お迎えメイド

 十九時。ヒバリ屋を出ると熱が籠った身体が一気に冷える。


 けれど、エデンズ用のリムバスが地下にあるからか新鮮な空気が美味しい。

 白金枢がいつの間にか居なくなった後もつい新たにやって来たエデンズホルダーと遊んでしまったから、すっかり日が暮れている。


「楽しそうでしたね、クレハさま」

「四季。居たんだ」

「クレハさまの居る所、四季有りですよ。と、いうより、一緒に来たじゃありませんか」

「そうだっけ」

「はぁ。私をぞんざいに扱うとは、この」


 言葉は軽いものの、スコンッと足を蹴り飛ばされる。

 蹴るモーションはしっかり見えているというのに、やっぱりエデンズと違って俺の身体は反応が鈍い気がする。潤滑油でも入れれば少しは動きが良くなるかな。


「痛いなぁ」

「メイドは大事にするものなのです。そのあたり、しっかり教育して差し上げますからね」

「はいはい」


 歩きはじめる四季の後に続く。


「調子はどうでした?」

「普通かな。いつも通り楽しかった」

「それはなによりですが、遊び過ぎは禁物ですよ。私、暇つぶしに映画を見てから戻って来たというのにまだ遊んでいるクレハさまを見た時は呆れを通り越して感心しました」

「久しぶりだったもので」


 とはいえ物足りなさもある。

 対戦相手には恵まれているものの、マグノリアでないと細かい操作が上手くいかない感覚もある。ある意味、舌が肥えた感じなのかもしれない。

 普通のカップラーメンだけで十分美味しいのに、にんにくチューブを入れた美味しさに気がつくともう戻れないのと同じ。という事を四季に言ってみると。


「カップラーメンで舌が肥えただの言わないで下さい」


 ジト目の四季がため息をつく。身体に悪いという理由でカップ麺も隠されてしまったし、いよいよ俺の胃は四季に掌握されてしまった。


「これは再度食育をしなくてはいけませんね。今日は食べたいもの、ありますか?」

「別に……。ああいや、カレーとか肉とか」

「またそういう。今日は焼き魚にしますよ。魚からはビタミン、必須ミネラルが接種できますから。クレハさまの食事は私が管理します」

「決まってるなら聞くなよ」

「生意気を言うと、お箸で綺麗に身をほぐせるまで何匹でも魚を焼きますからね」

「うへぇ」


 まるで教育ママだ。四季の後を歩きながらその背中を眺める。

 そう言えば小学生の頃、似たような景色、似たような経験をした事があった。今は仕事にとりつかれてあまり家にいないとはいえ母親にこうして迎えに来てもらった、 そんな記憶。


四季の背中を追っていると、少しだけ楽になる。……楽って、何がだ? 自分の事が良く分からない。


「……そんなに、楽しいものですか?」

「ん?」


 考え込んだ意識が浮上する。


「私は何かに夢中になった事がないので、クレハさまを見ていると不思議な気分になります。この気持ち、なんと言えばいいのでしょう?」

「じゃあ愛、とかどう?」

「ではそれで」


 四季は振り返ると普段のポーカーフェイスとは違った華やかな笑顔を俺に向けた。


「愛しております、クレハさま」

「へっ」


 な、何を言ってるんだこのメイドは。愛ってなんだ。


「え、あのそれはどういう」

「ぷっ、ふふふ。何を慌てているんですか。冗談ですよ」


 スッと表情の温度をゼロに戻す四季。


「せっかくの私の言葉を茶化した罪は重いですからね」

「茶化すって」


 もし今のが四季の本音だったのなら、それは気遣いに欠けた、悪い対応をしてしまった。


「んー、ごめん。じゃあ少し考える」


 俺の反応が意外だったのか四季が首をかしげる。


 私は何かに夢中になった事がない、か。


 確かに四季は俺のように馬鹿みたいに一つの事をやるタイプには見えない。家で宿題をやっている時などは全教科教えてくれるものの、頭の良さが違うというか、要領の良さが違うとでもいえばいいのか。

 そういう器用さが全てに適用されるのならば、何かに熱中するという事もないのかもしれない。そんな四季がエデンズを妄信する俺に対して思う事、不思議な気分といえば。――もしかしたら、何かに打ち込むことへの憧れなのかもしれない。


「四季」

「なんでしょうか」

「自分で考えな」

「なっ」

「ははっ」


 からかわれた事に気がついた四季のローキックをジャンプして避け、走って逃げる。

 普段から上から目線のメイドに一泡吹かせられた気がして、なんだかとてもいい気分だ。

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