メイドと帰宅

 ロードバイクを手で押しながら、さっきの配信を思い出す。色々と心揺さぶられたものの、一つ気がついた。タッグマッチ、組む相手がいない。


 勝つ事を考えれば、組む相手をしっかり選ばないといけないし。いや。いやいや。そこに拘ってどうする。俺がは。


「……」


 やはり俺にはチームプレイは早いかも知れない。


 貴崎ウィリアムとは個人戦、シングルマッチでの再戦を目指そう。頑張れば年度末のチャンピオンシップという最高の舞台で戦えるかもしれないし。


 タッグマッチ。

 興味が無いと言えば嘘になるけれど、チームワークが必要とされる世界に再び行く事はやはり少し怖い。俺の押し付けで揉めたりしたら嫌だし、エデンズは己との対話。あのどこまでも深い集中の世界こそ居心地が良いという事もある。タッグマッチは導入されるだけで従来の戦い方が無くなる訳でもない。

 ここは様子見でも……。


「クレハ。あたしの家、ここなんだけど」


 意識が引き戻される。カリンの家が俺の通学路の途中にあるとの事で一緒に帰っていたのだが。考え事をしている内にいつの間にかカリンの家まで着いて来てしまったらしい。

 カリンが少し気まずそうなのは俺がずっと考え事に夢中で無言だったからだろうか。でも、初対面の人と話す事って無いしな。あにまるワールドの話でもすれば良かったかな。


「……家、でか」


 天まで伸びているかのようなタワーマンションが目の前にあった。

 浮上島に建設された軌道エレベーターを思い浮かべるほどのブルジョワ物件だ。縁が無さすぎて近寄った事も無かったけど、総工費いくらだこれ。


「あの。あたし、エデンズやる。だから色々、教えてくれると嬉しいのだけど」

「俺に出来る事なら何でも言ってよ。教え方に自身はないけど、エデンズにはそれなりに詳しいから」


 教える事といえば簡単な操作方法とエデンズの組み立て方くらいか。あにまるワールドの話を聞く限り手先は器用そうだし手はかからない気もする。


「あ、でも一つ条件がある」

「な、なに?」

「自分の使うエデンズは自分で作ること」


 こればかりは譲れない。


「わ、わかった。他には?」

「それだけ、だけど」


 少し考えてみても一向に思い浮かばない。


「それだけって。あたしはクレハの時間を貰うんだから、対価は支払うべきでしょ。なんでも言ってくれてかまわないわ」

「友達にそんな」

「と、ともだち?」


 今日会ったばかりの同級生、友達って関係性でも無いか。

 ともかく同級生に対価って言われてもピンとこない。初心者が強く育って一緒に遊べればそれで充分でもあるし。

 どんなエデンズを組み立てるのか興味もある。


「……だち。へへ」


 カリンはブツブツと呟いている。


「そうだ、エデンズ買うなら明日買いに来る?」

「明日?」

「そう。俺、模型店でバイトしてて、明日シフト入ってるからどうかなって」


 個人経営の店で繁盛しているとは言えないものの、落ち着いた雰囲気で初心者が初めてのエデンズを選ぶには丁度良い空気が流れているはず。繁華街の家電量販店よりも珍しいエデンズが残っていたりするし、カリンが気に入るエデンズもあるかもしれない。


