かくしてエデンズホルダーが生まれる
白いダウンジャケットに身を包みロングスカートを綺麗に履きこなしたカリンは店内を興味深そうに見回っている。
店長は普段中々見る事のない女子高生に緊張してコップを一つ割った。
「クレハくん。あの人、彼女?」
小学生のくせにませている。
「昨日知り合ったばかり。エデンズ興味あるんだってさ」
「めずらし。オタクしかやらないのかと思ってた」
この言葉が出るあたり小学生は残酷だ。
忖度無い世論を突き付けられる気さえする。ただねボス、真実を言う事が正しい訳では無いからね。特にキミは模型店の娘だし。
「エデンズは老若男が楽しむ素晴らしい文化だから。興味もつ女の子だって出るよ」
「ロウニャクナン?」
ボスは俺に寄りかかりながら砂糖たっぷりカフェオレを飲むと俺のエプロンで口をゴシゴシと拭き離れていく。初めて会った時よりも随分と懐いてくれたものだ。わざと行儀悪く振舞うところも可愛らしくてつい甘やかしてしまう。
あ、そういえば一月という事でボスにはお年玉でもあげようかと思っていたのに病院送りにされた事ですっかり忘れていた。なんなら逆に貰うような形になってしまったし。
後であにまるワールドを好きなボスにそれとなく欲しい家具でも聞いておこうかな。
「ごちそーさま。じゃあくーちゃんの家行ってくる」
「いってらっしゃいませー」
「遅くならないようにねー」
ボスを見送り、エデンズを眺めるカリンに近づく。
「それ、気に入った?」
かなりピーキーな性能の軽量級エデンズ【ムーンレイ】を熱心に見ているかと思えば、カリンはそれをサッと棚に戻してしまう。初心者では恐らく扱いきれないエデンズとはいえ、ムーンレイに目を付けるとはやるなと思ったのだけど。好みじゃなかったのだろうか。
アトラスを買いに来た小学生とか、あんな風な目でよく箱を眺めてるんだけど……。
「実はもう、買うのは決めてきたの」
「え。決めて来ちゃったの?」
「まずかった?」
「あ、いや。まあ自分で選ぶのが一番だから。うん良いんじゃない」
昨晩ベッドの上で何をどう勧めようか考えていた時間は徒労に終わった。
俺が哀しみの営業スマイルを浮かべている内にカリンは軽量級エデンズが並んでいる位置から離れて重量級エデンズの方へ向かい【ガブリエル】を引っ張り出した。
「思ったより箱がデカい……」
やや小柄で細身なカリンが持つと更にガブリエルの箱が大きく見える。エデンズは本体のみの素体セットと武装まで丸々入ったフルセットの二種類があるのだが、ガブリエルは組みごたえたっぷりのフルセット。しっかり作ってやれば即、実戦投入出来る代物だ。
結局物足りなくなってアレコレ買い足す事になるものの、初心者向けエデンズとして確固たる地位を築いている【天使シリーズ】は総じて人気が高い。
「ほかにも色々あるけど。それでいいの?」
女の子の買い物は長いと聞いた事があったけれど、そんな事もないらしい。
ガブリエル。
天使の名を冠したエデンズは重装甲と背中から伸びた可動式のウィングシールド、ライフルを二丁。腰にはレールガン。その他多くのアタッチメントを備えており、拡張性、装備積載数共にハイレベルにまとまった一品だ。弱点の機動力の低さも、初心者が使うのであれば動かしやすいという長所になる。つまり、ガブリエルは買うのを制止するようなエデンズではない。
なによりガブリエルを買うと決めたカリンの気持ちを遮るつもりも無いし……。
「これが良いというか、強いらしいから。どうせ使うなら強い方がいいの」
「悪い選択肢ではない、とは思うよ」
強さ。そういう観点でもガブリエルは優秀だ。もし俺がガブリエルと戦うのであれば。足元を攻撃して機動力を削ぎつつウィングシールドの可動範囲外の背部を取るような立ち回りで攻める事になりそうだ。地味な絵面になるだろうがシールド持ちの重量級に正面から挑むのは得策では無い。
経験者から見てもガブリエルは強いエデンズではある。
出来れば見た目が好きとか、そういう理由で選んで欲しかったけれど好みは人それぞれ。あまり店員が出しゃばるべきではない。
「昨日は調子に乗って、あ、あにまるワールドとか子供っぽいこと言っちゃったけれど、あたし凄く負けず嫌いだから。あんまり、可愛い感じ期待しないでよね」
「エデンズはどれも可愛いんだけど」
何を言ってるんだこいつは。
「ともかく、買ってくるのだわ」
カリンは軽量級の棚をチラッと見た後、レジへと向かう。
なんでムーンレイを選ばなかったんだろうかと、ムーンレイの箱を手に取る。白を基調とした高機動エデンズ。おそらく貴崎ウィリアムのレギオンもこのムーンレイを素体としており、潜在的なスペックは相当高いはず。
空を飛ぶ事だけを考えつつもつま先に拡張機能のある脚部、速度を出す事だけを考えたバックパック。
武装はライフルのみという尖った構成だが、ガブリエルより――。
「……まあ、ロマンは人それぞれか」
午後一時ニ十分。なにはともあれ、ここに新たなエデンズホルダーが生まれた。
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