4thシーズン到来

 アトラスバトル部を出て少し走ればトボトボ歩いている浜辺さんの姿が目に入った。どうやら中庭の方に向かっているらしい。


 右手にはシルエットドールが握られたままで、傍から見ればアトラスバトルで負けたようにも見える。休日昼過ぎのゲームセンター前では泣いている小学生を見かける事もあるし、プラモバトルにおいてはある意味日常茶飯事の光景だ。なんなら俺もああやって帰った経験がある。


 ……とはいえ浜辺カリンはそれ以前の問題。

丁度良い例えはパッと浮かばないけれど、少なくとも自販機でアイスの飲み物を買うつもりがホットのおでん缶を買ってしまったよりもショックを受けているはず。


どう話しかけたものか。


「はぁ」


 浜辺カリンは中庭に設置されたベンチにペタリと座った。

どこからか響いてくる管楽器の音は吹奏楽部。クラスメイトが先輩の送別会用の曲を練習すると言っていたのを遠くから聞いた。

 音楽の力であの沈んでる女の子を応援してやってくれ。


「……」


とりあえず、中庭に設置された自販機でスポーツドリンクを購入。エデンズほどではないがアニマを用いたゲームの後はスポドリや甘い飲み物が普段の数倍美味しく感じる。


「隣、いい?」


 浜辺さんは無言のまま右に少しズレてくれたので隣に座り、プシュと缶を開け一飲み。疲れが抜けていく気分だ。


「間抜けなあたしを慰めにでも来たのかしら……?」

「そんなとこ」

「う。正直ね」


 間抜けだし迂闊だ。


「こういう時は女の子の分もさりげなく買って渡すものなんだけど?」

「そうなの?」


 俺にその辺りの気遣いを期待しないでほしい。自分でも嫌になるほど人の気持ちが察せない男なんだ……出足からすっかり躓いてしまった。


「でも、声を掛けてくれてありがと。ちょっと待ってて」


 浜辺さんは立ち上がると自販機の方に向かいガコンと飲み物を買って戻って来た。

 甘い紅茶が好みらしい。

 今回の反省を生かす機会が来るかは分からないけれど覚えておこう。


「えっと、浜辺さん」

「カリンでいい。この苗字で呼ばれるの慣れてないし。あたしはキミの事、クレハって呼んでいいのかしら。同じ一年生みたいだし」

 小熊学園の生徒はクマを模した小さな校章を制服の襟に取り付けており、その色で学年が分かる。一年生の場合は赤色。


「いいけど。一応、茅場紅葉って名前もある」

「ふうん」


 初対面の人間同士、一瞬会話が止まり互いに飲み物に口を付ける。


「そのシルエットドール、どこで買ったの?」

「シルエットドール……。アトラスって名前じゃなかった?」

「ハイマニューバアトラスってアニメに出てくるロボットを、シルエットドールと呼ぶ」

「難しぃ」


 浜辺さん改め、カリンが先ほどベンチに座っているようなポーズをとらせたシルエットドールを目に映す。

 アトラスの主役機ともいえるシルエットドール【フレイヤ】は改めて見てもカッコいい。戦乙女を思わせる女性的シルエットでありながら白銀の鎧と真紅の剣は男女問わず人気がある傑作機だ。


「ナカノヘブンズウェイって所よ。あたし年末にEUから引っ越して来たのだけど、こういうホビーにおいてはまさに最先端の国よね」

「確かにあそこなら何でもあるよなぁ。エデンズもあったはずだけど」

「蒸し返さないでほしいのだけど。ああ、恥ずかしっ」


 カリンは自分の髪に顔を埋めてしまった。少し意地が悪かったかもしれない。

 一端、プラモ関連から話題を逸らしてみよう。あんまりこういう気遣いは得意じゃないんだけど、傷口が乾くまで時間を稼ぐか。


「えっと、他に何か面白いのはあった? 海外から来たって言うなら物珍しいのもありそうだけど」

「そうね。しいて言うのなら……」


 チラッとカリンが俺を見る。


「子供っぽいってバカにしない?」


 どこか不安そうな表情、もしかしたら苦い思い出の一つでもあるのかもしれない。

子供の頃の趣味は大人になるにつれて一度は離れるタイミングがあったりするし、それで子供っぽいと馬鹿にされた経験でもあるのだろうか。俺はある。


「しないよ。少なくとも人の趣味にどうこう言える身分じゃないし」


 なにせ美少女プラモを作って戦わせてその結果病院送りにされたくらいだしな。はは。

 胸ポケットにしまっていたシルエットドール、ゲイルを取り出しフレイヤの隣に座らせる。正直、良い年した大人がエデンズで子供の様に遊んでいる光景を見続けて呆れる事もあるけれど、でもそれは悪い事じゃないはずだ。