「うん、行く!」


 なんだか嬉しそうだ。まるで初めて友達に遊びに誘われた子供みたいにも見える。

流石にそれは無いか。高校生にもなって友達が一人もいないという事もあるまい。俺でも友どころか戦友が沢山いるくらいだ。……本名は知らないけど。


「そっか。それじゃあ」


 思えば女の子に自分から連絡先を交換しようって言った事無かった。なんか、ちょっと恥ずかしいかもしれない。

 スマートデバイスを取り出し、互いの連絡先を交換する。メッセージアプリ【ユニトーク】に浜辺カリンが追加された。


「昼から夕方まで働いてるから、好きな時に来てよ」


 アルバイト先の位置情報を送るとカリンのスマートデバイスからポロンと音が鳴る。


「迷ったらメッセージ送ってくれれば迎えに行くから。んじゃ、また明日」

「は、はい」


 メッセージをジッと見つめているカリンに別れを告げロードバイクのペダルを踏み、その場を後にした。


・・・


 帰宅途中、見慣れない学校の制服を着た女子が目に映る。


 この辺りは小熊学園、柴犬学園、羊ヶ丘高校となぜか動物の名前ばかりの高校が揃っているのだけど、そのどれにも該当しない制服。

 確か、ああいう服はジャンパースカートと言ったはずのデザインだったと思うけど、中々可愛い。

 昔、母親が家によく居た頃は魔法少女のコスプレ衣装造りを趣味としており、それを見て育ったからなのか、俺はヒラヒラとした可愛い衣装が好きだ。

 ついジッと観察してしまう。


「女子高生を凝視するのは感心しませんよ。クレハさま」

「ん、あれ、なんだ四季か」


 四季だった。


「恥ずかしい姿を見られてしまいました。三秒ほど目を瞑って頂けますか?」


 言われた通り三秒目を瞑る。


「もういいですよ」


 そこにはメイド服に身を包んだ四季が立っていた。


「早着替え……」

「それよりクレハさま、夕飯に食べたいものはありますか?」


 四季は何事も無かったかのように澄まし顔で歩き出す。


「んー、腹が膨れればなんでも」


 こだわりとか無いし、と言おうとすると四季が怖い顔を浮かべた。

食事を食事とは認めませんから。ご両親、そして私の沽券にも関わりますので、もう少し栄養バランスに気を遣って下さい」


 ロードバイクから降りて四季に並ぶ。


 四季が家に来た初日に普段の食生活を聞かれたのだが、その日以降、俺の食事は全て四季に管理される事となった。昼ごはんも俺の好き嫌いを考慮せず、栄養バランスを考慮した弁当を渡されている。


「じゃあカレーかハンバーグか焼肉」

「子供舌ですね。かしこまりました、そのように致しましょう」


 すると四季はスマートデバイスを取り出し、慣れた手つきで画面をタップする。


「注文完了です」

「四季さぁ」


 それはメイドとしてどうなんだい?


「ふふ、冗談です。もうカレーの下準備は出来ております。今のは湯沸かしの遠隔操作でございます。夕飯の前にお風呂で温まって下さいませ」


 まるで出来るメイドみたいだ。


「それより四季いつまで家いるの? もう4thシーズン始まったんだけど」


 貴崎ウィリアムに俺を4thシーズンの舞台に連れてこい、と言われたらしいが彼女からエデンズに関してはこれといったサポートを受けた覚えは無い。

 ほんと何しに来たんだこのメイド。というか何で家に住み着いたんだ。親もなぜ普通に受け入れているんだ。純日本人と言い難い見た目だしホームステイか何かなのか。


 四季が居ると家が賑やかで楽しいのは確かだけど……。


「メイドがいては不都合ですか?」

「家の中でメイド服が歩いているの見ると。あれ、これ夢かなと思う」


 現在の四季は押し入れ、ではなく母親の趣味部屋で暮らしている。

 母は俺が小学四年生の時に職場復帰して以来ワーカーホリック気味で殆ど家におらず。そんな母の趣味部屋はここ数年誰も使っていなかったのだが、母の許可のもと四季が使う事になったらしい。そしてその趣味部屋は俺の部屋の隣なのでメイドがいると思うと妙に落ち着かなかったりする。


「そこは慣れて頂きませんと」


 四季はそう言いながら俺にスマートデバイスを渡すと数メートル先の翼を模したモニュメントに近づき――そんな彼女を写真に撮る。

 翼の生えたように見えるメイドは大変美しかった。


「クレハさまにおかれましては、この先私のような可憐で優秀なメイドと同じ屋根の下で過ごす機会など早々無いのですから疑問を持たず堪能する事をお勧めしますよ?」


 撮影を終え二人揃って再び歩き出す。


「それは、そうだけど。」


 納得せざるを得ない完璧な回答。確かに一般人の俺がメイドを雇うなんて事はこの先もないだろうし、今の不思議な環境を満喫するのが正しいのかもしれない。


「まあ、そのメイド服のデザイン。エデンズの参考になるかもだしな……」


 四季はキョトンとした表情を浮かべると、クスリと笑った。


「中身は必要ありませんか?」


 意外な言葉に思考が止まる。

 いたいけな男子には難しい質問。笑って誤魔化そう。はは。


「誤魔化されませんよ。ああ、私ショックです。クレハさまと私。この一週間でとても仲良しになったと思っていたのに」

「仲良しって。話はよくするけど」


 メイド服愛好家だからなのか、四季とは意外なほど話は合う。

 とはいえ正直なところ、メイド服を着ていない四季に関しては知らない事が多すぎる。知っている事と言えば貴崎ウィリアムの元から来たという事、写真に撮られるのが好きという事(自撮りも含む)、メイド服愛好家だという事、勉強が出来て礼儀作法にうるさく料理が上手という事くらい。

 どこかとぼけたこのメイドは自分自身の事を語らない。


「まったく。もう少しメイドに感謝の言葉をかけるべきですよ」


 俺が押していたロードバイクを奪うと四季はメイド服を翻し器用にサドルに跨った。


「ああ、それと。今のうちに言っておきますが。しばらくクレハさまを観察した結果の提案なのですが。もしどうしても、これから人手が足りない事、例えばチームプレイの相方がいないという事がありましたら」


 ポーカーフェイス気味の四季の顔に僅かに赤みがさしている。


「私がお手伝いしてさしあげますよ?」


 ツーと軽快に車輪を回し四季は走り去っていった。

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