第55話 見たくなかった未来

「僕はね。君を糾弾するつもりはないんだよ。恋愛の価値観は人それぞれだからね」



『恋する仮面舞踏会』運営本部


その奥にある資材置き場

まわりをパーテーションパネルで囲まれて段ボールなどが積まれた空間


掃除道具やコスプレ小物 雑多に置かれた中にパイプ椅子がふたつ


向かい合わせではなく隣に並べて段ボールの山を見つめています。




「でも俺はひどいことをしました」



力なく俯いたまま懺悔するのは騎士くん 顔色は青ざめて声もつぶやくような小声です。



「そうかな。僕が君のようにきれいなお姉さんに囲まれたら嬉しくてデレデレしていると思うよ。男なら少なからずそんな夢を持っているのじゃないかな」



友人のように軽い口調で話をしているのはスタッフの中心となって活躍しているピエロさん



「きれいな女性に囲まれたいという男の夢 ある意味叶ったよね。羨ましいよ」 


「そんな夢で良いのでしょうか」



「騎士くんの今の夢はなんだい」


「聖女ちゃんと仲直りしたいです。必死にあやまって許してもらいたいです」



「それは無理だね。許してはもらえないよ」


「えっ」



――――

――――



「リリーさん 落ち着きましたか」



「はい ご迷惑をおかけしました」



休憩室に来たのはリズさん


侯爵令嬢の衣装をまとってコスプレとは思えない雰囲気を出しています。



「迷惑なんて感じておりませんわ 真剣な恋ですもの」



ふたりの横顔が見える場所へ座ります。スカートを少し気にしながらも優雅にふわりと



「どうして我慢したのですか 彼が取られそうに感じたのなら苦言のひとつも口にしたかったでしょう」



リリーちゃんの瞳が揺れます。



「私は優しくなりたかったんです」


「今でも十分に優しいですよ」



聖女さまが優しく頭を撫でます。



「見習いとはいえ聖女ですから許さないといけないと思っていました。私が黙っていれば済むと思っていました。でも我慢できませんでした。聖女としては失格です。


ふたりの聖女さまが目の前に居て、あこがれて努力しているのに手が届きません。私はどうすればよかったのですか。聖女としてどうするべきだったのですか」



声が震えるリリーちゃんを聖女さまが抱きしめます。


そんなリリーちゃんにリズさんが応えます。



「聖女といえども人の子です。泣いても良いのですよ。怒っても良いのですよ。泣いたことのない聖女が泣いている人を救えると思いますか。

先程もあなたのお姉さまは怒りを見せました。私は正しい姿だと感じております。


泣いて笑って、譲れないことには怒って、そうやって人は成長するのです。自分自身の心にもう少しだけ素直になりなさい。あなたの進んでいる道は間違ってはいません。二人の聖女が見守っていますからね」



優しい言葉に顔を上げるリリーちゃん


聖女さまが問いかけます。



「あなたの心はどちらを向いていますか」



――――

――――

――――


「騎士くん 反省しているのかな」


「はい 今までで一番ひどいことをしたと反省しています。どうやってお詫びしたら良いのかずっと考えています」



「あの瞬間、聖女ちゃんはどんな顔をしていたんだい」


「怒っていました。冷たい顔をしていました。それに言い訳をして泣かせてしまいました」



「僕には怒っている顔には見えなかったよ」


「怒っていないんですか」



「騎士くんはまだわからないかな」


「とても怒っていたように見えたので」



「それでは先輩として少しだけ手伝ってあげよう」



立ち上がって騎士くんの前に立ちます。



「目を閉じて力を抜きなさい そしてゆっくりと深呼吸 そう ゆっくりと」



口調が少し変わったピエロさん 



騎士くんは言われるままに目を閉じて深呼吸を繰り返しています。


数分が経過しました。




「明るいことを考えようか 一緒に写真を撮ったお姉さんの服を思い出してみよう」


「みんなセクシーだね おっぱいを見せつけているようだね スタイルの良いお姉さんばかりだね」



深呼吸を繰り返す騎士くん



「あのセクシーな服を聖女ちゃんが着たらきっと綺麗だね 美少女だから注目されるよ」



深呼吸を繰り返す騎士くん



「彼女自身が知らなかった魅力があふれるだろうね。自分が美少女だと自覚のない子だから」



静かに繰り返す深呼吸の音が不思議に大きく聞こえます。


ただゆっくりと深呼吸


深呼吸




「イケメンのお兄さんと腕を組んで写真を撮ってるね お兄さんがイケメンだから嬉しそうだね」



呼吸が止まる騎士くん



「今度は違うお兄さんの腕に絡みついてるね おっぱいを当てて気持ちよさそうだね 年頃の女の子だからね」



呼吸が止まる騎士くん



「次のお兄さんにも笑顔で腕に抱き着いて・・・」




―――― おうぇぇぅぅ



突然床に向かって嘔吐する騎士くん


慌てる様子もなくバケツを差し出して対応するピエロさん


こうなることがわかっていたかのように冷静に騎士くんを見つめています。




「あの聖女ちゃんの表情は怒りや嫉妬じゃない。絶望なんだよ」



§



「一番見たくなかったものを見てしまったんだよ。忘れて許してくれなんて無理でしょ」



「はい その通りです」


しばらく嘔吐を繰り返していた騎士くんですが、背中をさすられ落ち着いてきました。




「彼女は優しいから言葉の上では許してくれるだろうね。でもずっと胸に棘が刺さったまま今までと同じように仲良く出来ると思うかい」



「無理・・・ですよね。 何度『ごめんなさい』と言っても事実は変わらないですから」



先程まで飲んでいたポーションの青いビンを見つめながら力なく答える騎士くん




「『ごめんなさい』は言うべきではないよ。何度も繰り返せば優しい彼女は『ごめんなさい』の重さに耐えられなくなる。もっと前向きな言葉 未来が見える言葉をかけてあげて欲しいな。


彼女が見てしまった事実を消すことは出来ないけどそれを幸せな記憶で上書きすることは出来るかもしれない。



要するに悲しい記憶を騎士くんの愛情が上回れば良いと言うことだよ・・・ なんて受け売りだけどね」



照れくさそうに頭を掻きながら語るピエロさん



「どうして俺なんかに優しくしてくれるのですか」



騎士くんの疑問に少し考えたあと



「きっと恥ずかしいからだと思う」


「恥ずかしい・・・ ですか」



「大人にとって一番恥ずかしいのは若かった頃の自分を見せられることなんだよ。君を見てるとね。たまらなく恥ずかしいんだ。

だから僕と同じ過ちをしないでおくれ 聖女を守る『騎士』なんだろ」



「はい 先輩 ありがとうございます」



そこには何か決意した表情で深々と頭を下げる騎士くんがいました。

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