 エデンズは楽園のような夢を見せてくれる。

 エデンズに触れれば、それだけで楽しい。


「なら言うけど。あ、あにまるワールドなの、だわ」


 小声ながらもしっかりと聞き取れた。

 気恥ずかしいのかカリンはモジモジとしている。というか「~だわ」ってアニメでしか聞かないお嬢様言葉だ。


「あにまるワールド。別におかしくないだろ」


 男子がアトラスで育つのならば女子はあにまるワールドで育つと言えるほど世界的に人気のオモチャ。

 小さいものは十五センチ、大きいものでは一メートルを超える半球状の【ワールド】に家や森を模したジオラマを作り、そこでデフォルメされた五センチほどの小さな動物【あにまる】たちと一緒に暮らす。というコンセプトの遊んでみると楽しい一品だ。

 あにまる達にはAIが搭載されておりプレイヤーは自分の代わりとなる移住者を操作して小さな世界であにまる達や実際の友達と遊べる。

 可動部にアニマが定着するようになっており、トテトテと動く姿はかなり可愛い。


「というか俺も持ってる」

「ほんとっ?」


 一人っ子の俺はお留守番をしている子供の頃はよくあにまるワールドで遊んでいた。

 そんな思い出があるからか、アルバイトを始めてから改めて自分用の小さなワールドを買ったりもしたし。そんな恥ずかしがる趣味なのかなぁ。


 同好の士を見つけたからかカリンは嬉しそうだ。

 あにまるワールドが好きな女子なんて多そうだけど、海外ではそうでもないのだろうか。


「俺の場合、あんまり広いと管理出来ないから小さめの【池のほとりセット】を買って、カバのヨッシーと羊のメイメイが釣りしているのを眺めてる」


 管理、というのはワールド内のレイアウトや設定を変えていく事を言う。デイ、ウィーク、マンス、イヤー、エブリーとあにまるのAIが感じる時間感覚を変える事ができるのだが、ヘビーユーザーはエブリーで遊び、あにまる達が飽きないワールド作りに命を懸けている。


「そうなんだ、クレハは見る専なのね。あたしはねっ、おっきな村を作って四季の設定をオンにして色々なイベントを起こすのが好きなの!」

「じゃあ今は冬か」

「そうね、寒がりのあにまる達は家に籠って春まで出てこないからレジンで凍った湖を用意して楽しいワカサギ釣りイベントを起こして無理やり外に出してるわ。あにまる達はそういう誘惑に耐えられないのが可愛いの」


 可愛い顔をして中々厳しい方針でやっておられる。あにまる達は性格の差はあれどイベントに目が無い。嫌々ながら家の外に出てしまう光景が目に浮かぶ。


 そうして。一通りあにまるワールドについて語った所で本題に移る決心をする。少々脱線し過ぎてどう切り出したものかと悩んだものの、もはや直球しかあるまい。


「カリンは」

「なに? 設定の話かしら」

「エデンズの話」

「あ、そうよね、そうだった」


 先ほどまでの雰囲気とは違う真剣な表情。どうやらプラモバトルをやりたいという気持ちは折れてはいないらしい。楽しそうにあにまるワールドについて語るカリンが純粋な戦いの舞台に上がるのは想像出来ないけれど。


