白金枢

  紳士三人衆ジェントリオから解放され気力が戻った後、更に3人と対戦し、ドサリとベンチに座り込む。

 やっぱりエデンズ・コンフリクトは楽しい、夢中になれる。

 新生マグノリアの素体となる予定のヴィクトリアを調整するために来たつもりが、ガッツリ遊んでしまった。破損した箇所は無いとはいえコーティング剤を吹いて細かな傷を消さなくては。

 周囲を見れば同じ時間帯に遊んでいたエデンズホルダーたちが徐々に帰り始めて人が減っていた。もう少しすればまた他の人たちが来るだろうけど、今は丁度谷間の時間。対戦の熱気は引いて穏やかな空気が流れている。


「ふぅ」


 今の疲労感はサウナから出て外で涼んでいる時のようで気持ちが良い。

 トン、と俯いている俺の横に誰かが座った気配。少し横にずれて座り直すとほのかに香る高級な墨の匂いに気がつく。小学生の頃に習字教室に通っていた時があるけど、その教室の匂いに似ているかもしれない。落ち着く匂いだ。


「大丈夫?」


 手にヒンヤリとした感触。風鈴が鳴るような綺麗な声。


「っ、えっと誰」

 ビックリして身体を起こすと、翡翠を思わせる美しい瞳が俺を見つめていた。


白金枢プラチナクルル


 まだあどけなさの残る女の子。年齢はボスよりも上で、俺よりも下くらい。サラリと滑るように黒髪が揺れる。民族衣装のアオザイを思わせる真っ黒な服をまとった彼女は可憐で非現実的で――その身体は、アニマの光を帯びていた。


「プラチナ?」

「クルル」


 彼女は俺の手を取ると、掌の上に漢字をなぞる。白金枢。まるで不思議な名前だというのに彼女には良く似合っているように思えた。


「キミ、アニマに触れるのが上手だ。コングラッチュレーション、ぱちぱちぱち」


 両手を握られ褒められる。


「あ、ありがとう」


 たどたどしくお礼を言いふと周囲が気になって目を向ければ、これだけ目立つ女の子がいるというのに誰もこちらを気にしていない。


「コレ、あげる」


 手の平に収まる大きさの、ヒモで括られた白金の筒を渡される。クマ避けの笛にしてはデザインが凝っている。幾何学模様が表面に刻まれており、なんだか高級そうな手触りだ。


「なにこれ」

「鍵だよ」

「熊避けの笛じゃなくて?」

「鍵だよ」

「どこの?」

「リムバス」

「へえ」

「うん」


 一問一答かな。

 それにしても鍵か。リムバスの基盤へのアクセスルートにこんな形の鍵が必要だったかな。

 ユリズガレージのリムバスであれば多少触った事もあるけど、こういう形の鍵を必要とする箇所なんて無いはずだけど。


「首から、下げられる。やってあげる」


 リンクス以外のアクセサリーなんて付けた事無かったけど、クマ避けの笛とはなんとも俺らしい。


「肌身離さず、だよ」


 タイミングみて外そう。


「エデンズとの同調率が上がる、かも」

「まじ?」

「まじ、かも」

「付けよっかな」

「それがいいよ。お守り」


 最近、可愛い女の子と知り合う事が多い気がする。メイドにお嬢様に白金枢。

 変なやつばっかりだ。


 やっぱり俺にはエデンズしかないな。

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