第51話 客席を見よ

 名古屋センチュリーホールの客席に臨んだ。

 大きい、たくさんの人がおる。


 暗く奥行きがあって、一席空いているとは言え圧倒された。背後の部員はここで演奏するんだ。緊張か震えた。杖をついて僕は歩いて真ん中に来た。



 大きい、大きいよ。


 背後には全日本吹奏楽コンクールの文字が掲げられている。関西吹奏楽コンクールではないのだ。後ろから肩を叩かれた。時間だ、あとはと監督に振り返り、グータッチをした。



 演奏が始まった途端、僕の青春の一ページが静かに終わった。


『八神高等学校吹奏楽部、銅賞』


 泣く部員に何もすることが出来なかった。何も言わなかった。


 そもそも練習がしたくなくて、辞めたいと思っている自分だ。今更、何をする権利があるというのだ。謝りながら抱き着き合う部員。


「ごめんな金賞取りたかった」

 その後の全日本マーチングコンテストは初の銀賞を取り、その雄姿を観客席から見守った。


 マーチングは観客席でええんか? という監督の問いには、去年立ったからと答えた。

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