれないのに……結婚?」
突如、男の動きが止まる。
瞬きひとつすらしなくなったので心配になって、目の前で指を鳴らして見るが反応がない。
「え? 急に固まった?」
このまま逃げ出そうかと考え始めた頃、パチンと音が鳴る。男が手を鳴らした音らしい。
「……結婚契約がありましたね。婚姻を結べば、他の諸々の問題も片ずきます」
「うわ、急に喋べるじゃん!」
思考をまとめるように目をふせながら、男は喋り出す。
「『私まだ恋愛もしたことないのに!』という事は、ゆくゆくは恋愛の先、『結婚』も視野に入れていたと考えてもよろしいですか?」
「え? あ、はい。お金持ちと結婚して、玉の輿になりたいです」
妙に上手い私の声真似を披露しながらの問いかけ。
なんの文脈もない突然の質問に、私の深層心理がつい口から出てしまった。教会でもお金さえあれば、奴隷同然に売られるようなこともなかったわけだし。
男は思案顔を崩さず、真面目な口調で質問を続けた。
「では、ある日突然『お金をあげるから、オレと半年間だけ結婚してくれませんか?』と初対面の顔のいい男に言われたらどうします?」
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