第47話 聖女の術

会場の雰囲気が変わってきました。

入口はしっかりと閉じられて外の様子は分かりません。ここは別世界です。異世界かもしれません。



緊張しています。私たちも姉さまの『聖女の術』にお祈りで参加するのです。


「リリーちゃん 深呼吸だよ ひっひっふぅだよ」「ローズちゃん それ好きだよね・・・」

セイ姉さまの準備ができるまでには落ち着かなければいけません。 ひっひっふぅです。



聖女見習いリリーとしてどれだけ力があるのでしょうか マスクさんの恋が叶うように心を込めましょう。

三人が心を合わせれば聖女見習いでも役に立つかもしれません。



すぐ横の世界樹対策本部ではスタッフさんが忙しそうに動いています。よく見るとみなさんネックストラップで名札をつけています。近くのお姉さんの名札を見せてもらうとイラストが影絵のように大きく書いてあります。世界樹の前で聖女さまがお祈りをしているイラスト

イラストの上に『案内誘導 さおり』とプリントされています。世界樹の儀式で案内を担当するさおりさんなんですね。関係者だと一目でわかります。良いですね。とても良いですね。特にイラストが良いですよね。セイ姉さまのイラストが入っているなんて最高に良いです。




欲しいです。




私も名札が欲しいです。セイ姉さまのイラスト入り名札なんて欲しいに決まっています。姉さまの晴れ舞台です。記念に欲しいではないですか どうして妹の分はないのですか 泣いちゃいますよ。

「あとで作ってもらおうね 関係者だから問題ないよ 『聖女見習いリリー』って名前も入れてもらおうね」

作ってもらえるのですね。お姉さん優しいです。



・・・こほん お騒がせしました。



スタッフさん方がヘッドフォンを一斉につけ始めました。マイク付きのヘッドフォン かっこいいです。

真剣ですが楽しそうな雰囲気も感じます。


「お待たせしました。準備が整いましたのでご案内します」



スタッフさんについて世界樹の近くに移動します。世界樹の周りは少し薄暗くなっています。私たちに用意してもらえたのは世界樹の右側 ここで立った姿勢で儀式を行うことになりそうです。

リズさんの向こう側にマスクさん こちら側に私とダリアちゃん、ローズちゃん

ローズちゃんの隣に・・・ アリスお姉さんですよね。お久しぶりです。でもご挨拶は後にしましょう。


この場所ならセイ姉さまの横顔を見る事が出来そうです。



私たちとは反対の左側 岩のような台にアイラさんが上がりました。とても真剣な表情 いつもの優しいお姉さんとは違った雰囲気です。


先程私たちが待っていた席の付近にも儀式に参加する方がいらっしゃるようです。みなさん正装をされて仮面をつけていらっしゃいます。 ローブに長い杖の先には緑色に光る石 魔女さんですね。宇宙服のような方もいらっしゃいますね。それぞれが思う正装です。真剣な気持ちが伝わってきます。

私も気持ちを引き締めます。みなさんよりセイ姉さまに近い場所に立つのです。恥ずかしくない祈りをしましょう。




そして世界樹の正面 セイ姉さまがゆっくりと歩いて来て少し手前で立ち止まりました。



まっすぐに世界樹を見つめています。

何を感じているのですか


――――

――――


静かになりました。聞こえてくるのは鳥の声だけです。



「始まりますよ」

リズさんが世界樹を見上げます。



静かな曲が流れて来ました。昨日セイ姉さまが演奏してくれた曲 アイラさんが歌ってくれた曲



ほんのりと照明が照らしてアイラさんが歌いだしました。きれいで透き通った声 そして不思議な歌詞


歌に合わせたようにセイ姉さまが歩き出します。薄暗い中でも白いドレスに刺繍が控えめに光っています。

いつものお姉さまと雰囲気が違います。きっとこれがセイ姉さまの本気です。



歌詞が途切れて曲だけが流れる中 セイ姉さまがうつむいて胸の前で手を組みました。


お祈りの姿勢


あわてて私も同じように手を組みます。ローズちゃんもダリアちゃんもお祈りの姿勢


マスクさんも同じように手を組みます。マスクさん少し震えています。大丈夫です。セイ姉さまにまかせればきっと大丈夫です。


リズさんは両手を組まずに手のひらを胸に重ねてまっすぐセイ姉さまを見つめています。 リズさんだけお祈りの姿勢が違います。



途切れていた歌をアイラさんが歌い始めました。そして・・・その時が来ました。




―――― 聖なる力よ



歌うアイラさんよりも大きくはっきりした声 大きい声ですが語りかけるような声

風もないのにセイ姉さまの足元だけ落ち葉がくるくると踊ります。




―――― 世界樹の精よ



「あっ」ダリアちゃんが思わず声をもらします。


私も目を疑いました。絡み合った模様が聖女さまの足元に丸く浮き上がります。

あれは魔法陣 聖女の術で浮かび上がった魔法陣 初めて見る本物の魔法陣は金色に輝いていました。


リズさんは驚くこともなくじっと見守っています。アイラさんの歌も途切れません。アリスお姉さんも動きません。知っていたのですか 魔法陣が浮かびああることを知っていたのですか





