第65話 夜のお茶会

「今頃 聖女ちゃん何をなさっているのかしら」



少し明かりを落とした部屋でワイングラスを夜景にかざす


ここに三人が集まるのは久しぶり


街を見渡せるマンションの15階 あかねさんの部屋



夜のお茶会 乙女が本音を話す場所





興奮 衝撃 憧れ 乙女の夢 寂しさ  



沢山の想いが胸にいっぱいで独りでは居られない夜



『恋する仮面舞踏会』が終わってまだ数時間


気持ちの整理が付かないのです。




「姉として傍に居なくても良かったのですか」


いたずらな視線を向けるのはリズさん



すでにドレスから部屋着に着替えてくつろいでいます。


すらりと伸びた脚の先 爪もきれいに整えられて

シャワー後のノーメイクのはずなのに整った顔立ちと大人の色気


くつろいでいるはずですが、だらしなくはない

本当に隙の無い方でございます。




「今夜は乙女として特別な時間です。ゆっくり幸せを噛み締める時間が必要でしょう」


つぶやくように答えながら手元のグラスに視線を落とす。



「それに私自身が自分と向き合う時間が必要です」


自嘲気味な笑顔を見せる聖女さま




「告白なんて信じられないと言いますか、感慨深いものがございます。まだ子供だと思っていましたが時が過ぎるのは早いものですね」


少し遠い目で語るのはキッチンでチーズを切り分けているあかねさん

今夜はお茶会のホスト役です。



「ちょっと良い『ぶどうじゅーす』開けましょうか お祝いですからね」



    §    §    §



「みごとな騎士の誓いでございました。とても中学生の所作とは思えません。騎士に憧れて研鑽を重ねてきたからなのでしょう。迷いが見られませんでした」


やはり話題は騎士くんの告白 リズさんも絶賛です。



「王へ忠誠を示すために剣をささげるのは物語で見る場面ですが、今回は聖女さまへの忠誠を示す儀式です。剣ではなく誓いをささげる姿は素晴らしいものがございました」




「『白百合の聖女』はこれ以上ない称号でしょう。ずっと心で温めていたのですね。愛を感じます。

 誓いと称号をささげられて受ける聖女ちゃんも素敵でした。肩に手を置き受ける仕草は聖女の作法 知識も含めて流石と言うべきでしょう」


胸に手を当てあの瞬間を思い出し目を閉じるあかねさん 乙女として衝撃的でした。




「心寄せる殿方から名を頂き、お世話になった方々に見守られながら聖女となる。これほど幸せな聖女はいないでしょう。本来聖女はこうして生まれるものかもしれません。不思議な術も特別な力も必要ないのです。慈愛こそが聖女に必要なのでしょう。


彼女こそ相応しい そう 彼女こそ聖女です」



『聖女』に憧れて、まわりから聖女ちゃんと呼ばれるほどに優しくあれ、正しくあれ、と自分を律してきた妹


そんな妹が聖女と呼ばれた幸せ 望んでいた未来


それなのに浮かない表情の聖女さま




「『世界樹の聖女さま』の名も愛する妹さんから贈られた名と聞いておりますよ。幸せではないのですか」



「私も可愛い妹がいる幸せな聖女なのでしょう。でも私はまやかしの『聖女の術』しか使えない聖女です。

妹は姉を超えて本物の聖女へと手を伸ばしているのです。そんな志を持っている彼女は幸せにならなければいけないのです。

今回のように『聖女』の名が足かせになって幸せを我慢してしまうことが怖いのです」



手元のクッションを握りしめてしまう聖女さま 少し震えています。


心寄せる殿方が他の女性にすり寄られても嫉妬心を抑え込もうとした聖女ちゃん

感情を抑え、空気を乱さないことが聖女であると信じていた聖女ちゃん



「聖女への憧れを持たせてしまったことに罪悪感を持っているのですね。でも彼女は自分で選んだ道です。誰に強制されたわけでもありません。素敵な生き方だと存じます。

それに騎士くんが手を取ってくれました。何年も踏み出せなかった一歩を踏み出した勇気があればもう泣かせることはないでしょう。きっと騎士として『白百合の聖女』を守ってくれますよ」


優しく語り掛けるようにゆっくりと言葉を紡ぐリズさん




「彼女には守ってくれる人がいるのですよね。姉に守られる妹から、想い人に守られる聖女へと変わるのですね」







「ただ寂しいだけなのです。愛する妹が離れていくようで寂しいのです。わがままですね」


本音をこぼす聖女さま

『ぶどうじゅーす』のおかげでいつもより素直なようです。




「相変わらずシスコンですね。心が離れたわけではありませんよ。騎士くんも誠実に対応したではないですか。妹たちの成長を喜んであげましょう」


聖女さまに寄り添うように隣へ腰を下ろすあかねさん




ワイングラスを細い指でつまんで窓の外へ視線をむけるリズさん



「新しい聖女の誕生と騎士の恋物語に明るい未来がありますように」



見つめているのは遠く丘の上 影だけが見える世界樹


合わせてグラスを世界樹へ向ける三人




「「「プロージット」」」




    §    §    §




「しおんちゃんもトテちゃんもアイドルでしたね」


「トテちゃんの彼『図書室の王子さま』も来場されていましたね。生徒会役員としてチェックしておかなければいけないなんて理由をつけたみたいです。ほほえましいこと」



リズさんはしっかりと見ていたのですね。裏事情まで把握している所はさすがでございます。



「騎士くんが動いたことは刺激になるでしょう。今後の注目のカップルですね」



「しおんさんも注目でしたよ。本人は気が付いていない様子ですが、同学年の男の子が目で追っていました。いつもとは違うドレス姿に胸を打ち抜かれたのでしょう。妹が取られてしまいますよ。どうしますか あかねさん」



ちょっと意地悪そうに聖女さまが顔をのぞき込みます。先ほどの仕返しと言ったところでしょうか



「しおんちゃんは私の妹です。誰にも渡しませんよ。まずは私に認められる良い男になってからでなければ近づけさせません」



「後輩がふたりともここまでシスコンを拗らせているとは思いませんでした」



「お嬢と違ってシスコンではありませんっ 愛情です」



あかねさん 酔っていませんか 『ぶどうじゅーす』で・・・




――――



「妹たちは成長しているのですね。変わらないものと思い込んでいました。おかしな話です」


寂しそうな聖女さま



「幸せな時間はずっと続いて欲しいものですからね。でも未来には新しい幸せが待っていますよ」



「私たちも成長しましょう。そして私たちも一緒に変わっていけばよいのです。


それでも変われないものがあるのなら・・・」



あかねさんが聖女さまを強く抱きしめます。





「私が全部抱きしめてあげる」


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