ユリズガレージ

 一階はガレージ、二階に店舗。三階には居住スペース。


 模型店【ユリズガレージ】は街中にひっそりと佇み、ボスの命令第一で夏には海にも行くしバーベキューも行う大変アットホームな職場だ。


 新作プラモデルの発売日やプラモバトルの店舗大会が開かれる際にはそれなりに混むものの普段はゆったりとした時間が流れている。


 昨年の夏からはボスの命令で喫茶店の真似事も始めたので店内にはコーヒーの香りがほのかに漂っており他のアルバイトをした経験が無いものの、社割もあるので俺としては働きやすい場所だ。

 裏口から入り、自分用のロッカーからエプロンを取り出し店内に入る。


「お帰り銀メダリスト。ゆっくり休めた?」


 白いシャツに黒いエプロン姿の店長が迎えてくれる。模型屋の店主と言うよりは喫茶店のマスターのような恰好をした中年男性。久しぶりに見ると、以前よりも丸くなった気がする。


「ぼちぼちです。すみません、先週休んじゃって」


 俺はエプロンのヒモをしめつつ店内を見回る。数日ぶりとはいえ随分懐かしい気分だ。


「いいよいいよ、それより惜しかったよなぁ。あのレギオンかなりアニマキツキツで。あと一発当てられたらぜったいクレハ君が勝ってたのに」

「そうなんですか?」

「見てないの?」

「あんなにがっつり負けた事無かったんで。ちょっと見るのが怖くて」

「戦うの好きなのに意外とナイーブだよねぇ」


 流石にそろそろ大会の映像を見ないと反省も今後の対策も立てられないけれど。なんだか貫かれた腹が疼くんだ……。


「うんうん、気持ちはわかるよ。おっさんも初めてエデンズ壊した時は凹んだもんなぁ」


 店長はコーヒーカップを磨きつつ周囲をキョロキョロ見渡し、ピッとリモコンのスイッチを押す。すると店内に初代アトラスのBGMが流れ始める。

 この店のボスに禁止されている曲。中年男性はこの曲を聞くとテンションが上がるらしい。店内に居たお客さんの身体もわずかに揺れ出した。


「店長、怒られますよ」

「大丈夫大丈夫、今日はこの時間来ないって言ってたから」


 ボスは気紛れだし大丈夫かなぁ。

 店長と雑談をしつつ店内の整理、掃除を始める。

 時折現れる常連さんに先日の大会についてあれこれ聞かれたりしている内に時間も過ぎていく。大学生だったり外回りの会社員だったり、基本的にエデンズホルダーは年上が多いので、自ずと年上と話す事にも慣れてきた。


 逆にアトラスは子供もよく手に取るので、高校入学当初と比べると随分と会話スキルが上がった気がする。


 ああでも、会話スキルが適応されるのは男性限定か。女の子と仲良くなって遊ぶよりエデンズの方が楽しいけど、カリンの面倒を見ると言ってしまった以上、少しくらい会話を用意した方が良いのかな。


 女子ってマカロンの話でもすればいいのか?


 慣れた環境で慣れた業務をこなしているとゆっくりとした時間が過ぎていく。


「ふぅ」


 やっぱりこの店はおちつく。我ながら繊細で呆れるが、大会での大敗北以来ちょっとエデンズを見るのも怖かったのだけど、店に並んでいる姿を見てみればなんだかんだワクワクする。


 これならマグノリアも上手く直して、いやもっと、前よりも良いマグノリアを仕上げる事が出来るかもしれない。そんな気分。

 やっぱりエデンズを見れば、俺の心はいつだって落ち着くんだ。


「クレハくん、はいコーヒー」


 客足が少なくなってきたところで店長がコーヒーを淹れてくれた。ボスがダサい模型店は嫌だと駄々をこねる前まではこういったまかないサービスも無かったのだが、こればかりはボスの采配に感謝だ。


