プラモバトル?をやりたいのだけどっ
ドサリと柴犬学園の男がシートから倒れる。
「はっ、やるじゃねえか。赤飯のクレハ」
膝を震わせながらケルベロス花畑が立ち上がる。
アトラスバトル特有の疲労感に襲われながら俺も立ち上がりケルベロス花畑の前に向かう。
そして。
グッと握手を交わす。
言葉は無く、視線だけで互いの想いが伝わる。
ケルベロス花畑。一見粗暴な男だったがその印象はアトラスバトルを経て変わった。基本的に精神感応物質アニマを使用したバトルはどれも【完成度】の影響を強く受ける。
そしてその完成度とは単にプラモデルを上手く作れている事だけを示す訳では無い。自分の機体に対する強い想い、自信。
他の誰でもない己の持ちうる技術を注ぎ込んだ愛機にこそアニマは強く応えてくれる。
それは、他人の作ったシルエットドールやエデンズではあり得ない程の繋がりを発揮してくれる力となる。これこそプラモデルを使ったバトルの醍醐味。
つまりケルベロス花畑は、素晴らしいモデラ―だったという事だ。
「おめえも中々やるじゃねえか。良いチームワークだったぜ。まさかオレッちが負けるとはな」
ケルベロス花畑はヘトヘトの北村の肩をポンと叩く。すると北村は。
「いや。アンタの機体構成は三人で戦う前提で作られていた。もしフルメンバーで来られてたら負けてたよ」
「いいんだよンな事は。アトラスバトルは対等にやるから面白いんじゃねえか。ひゃははっ、それじゃ行くぜおめえら。今日は気分が良いから飯奢ってやる!」
「おっしゃあ!」
「やりぃっ!」
そうして柴犬学園の男たちは嵐のように去っていった。
「おお、やったな!」
アトラス部の面々は喜びながら北村に駆け寄る。
「あいつらめっちゃ強くてヤバかったな」「先輩達よくこの前の大会で勝てたよなぁ」「北村、お前いつの間にそんなシルエットドール仕上げてたんだよっ」
そんな声を聴きつつ、俺はゲイルを回収し北村に渡す。
「作るの、上手くなったんだな。凄い動かしやすかった。コイツじゃなきゃ最後にお前のアシストも出来なかったと思う」
自分以外の誰かが作ったプラモデルは感覚的に動かしにくいのが通説、そして実体験なのだが、不思議と北村の作ったゲイルは手に馴染んだ。
人の作ったプラモなのに、何でこんな動かせたんだろう。
北村は俺が差し出したゲイルを見ると、グイと押し返してきた。
「やるよ」
「人の作ったものは貰えないだろ」
「いいから。今日は、久しぶりにお前とやれてよかった」
一瞬、かつての光景が蘇る。
俺と北村とアイツ。ロマンをとるか勝利をとるかで喧嘩別れしたチーム。
「また三人で、とは言わないけどさ。たまにはアトラスも悪くないだろ?」
「……」
動かす前は乗り気では無かったけれど。
記憶の蓋がズレていざ動かしてみればアトラスも嫌な思い出だけでは無かったという事が、少しだけ分かった。
アイツの気持ちを汲めなかった俺の幼稚さも、改めて思い知らされた気分だ。
「返せって言っても、返さないからな」
なんだか恥ずかしくなり、俺はアトラス部から逃げ出そうとすると――。
「ちょっといいかしら」
突然現れた女子生徒に出口を塞がれた。
・・・
「はじめましてあたしは浜辺カリン。プラモデルを使うのが上手い人を探しているんだけどっ」
キラキラとした形の良い瞳。
やや小柄な体躯と揺れるツーサイドアップ。不思議と見覚えのある整った顔立ち。醸し出す雰囲気は良いとこのお嬢様のようで、男所帯のアトラス部には似つかわしくない華々しい空気と爽やかな香りを纏っている。
