遭難していた熊さんを助けたのですが、後の旦那さんになりました

しろねこ。

第1話 森の熊さん

「冬のここは寒いけど、綺麗な景色」


 辺境伯である祖父の領地はいまや真っ白な世界になっている。


 まだまだ降り積もる雪を見ながら、ミューズは呟いた。


「そうね。寒いけれど雪は綺麗で、楽しいわ。ねぇ、後で少し散歩に行かない?」


 無邪気な笑顔で姉のレナンはミューズを外遊びに誘う。


「寒いのに二人はよく外に出ようと思うね。僕も温泉の誘いだったならば、有り難くついていくんだけどなぁ」


 一際厚着をした父ディエスは娘達の会話に口を挟む。


「あら、これくらいの寒さならいつもよりマシだわ。もっと寒い年もあったもの」


 ここで生まれ育った母リリュシーヌは、ディエスを鼓舞しようとそんな事を言う。


 寒い季節に寒い所に来るというのは普通ではないないかもしれないが、一人を除いた皆はここが好きだった。


 特にミューズとレナンは。


「どうせなら楽しまないと」


 冬はお茶会も少なくなるし、雪と寒さで家に引きこもる者が多い。


 それならば、こうして楽しい所に来た方がいいというのが、二人の持論だ。


 祖父のシグルドも孫娘達が来てくれるのを嬉しく思っているので、誰も困らない。


 ただディエスだけが寒さに弱いので、本当は内心気後れはしているのだけど、家族と離れるのも、置いていかれるのも嫌でこうして付いてきているのだ。


 寒いとはいうものの馬車の中は暖かくしているし、街道も雪を溶かす魔法陣が埋め込まれている為にそこまで寒くないと思うのだが、それでもディエスは毎年着込んでいる。


 辺境伯であるミューズとレナンの祖父、シグルドの屋敷は暖かく寒くはない。


 その為、この移動だけがディエスにとってネックであった。



 ◇◇◇


 ようやくシグルドの屋敷に着いたので、二人はシグルドへと挨拶をする。


 その後早速動きやすい服装に着替えて、雪の中を散策しにと外に出た。


「あまり遠くに行ってはダメよ」


「はーい」


 母の忠告に従い、街道沿い、そして祖父の屋敷の見える所までと約束した。


 少し離れた所には護衛の騎士もいるし、危険は少ないだろう。


 そもそも雪の降る中、外に出るものはほぼいないので、近づくものがあればすぐにわかる。


「こんなに楽しいのに、お父様は苦手なのよね。勿体無い」


 ミューズは雪でうさぎを作る。


「そうね、寒いけれど今だけしか出来ない事なのに」


 レナンは雪玉を作り、何個か上に重ねていく、出来たのはスノーマンだ。


 街道は温熱の陣が敷かれている為、すぐに雪が溶けてしまうから、作ったものは一旦街道の外に置いた。


 気に入ったものは皿にのせ、溶けないように気をつけて持ち帰ろうと考えている。


 その時、不意に森の方から声が聞こえてきた。


「誰か、いないか……?」


 驚いたミューズとレナンは寄り添い、護衛が二人を守るように前に出る。


「誰?」


 もしかしたら遭難者かもと思い、レナンが声を掛けると、森の奥から巨大な熊が出てきた。


「待て、怪しい者ではない」


 護衛が剣を抜いた為に熊はそう言って前足を後ろに回し、その場にしゃがみ込む。


 襲う意思はないという表れだ。


「どうされたのですか?」


 ミューズはおずおずとその熊に声を掛けた。


「道に迷い、供のものとはぐれた。すまないが少しだけ休む場所を貸してはくれないだろうか。何もしない、休んだらすぐに出ていくと約束するから」


 人語を介する熊などどう扱っていいのだろうか。


 護衛も、遭遇したことのない事態に、どうしたらいいのかと考えあぐねていた。


 (この熊さん、震えている)


 防寒着もないし、いくら動物とはいえ、この寒さは堪えたのだろう。


 熊の体には雪が積もっていて、長い間外にいたとわかる。



(でも供の者ってなにかしら? 狐?)


 ミューズは意を決し、熊との対話を行う。


「ついてきて下さい。すぐに暖かいものを用意しますから」


 ミューズは少し怯えながらも熊に近づいて、自分のつけていたマフラーをしゃがむ熊の首にかけた。


「ミューズ様、危険です! すぐに離れて下さい!」


「大丈夫よ。襲う気があれば声なんて掛けて来ないもの」


 そう言って熊の手を引く。


「私はミューズ、あなたは?」


「俺は……ティ」


 そう答えるティはミューズに引かれ、屋敷までの道のりを一緒に歩く。


「寒かったですよね」


 レナンも少し遅れてティに己の手袋を貸そうとするが、大きさも形も合わず、指の先しか入らない。


「あら?」


「お姉様ったら」


 うっかり屋なレナンを見て、ミューズは笑い、熊は微妙な顔をする。


 それならばとレナンは帽子を脱いだ。


 もちろんティの頭に対しては小さいので入らない。


「ありがとう。二人共とても優しいんだな」


 ティはそう言ってお礼を言い、落ちそうな帽子と手袋を落とさぬように気をつけて歩く。


 やがて屋敷の前につき、普通に中に入れようとする二人を、ティが止めた。


「馬小屋や、資材置場で充分だ。流石に中は遠慮しておく」


「大丈夫。私達がいるから」


 嫌がるティの腕を引き、止めようとする護衛を振り切って、ミューズは扉を開けた。


 当然だが、屋敷中に悲鳴が上がった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る