「店長淹れるの上手くなりましたねー」


 すっきりとした味わいは子供舌の俺でも美味しく飲める、気がする。


「この味、高校生にも分かっちゃうかぁ。やっぱり大人の男は挽き立てコーヒーよ」


 喫茶店ごっこを始めて一ヵ月はペットボトルのコーヒーをお客さんに出していた男とは思えない口ぶりである。


「そういえば最近、ガレージのヤツ弄っててさ。今度完成したら感想教えてよ」

「あのリムバス改造したんですか?」


 模型店の店長に相応しく手先が器用で、ちょっとした小物であればこの店長は3Dプリンターを使うまでも無く作ってしまう。


「まだリムバスに入れてはないけど、形だけね。後は電飾して色塗って、かな」

「大仕事じゃないですか」


 リムバス。

 エデンズのバトルフィールド造りは大人の趣味だ。小型のリムバスでも三十万円ほど。内装に拘れば更に費用が増していく。プラモ作りというよりはジオラマ作りといった趣味になるのだけど、俺もいつかは自分専用のリムバスが欲しい。この店に最初に入ったのも、店長の作ったリムバスに目を惹かれての事だったし。


 カランカラン、と昔ながらの喫茶店風のベルが鳴り店の手動ドアが開く。


「いらっしゃ……あ、ボス」


 視線が下がり、見慣れた姿を発見する。


「やば」


 店長は急いで音楽を切り替えようとするも時すでに遅し。


「これはどういうこと。なんでだっさい音楽が流れてるの!」


 身長135センチ、小学3年生。ユリズガレージのボス、今泉友里ちゃんだ。


「パパ!」

「ひぃっ、すぐ変えます!」


 店内のBGMがお洒落な喫茶店で流れているような落ち着いた音楽に変わる。


「クレハくん。ユリ、言ったよね。こんな昔流行った音楽ばっか流しているお店はオジサンしか来なくなって潰れちゃうから見張ってねってさ」

「はいボス。見張ってはいたんですが、元に戻せとは言われなかったので」

「は?」

「すみません」


 子供とはいえその目力の強さについ負けてしまう。

 悲しいかな、基本的にボスが怒っている時はボスが正しいのでコクコクと頷き同意するしかない。実際、喫茶店風の店構えになって以前よりも客足が増えたという実績もある。名実ともにユリズガレージのボスなのだ。


「あ、そうだ。このあいだの大会で頑張ったクレハくんにエリからプレゼントあるの」


 ボスは一度レジ裏に行き、俺の前にやって来た。小学生らしく金色の折り紙でつくったメダルという事も無く、手渡されたのはポチ袋。

 中を覗くと5千円札。電子マネーよりも生々しくて有難味がある。


「ボス、これは」

「SNSでも話題になってたからエリズガレージからほーしょうです。これからも店の宣伝にこーけんするように」


 ボス、難しい言葉使えて偉い。


「ユリ、ずっとクレハくんが来るの待ってたんだよ。今日こないの、って」


 店長から情報が加わる。


「よけいなこと言わないでっ」


 そう言えば大会参加前にマグノリアの写真を店のホームページとアカウントに掲載していたんだった。


「おお、ありがとうございますボス!」

「ちょっと撫でないで、だっこしないでっ」


 店長を見れば良い笑顔でサムズアップしている。結局この店で使う事になる金とはいえ有難いボーナスだ。


「ほんとは一万円くらい上げたい気分だったんだけどボスがね」

「銀メダルなんだから一万円は早いの!」

「いやいや。なんだかあの大会に出た実感が急に湧いてきました。ボスも店長もありがとうございます」

「部下のめんどーを見るのは当然の事なの。あとそろそろ下ろして」


 丁重にボスを地面に下ろす。


「ところでボス。今日はどうして店に?」

「そうだよ、お友達の家に遊びに行くんじゃなかったっけ?」


 俺と店長の質問にボスは「あ、忘れてた」と呟く。


「ぐうぜんこの店を探してる人に会ったから連れてきたの。おまたせしましたっ、どうぞー」


 ボスは店の入り口に振り返ると。そこには店内を覗き込んでいる浜辺カリンの姿があった。


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