真新しい制服に身を包みその手にはシルエットドールが握られており、トトっと俺の前に躍り出た。
「さっきの戦闘、すっごくワクワクしたわ! 特にあなたっ。ナイスアシストだったわ! 褒めてあげるっ」
先ほどのアトラスバトル、フィニッシュを決めたのは北村で俺はと言えばサポートに徹していたのだけど。ナイスアシストと褒められた事は嬉しいものの、なんだか嫌な予感がする。
「私にプラモバトル、教えて!」
「プラモバトル……?」
やる気は十分。とはいえプラモバトルという言い方。
アトラスバトルにしろエデンズ・コンフリクトにしろ経験者はそんな言い方はしない。縄張り意識とでも言えば良いのか『アトラス乗り』と『エデンズホルダー』の相性は微妙で、まとめて語られる事を好まない。
つまり、彼女は相当の初心者ということだ。
「そうっ、プラモデルで戦ってみたいの!」
手に持っているのはシルエットドール。という事はアトラスバトルをやりたいはず。
だとしたら俺の出番は無さそうだ。
目が合った北村に顎をクイと動かすと、やれやれといった様子で浜辺さんに近づく。
「えっと。アトラスをやりたいって事で良いんすかね?」
「アトラスというのは分からないのだけど。動画を見て興味が出たのよっ」
北村の視線が彼女が取り出したスマートデバイスに移る。
「ん?」
北村が何故か俺を見る。
「なんだよ」
「いやぁ。俺の手には負えないなと。ここはクレハ先生にお任せしようかと」
「はぁ?」
「浜辺さん。多分、浜辺さんがやりたいプラモバトルならコイツが詳しいよ」
「そうなの?」
きらっと光る瞳が俺を映す。
「そうなのかは、まだ分からないけど」
北村の意図を察するに、浜辺さんが興味を持っているのはアトラスではなくエデンズの可能性が高い。そんな彼女がどうしてアトラスのシルエットドールを持っているのかが謎なのだが……。
「流石に目ざといわね。このプラモデル、世界大会に出ても戦えるっていうプロ仕様モデルらしくて、すっごく高かったのよ?」
浜辺さんは俺の視線の意味には気がつかないまま誇らしげにシルエットドールをかざす。
プロ仕様というのはつまり、プロが製作したという事。値段はピンキリとはいえ世界大会に出れるクオリティというのが本当なら、十万以上。安くても一万円以上する。
品の良さを感じる浜辺さんが見た目通りのお金持ちだったのだとしても、学生である以上中々の出費となったはずだ。小中学生であればお年玉とお小遣いを全て費やして買えるかどうか、安い買い物じゃない。
普段であれば『完成品のプラモを買う』という行為に対して良い印象が無いのだけど今はそれ以上に哀れという気持ちの方が大きい。
北村に視線を戻すとお前が言えと顎で指示される。互いに譲り合っていると肩を押されて半歩前に。……おのれ北村。
「えっとさ、浜辺さん」
「なに?」
「北村に見せた動画、俺にも見せてくれる?」
「いいわよ。これ、プラモバトルの動画をまとめたものなんですって。えっと、その、知り合いにこれでも見ろと教えて貰ったのだけど」
そう言いながらスマートデバイスを向けられたが、やはりというか案の定の画面が目に映る。
「ああ、そっか」
エデンズ・コンフリクト2ndシーズンハイライト切り抜き動画、かぁ。
「私、男の子のオモチャには興味が無かったのだけど。これなら……」
浜辺さんが小声でつぶやく。
ところで浜辺さんや。その画面に映っている美少女プラモバトルを見た後、どうしてロボットを買ったんだい?