―――― 惑う心に 希望を



魔法陣は大きく広がりなりながら聖女さまを照らします。




―――― 願いよ 祈りよ 道を照らす光となれ



私も願いを込めます。世界樹さん お願いを聞いてください。マスクさんのお願いを聞いてください。




―――― ブリオングロード



最後の言葉を唱えた瞬間 世界樹から『うぉん』と大きな音 いいえ 音ではなくおなかにだけ響くような振動


光っていた魔法陣が弾けるように広がって一瞬風を感じます。 誰かが駆け抜けたような一瞬の風

私たちを聖女さまの魔力が突き抜けたみたいです。


風が・・・ 魔力が突き抜けた瞬間 驚きました。目の前がまっしろです。

突然世界樹のまわりが一瞬でうすい霧につつまれたみたいにまっしろです。セイ姉さまは大丈夫でしょうか 



アイラさんの歌声はより大きく響いています。


霧の向こうにセイ姉さまの影 大丈夫です。祈りの姿勢のままです。魔法陣はもう弾けて消えてしまったみたいです。


白い霧の中 セイ姉さまのまわりからきらきらとした光の粒 地面から湧き上がるように金色の光の粒 


あのお話は小説の中だけではありませんでした。

神秘の霧にきらきらと金色の光の粒


これが本物の『聖女の術』 私のあこがれていた聖女の術



もう一度アイラさんの歌声が大きくなった時 となりのリズさんが胸に重ねていた手を静かに聖女さまに向かって伸ばしました。



―――― 恋よ 咲き誇れ



リズさんが唱えると世界樹からすこし暖かな風 霧が晴れて行きます。霧と同時に消えてゆく金色の光の粒


世界樹の前にいるセイ姉さまも風を受けるように両手を広げています。

髪が広がってとてもきれいです。


香りがします。優しい花の香り バラでしょうか 沢山の花が咲いている香りがします。



リズさん・・・ いえ 『お花の聖女さま』 セイ姉さまに合わせて祈ってくれたのですね。



アイラさんの歌声の中 何度も繰り返して聞こえる言葉 『シャリオン』 どんな意味なのでしょうか 聖女さまにしかわからない言葉でしょうか



曲が静かに終わるといつのまにか金色の光の粒も消えています。 夢を見ていたのでしょうか



軽く両手を広げ世界樹を見上げるように立っているセイ姉さま 私のあこがれの姉さま 大好きな姉さま



「世界樹がっ 世界樹が本物になってるっ」


ローズちゃんに言われてよく見ると世界樹の様子が変わっていました。

平らな紙を巻いて作ってあったはずの世界樹が本物の木のような肌に変わっています。しかも少しだけ光っています。何が起きたのですか 普通の木ではありません。


ライトを当てた光ではありませんし・・・ 弱いですがぼんやりとですが樹皮のひだの奥が光っています。

聖女の術で世界樹は聖なる力を持ったに違いありません。



また鳥の声が流れ始めました。ようやく空気が緩んできました。



アイラさんが歌っていた岩のステージから降りてこちらに歩いてきます。

あの歌 特別な歌だったのですね。聖女さまの術とぴったりと合っていました。聖女の術を最初から最後まで支えているような歌でした。あれは歌を使ったお祈りだったのですね。


リズさんのお祈りも素敵でした。一面に花が咲いたように感じました。まだほんのりと花の香りが残っています。

見上げるとにっこりと笑顔を見せてくれました。わかってます。ないしょのひみつですよね。



「ありがとう」


つぶやいたのはマスクさん セイ姉さまを見つめたままです。



終わったのですね。儀式は成功したのですね。私 ちょっと震えています。



私たち聖女見習いのお祈りは助けになったのでしょうか 少しでも届いたのでしょうか

いつか私も聖女となって誰かをを助けたい 目標がしっかりと見えました。


『聖女の術』一生忘れません。 



セイ姉さま お疲れ様でした。











      世界樹の前でひざから崩れるように倒れるセイ姉さま










―――― ねえさまぁあ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る