「エデンズ・コンフリクトに興味があるって言うなら、俺が出来る限りで力を貸す。これを伝えに来た」


 こんな言葉伝えるために随分遠回りしてしまった。やはりエデンズ以外の対人戦は苦手だ。


「クレハはアトラスをやってる人じゃないの?」


 どうやらアトラスとエデンズの違いくらいは憶えたらしい。ついでに俺の名前の方も覚えて貰えると嬉しいんだけど。メイドしかり、なぜ皆クレハと呼ぶのだろうか。 

 紅葉の方が、というか苗字の方が呼びやすくないか。


「俺はアトラス乗りじゃなくてエデンズホルダー。そしてエデンズホルダーは初心者は優しく沼に誘おう、をモットーとしているから」

「不穏なモットーなのだわ」


 さっきは、この大事なモットー、というかルールから目を逸らすところだった。エデンズホルダーとしてあるまじき失敗をせずにとりあえず安心する。


「エデンズ・コンフリクトはアトラスバトルよりも敷居は高いかもしれないし、勝てるようになるまで時間がかかるかもしれないけど……」

「けど、なに?」


 本心をさらけ出すのも恥ずかしいけれど、でも、言っておきたい言葉がある。


「結果が報われないものだとしても、それまでの努力と思いに他の誰でもない、自分が作ったエデンズだけは応えてくれる。その楽しさだけは保証するよ」


 切っ掛けになれるならそれでいい。見返りなんかはいらない。しいて言うなら、俺とエデンズで遊んでくれれば十分だ。カリンの真剣な瞳が俺を捉える。


「やる。やるわ! そうじゃないと――」


 カリンが何か言いかけた瞬間、俺のスマートデバイスが音を鳴らし大きく震えた。


「っ、びっくりした」

「あ、ごめん。エデンズ公式から生配信で発表があってさ、見ていい?」


 いつのまにかこんな時間になっていたか。

 今朝の予定だと今頃家に着いているはずだったのだけど、とりあえずスマートデバイスに表示されているエデンズホルダー用アプリ【エデンズ・タイムス】を起動。


「見るのはいいけれど。あたし、勇気を出してやるって言ったんだからね」


 むすっとした顔を浮かべながらカリンがスマートデバイスの画面をのぞき込み。

 ――そして、画面にノイズが走った様な演出から映像が始まった。


 1st。

 黒い画面に白い文字が映り、エデンズ同士の戦いの映像が流れる。


 2nd。

 なるほど、各シーズン事の名勝負、ハイライトが流れているのか。エデンズ・コンフリクトは三か月ごとにシーズンと呼ばれる区切りがあり、春の始まりにそれぞれのシーズンの実力者を集めたチャンピオンシップが開かれる。


 3rd。

 白い流星のように画面を横切るエデンズ。

 レギオンの出現に思わず俺は緊張しスポーツドリンクを飲み――。


「ぶふっ」

「ひゃっ。あ、この映った人!」


 画面の中でガクリと倒れる俺がぐるりと映され、そんな俺の背中越しにカメラがズーム。拳を突き上げる貴崎ウィリアムの姿がアップになり、カリンが画面を食い入るように見つめ――。


 映像が終了した。


「あ、これか」

 そういえば、入院中に大会運営からメッセージが届いていたけどこれの事だったのか。

大会中の映像の使用許可。てっきりエデンズ同士の戦いの場面とばかり思って文章をよく読まずにOKしてしまったのが迂闊だった。スマートデバイス持ってたら色々と調べちゃいそうで、すぐ電源落としたんだ。


「あ、え、さっきのって」

「俺と、チャンピオンの貴崎ウィリアムだな」


 不意打ちのダメージは大きい。

 まだ客観的にあの試合を見た事が無かったというのにまさかのタイミングだった。せめてもの救いは映像がかなりカッコよく作られていた事だろう。咳き込んだ俺はカリンに背中をさすられながら切り替わる画面に注視する。今日は、エデンズホルダーには重要な日だ。


『エデンズホルダーの諸君、こちらは貴崎ウィリアムだ。3rdシーズンが終わり最後のシーズンが始まる。諸君らにとっては馴染み深いイベントだと思うが、今回は3rdシーズン王者の俺から発表させてもらおう』


 不敵な笑みを浮かべる貴崎ウィリアムが映し出される。尊大にすら見えるが、その実力や容姿が相まってカリスマのようなものを発っしており、まるで映画のワンシーンの様だ。


「発表ってなにかしら?」

「見てればわかる」


 このタイミング、公式からの発表なんて一つしかない。

 前回、2ndシーズンの時は内蔵兵装が禁止になったが、今回はどうなる。新たな規制かそれとも新たな武装カテゴリの追加か。無重力ステージが実装されるのではなんて噂話を聞いた事もあるけど――。


『4thシーズンから新たに施行されるルール。それは、タッグマッチだ』


「た?」


 タッグマッチ、その単語が脳内で駆け巡る。

 タッグマッチ、つまりはタッグでマッチするという事。

 タッグマッチ、それはタッグでマッチするという事。


「なっ!」


 なんだそれ!

 エデンズ・コンフリクト稼働以来ひそかに望まれつつも、エデンズホルダーには友達がいない、協調性も無いから無理なのでは。という理由で一向に導入されなかった機能がここに来て!? しかも4thシーズンなんて半端な時期に導入なんて、いったいどういう事なんだ。


『代々、各シーズンのチャンピオンには運営に新たなルールを進言する権利が与えられているるのは周知の事実だと思うが。今回のタッグマッチはつまりそういう事だ。なに、理由ならある。ご存知の通りオレは単独では強すぎるのでな。このままではサービス終了までオレがエデンズ・コンフリクトの頂点を独占してしまう可能性がある。それじゃあつまらないだろ?』


 ニヤリと笑う貴崎ウィリアムは最高のヒールだった。


「こいつ」

「……ホント偉そう」


 貴崎ウィリアムを初めて見るはずのカリンも眉間に皺を寄せている。

 恐らく全宇宙のエデンズホルダーが舌打ちと共にムカつき――、それ以上に興奮している事だろう。エデンズに、新しい時代が来る。


『そこでだ、来年度から実装予定だったタッグマッチをいち早く、このシーズンから試験的に取り入れる事となった。せいぜい腕を磨き戦術を練るが良い! そして、オレの前までやって来い! など生温い敗北をくれてやる!』


「……はは」


 最後の言葉、それは『惜敗のクレハ』へのメッセージに聞こえた。

 少なくともあの男は俺が与えた一撃を偶然と片付ける気は無いのかもしれない。

 生配信が終わり、暗転した画面には好戦的な目を浮かべた俺が映っていた。トーナメント形式のシングル戦では再び貴崎ウィリアムと会える可能性は低いかも知れない。


 でも。タッグマッチであれば、また戦えるのだろうか。

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