第59話 偽りのヒロイン

いつから憧れていたんだろう。


キラキラした可愛いヒロインたち



普段は目立たなくて大人しい女の子が魔法の力でキラキラと輝くヒロインになる。

あのキラキラに私は憧れたんだ。


形だけでも 真似事でもヒロインになりたかった。

キラキラと輝くヒロインになりたかった。


地味な私でもコスプレをすれば心が弾んだ。 

空を飛べる気がした。 何でも出来る気分だった。


輝ける場所 輝ける世界を私は見つけた。




でもあの人は去ってしまった。キラキラに憧れる私を受け入れてはもらえなかった。



私はヒロインになれなかった。


偽りのヒロイン そう 私には翼も魔法もないの



分かってた。 知っていた。 この世界には魔法なんてないんだ。



§



何度目かの春が来て私をヒロインだと言う人が現れた。


大人しくてちょっとオドオドしたところがある年下の男の子




こんなに地味な私を好きになってくれたのですね。ありがとう


でもあなたの知らない私がいるの


きっとあなたの知らない世界 あなたも呆れるほどに変わってしまう私

それも含めて私だから隠せないの



あなたには隠したくないの 好きになってしまったから


断られるのはわかってる。でも隠したくないの 好きになってしまったから



§



先輩のご厚意で決まったコスプレショー 私のためのステージ



沢山の人が背中を押してくれた 否定をする人はいなかった

どうしてみんなこんなに優しいの



そこで出会った不思議な女性 『世界樹の聖女さま』



分かってる この世界には魔法なんてない


でもみんなが口をそろえて言うの 本物の聖女さまだって


本物の聖女さまが私の恋のために祈ってくれると言うの



§


イベントの前夜



目の前に広がる『聖女の術』



―― 幻 ―― 


特殊効果で作り上げられた『聖女の術』という幻


聖女さまは正装までして真摯に向き合ってくれた。


聖女の見習いを名乗る女の子たちまで私のために祈ってくれた。

彼女たちも正装して聖女として場に立ってくれた。


会場にいるすべての人が祈ってくれた。


ブリオングロード


夢を見なさいと 自分がヒロインになる夢を見なさいと祈ってくれた。




『聖女の術』の後 崩れるように倒れた聖女さま


この人は本気で祈ってくれた。私の恋が叶うようにと祈ってくれた。


その想いは幻なんかじゃない。



§



ショーの当日



不安で押しつぶされそうで聖女さまのいるcafeへ足を運んだ。


無茶なお願いをした。


「あの日に見たポーションを私にもください」




目の前に置かれた黄色い小瓶 恋を叶えるポーション


聖女さまをはじめ、その場にいた人たちが祈ってくれたポーション



すべては私の為 私の恋の為


みんなの想いを受けて一歩だけ踏み出そう。 最後の一歩だったとしても悔いはない。



ポーションは甘酸っぱかった。



§



私をキラキラとさせる魔法 



年甲斐もなくひらひらとしたミニスカート 恥じらいもなく高く上げる脚


女であることを強調したコスチューム 私が憧れたキラキラを身にまとう



こんな私をあなたは知らない きっと会場のどこかで青くなっているでしょう。



踏み台となってくれたスタッフさん

身体を張ったスタントをしてくれる有志の方々

観客席からの応援 揺れる緑のペンライト



ありがとう ありがとう


本当の私を見てもらうことが出来ました。もう悔いはありません。



悪役につかまった私


これで終わる 偽りのヒロイン 誰も助けには来ない



知ってるの 人前に出る事なんて出来ないあなた 大人しくて優しいあなた


理解されないと分かっていながらわがままを言ったのです。



これで良いのです。住む世界が違っただけ


少しにじんで見えるステージ 揺れる緑色のペンライト



明日からはいつもの現実に戻りましょう。あなたの先輩に戻りましょう。



すてきな夢でした。みなさん ありがとう



あなたのことが好きでした。



――――

――――



『ヤミーズ そこまでだっ』



カッコいい叫び声が聞こえましたよ。ヒーロー来ちゃいましたか スーパーヒーロー登場ですか


声にエコーがかかってます。




どんなヒーローが登場したのか・・・ 



えっと オタクさんです。どこからみてもオタクさんですね。




赤いバンダナにリュックサック イベント用に配布している仮面