口に出して言いたい日本語が頭に浮かぶも、どこか滑稽な状況に戸惑って口に出せない。
「ちなみに。どうして画面に映っている女の子のプラモデルじゃなくてロボットを買おうと思ったんだ?」
まずはジャブから。ふんわりオブラートに包んで質問する。
「映っているのは女の子だけれど。ロボットの方が強そうでしょう?」
「そう来たか」
先入観に捉われなければ納得出来るかもしれない理屈。確かに女の子よりはロボットの方が強そうだ。
「それでえっと。よければ私にこれの動かし方を教えて貰えると嬉しいのだけど」
今から恥をかく人間とは思えないほど浜辺さんの表情はドキドキと初々しい。それが余計に俺の罪悪感を煽る。なんでこんな損な役割をしないといけないのか。
男子であれば子供の頃に大抵一度はプラモで遊ぶものとはいえ女の子の場合はアニマを利用したオモチャといえば『あにまるワールド』だ。
プラモバトルに関して知らなくても仕方がないのかもしれないとはいえ、下調べもせず完成品を買うのは迂闊以外のなにものでもない。
「じゃあ浜辺さん、最初のレクチャーなんだけど」
「教えてくれるのねっ」
もしかしたら、最初で最後のレクチャーになるかもしれない。
「ソレとコレ。同じ遊びじゃありません」
「へ?」
「ラグビーとアメフトの違いというか。野球とソフトボールの違いというか。そういう」
ソレ、というのはスマートデバイスに表示されているエデンズ。
コレ、というのは彼女が手に持つアトラス、シルエットドール。
「え……、うそ」
どうやら今の指摘で気付いてくれたらしい。浜辺さんの耳が一気に赤くなる。
「でも、このロボットは世界で一番人気があるのよね」
周囲の男共が頷く。エデンズホルダーとしては悔しいが、事実アトラスバトルの方がプレイヤー人口は多い。
「……プラモバトルで世界最高の戦いっていうのは、その、どちらなのかしら」
戦争が起きそうな質問だ。慎重に答えないと周りの男共に袋叩きにされかねない。
「それは人によるというか。アトラスが好きな人ならアトラスバトルって言うだろうし、エデンズをやっている人からすればエデンズ・コンフリクトが世界最高の戦いって言うと思うよ」
周りの様子を伺えば男共はコクコクと頷いている。どうやら正解の答えを選べたみたいだ。
「じゃあ、エデンズを始めるとしたら、このアトラスのプラモデルは」
「出来は凄くいいし……、飾っておくと、いいんじゃないかな」
周囲の男共が同意する。
「まあ、はっきり言うとソレ。エデンズには使えない」
オブラートに包もうと思ったが、もはや言うしか無かった。
「そ、そんなぁ……」
ガクリと項垂れる浜辺さんはトボトボと出口に向かい――。
「お邪魔しましたぁ」
と、あっさり去っていった。
なんとも哀愁漂う悲しい去り際に、アトラス部の中で微妙な空気が流れる。
「じゃあ、俺も帰ろっかな」
取り合えずここにいてもやる事も無い。
「なあクレハ。お前さ、あの子」
北村が余計な事を言おうとしている。俺はお前と違って人の面倒を見れるタイプじゃない、だから一人で遊べるエデンズ・コンフリクトが性に合っているのだし。
「いや、俺の手には余るというか。かける言葉が見つからないというか」
自分のエデンズを修復出来ていない男が他人の面倒を見れるとも思えない。
それに、あまり誰かと何かをやるのも得意じゃ無いし――。
頭の中で動かない理由を集めていると。
「エデンズホルダーってのは困ってる人を、エデンズを始めるかもしれない人をあっさりと見捨てるようなヤツなのか?」
北村の言葉にハッとする。
「い、いやそれは。それは、違うけど」
それは足をすくませた俺が動くに足る理由。単純な事だ。エデンズホルダーであるならば、忘れてはいけないルールがあった。
なら、俺は、エデンズホルダーとしてそれを守らないといけない。
俺だって、先輩エデンズホルダーに良くも悪くも沢山お世話になったというのに。それにあの子はこう言っていた。
――さっきの戦闘、すっごくワクワクしたわ!
プラモバトルもろくに知らなそうな子が、そう言ってくれたのだ。
俺は、自分勝手な判断をして、また間違えるところだった。
「なあ、紅葉」
「放っておくわけないだろ、ただちょっと女の子とどう接すればいいか分からなかっただけだ!」
苦笑する北村に見送られ、浜辺さんの後を追う――。
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