第2話 屋敷にて
「ミューズ、レナン! すぐに離れろ!」
屋敷の入口に立つ熊を見て、シグルドが剣を手にし、走ってくる。
「お祖父樣、ダメよ! この人は悪い熊さんではないわ」
「そうよ、だから止めて!」
二人の孫娘が立ち塞がった為に、シグルドは剣を下ろす。
「驚かせてしまい申し訳ありません。一夜の宿を借りたくてお二人に無理を頼んだのです。すぐにお暇しますので」
ティは丁寧に帽子と手袋、マフラーを外して床に置くと、くるりと後ろを向いて外に出ようとする。
「待って!」
「いや、甘え過ぎてしまった俺が悪いんだ。この姿で信用してくれと言うのが、無理な話なのだから」
必死で引き止めようとするミューズとレナンを見て、シグルドも外に出る。
「待て。何やら事情があるらしいし、言葉を喋るとはただの熊ではないのだな。これから夜になる。このままじゃ孫も外に出てしまうし、ひとまず中に入れ」
そう促され戸惑うも、再度シグルドが声を掛けた。
「お前さんがそのままだと孫娘も凍死しちまうだろうが。さっさと入りな」
いまだしがみついていする二人を見て、ティはペコリとシグルドに頭を下げて中に入る。
「悪かったな、事情も聞かずに剣を向けて」
小さな声で謝られ、ティはまた頭を下げた。
「いえ、話も聞いてもらえたし、こうして受け入れてもらえて嬉しかったです。ありがとうございます」
ティはレナンとミューズと共に中に入る。
二人はホッとして笑顔になった。
「何があったんだい?!」
騒ぎを聞きつけて、今更ながら駆けつけたディエスの絶叫が屋敷中に響いた。
◇◇◇
「妖精の呪い……いやイタズラ、か」
暖炉のある部屋にてティの話を聞くべく、シグルドやディエスが対面にて座っている。
「用事を終わらせて家に帰る途中で小さい子を見かけまして。この雪では危ないと追いかけたところ、連れと離されたのです。そうしたらこのように獣の姿にされました。『戻りたかったら僕を捕まえてごらん』と言って」
すっかり体が温まったティは、背筋を伸ばし、真面目に話に臨んでいる。
(その姿勢だけでも普通の者ではないな……)
シグルドはティの話を聞いてため息をつく。
ティはもともと人のようだ、しかも貴族だろう。
「そうならそうと先に言ってくれ。事情を知っていたら剣など抜かなかったよ」
「いえ、俺も悪かったです。すぐにお話をしたり、せめて話が通ってから入ればよかったのに」
謝罪合戦となってしまった。
「それにしてもこのような話を信じてもらえるとは思いませんでした」
「話を信じるというか、レナンとミューズが庇ったからな。あの子達は勘がいいから、お前さんが悪い奴ならこうして助けようとはしなかっただろう」
「優しいご令嬢方ですね。それにとても仲が良い」
「だろ? だから離れるのを嫌がって少々困ったこともあるんだ」
シグルドはため息をつく。
「あんなにも素敵な女性なのに、何があるのですか?」
「お互いに離れることを嫌がって婚姻先が決まらないんだ。二人で同じ場所にはいけないのだが、それなら近くでもいいからと」
なるほど。嫁入りしても二人はなるべく一緒にいたいと言う事か。
しかし現実そう上手くはいかないし、寧ろそのような事は叶わないだろう。
「ディエスなど嫁になんて行かず家にずっといていいと言うし、全く……」
「お義父様もそうだったじゃないですか。遠くに行かせたくないと何度も言われましたよ」
「当たり前だ。お前みたいな軟弱者に渡すなんて尚更嫌だったんだからな」
男親同士何やら揉め始めたが、子どもを手放したくないのはどこの親もそう思うのが普通だろう。
行き過ぎは良くないけれど。
「跡継ぎはどうなさるのですか? 婿を取ればいいのでは?」
「甥がいるから、そちらにお願いしてもいいかと思っている。二人が幸せになるならばそこまで拘りはないんだけど、でも出来れば近くに居て欲しいよ。もう一生」
「親馬鹿はやめろ」
ティは少し思案した。
「二人の言う事ならば叶えてあげたいという気持ち、何となくわかります。二人ともとても良い子ですものね」
素直で純粋で仲が良い。
無理に引き離したくはないと思うのもわかる。
「一先ずお前さんの連れのものを探すか。その者達の名前と特徴を教えてくれるか?」
「はい」
ティがシグルドに従者の特徴を教えるとすぐさま探しに行くように侍従達に命じてくれる。
この分なら見つかるのは早いかもしれない。
(無事だといいが)
ティは感情に任せ単独行動をしたことを悔やむが、今は後悔している場合ではないと落ち込む気持ちを抑え込む。
英気を養い、妖精を捕まえなくては。
そうしてティはシグルドの好意に甘え、冬の間だけとして屋敷で過ごす事となった。
ミューズとレナンと共に。
二人から三人になったために、雪遊びの幅が広がった。
雪合戦や大きな雪像作り、雪の滑り台なども作って三人で遊んでいた。
「ティは凄い力持ちね」
大きめに作りすぎてしまったスノーマンの頭を、ティが抱えて一番上に飾ってくれる。
力もあるし、身長もある。
小柄なミューズにとっては羨ましく思えた。
「熊だからね。何でも頼んでくれ」
自慢するでもなくそんな事を話してくれる。
卑下するわけではないが、自慢する事もない。
そしてとても謙虚である。
(本当のティはどんな人なのだろう)
穏やかで優しいティに、ミューズは少しずつ惹かれていた。
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