リュックサックには缶バッチ 手には緑色に光るペンライト


いまも観客席で応援しているオタクさんのひとりがステージに飛び上がってきたみたいです。




「誰だ おまえはっ」


「美少女の味方 『オタク仮面』」




見た目そのままでした。オタク仮面さん参上です。



じゃーん♪ ぶっしゅぅ



登場の音楽と一緒に白い煙がぶしゅっと出ました。スポットライトを浴びてます。


なんだかかっこいいじゃないですか



『ぷりぷりすいーと』もう大丈夫です。オタク仮面さんが助けに来ましたよ。


あれっ マスクさん泣いているのですか ヤミーズのお姉さんにいじめられて泣いちゃったのですか


観客席からわかるくらいにポロポロと涙がこぼれています。




「俺が相手だ」 



助けに入るオタク仮面さんに怪人さんが迫ってきます。


オタク仮面さん 武器がないですよ。おたくきっくですか




『オタク仮面 ペンライトブレードだっ 一撃で行けるっ』




観客席から仲間のオタクさんたちから掛け声です。何かわからないけど必殺技みたいです。


オタク仮面さん 声援を聞いて光るペンライトを中段にかまえます。




・・・それって武器だったんですか



「いくぞ 『『『ペンライトブレードっ』』』」



しゃきーん ばしゅ



観客席のオタクさんも声を合わせて必殺技がさく裂です。


みんなノリノリですけど打合せしてあったんですか 息がぴったりですよ。



カッコいい音もしましたよ。会場が一瞬緑色に光りましたよ。


スタッフさん ナイスです。




「ぐわっ ばかなっ」



怪人さん 一撃で倒れてしまいました。ごくろうさまです。なかなかの迫力でした。




「『ぷりぷりすいーと』さんを離せっ」



最後に残ったヤミーズお姉さん 離しませんね。




「オタク仮面ごときが生意気なっ」


「推しの力をなめるなっ」



おっ カッコいい場面ですよ 最終決戦です。


会場の音楽も盛り上がってきました。




そこに突然入ったナレーション



『オタク仮面の特殊能力【オタクボイス】 


推しへの愛を叫ぶことですべての悪を倒すことができるのだ 



さあ行け オタク仮面 叫べ オタク仮面』




これってピエロさんの声ですよね。 必殺技の解説ご苦労様です。



意を決したように仁王立ちになるオタク仮面さん 必殺技を繰り出すのですね。


音楽が止まりました。観客席も静かに見守ります。




「マスクさん 好きだぁ 大 大 大 大好きだぁ」


「優しく笑う横顔が好きだぁ 髪をかき上げる仕草が好きだぁ」


「変身して戦うマスクさんも好きだぁ 好きなんだぁ」


「全部 全部 マスクさんの全部が大好きなんだぁ」




一気に愛を叫ぶオタク仮面 肩で息をしています。

『ぷりぷりすいーと』じゃなくて『マスクさん』って叫んじゃいましたよ。



「ぐはぁ 彼氏募集中の私への惚気かっ 覚えていろっ」



ヤミーズお姉さん逃げちゃいましたよ。今のセリフもしかして台本にない本音ですか


さりげなく彼氏募集中ってアピールしていきましたね。


お姉さん 強く生きてください。




ステージに残ったのは『ぷりぷりすいーと』と『オタク仮面』  


(目をキラキラさせながら見ている人質だったアイドルさんが若干名)




「私もだいしゅきっ」




手を伸ばして叫び返す『ぷりぷりすいーと』  


大事なところでかんじゃいました。でも可愛いから問題ありません。可愛いは正義です。




駆け寄るふたり 良い感じの音楽が流れて照明の色も変わりました。


とっても良い雰囲気です。




観客席からは今日一番の黄色い声 


「きゃぁぁ」「素敵っ」「お幸せに」



オタクさんたちはペンライトをフリフリ祝福しています。


「爆発しろっ」「くそっ お前らなんか 祝ってやる」


・・・祝福だよね 本当にお祝いしてるよね。




このまま駆け寄った勢いでぎゅっと抱きしめて・・・  抱きしめて・・・ 



寸前で止まってしまいました。



一番良いところでヘタレました。がばっと行きましょう。 がばっと




ふたりとも下を向いてもじもじ



「あの・・・ あとでね」


「うん・・・ あとで」




『ぷりぷりすいーと』さん 聞こえてますよ。マイクがばっちり拾っていますよ。


あとで何するの ねえ 何するの


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