アトラスバトル・柴犬学園の狂犬ケルベロス花畑
本日の授業は午前中で終了。
エデンズ日和だ、すぐにでも遊びに行きたいのだけど。
「んじゃあ、走ってくぞー」
運動部部長の高石先輩が号令をかけると、新学期早々グラウンドに集まった部員たちがのんびりと動き出す。人数にして十五人ほど、意外と集まってるなというのが正直な感想。
この運動部、陸上部と違うところはただただ「運動するためだけの部活」という事にある。
大会もなければ合宿も無い。つまり、エデンズの為に体力を付けたい俺にはうってつけの部活で、ちょっと運動しようかなという生徒が男女関わらず集まっている。
道具も準備も必要なく、解散時間さえ本人に任せるというこの部活は生徒だけではなく教師陣にも人気で、顧問の上野先生も運動不足のビール腹を揺らしながらランニングに参加している。
そうして十分ほど走っていると。
「く、クレハっ!! 大変だー!」
突然、俺に向かって大声が降り注いだ。
声の主は見慣れた中肉中背の男、北村。
小学生の頃に俺が転校してきてから続く腐れ縁で、アトラス部に所属しつつエデンズも好きという浮気者。
あ、入院中に北村から着ていた連絡返して無かったかも。
「はぁ、はぁ。どうしよう」
北村が丸メガネを曇らせながら俺に並走する。
「なんだよ。……というか人前でクレハって呼ぶな」
こそこそと文句を言う。
「え? いいだろ別に。この間の決勝も顔出しでネット中継されてたんだし」
「エデンズ・コンフリクトを恥とは全く思わないけど、堂々と美少女プラモデラーだと自ら知らしめるのも嫌なんだよ」
俺の、エデンズホルダーの心は繊細だ。そこの所をよく理解して欲しい。
「いいじゃん、この間もかっこよかったぜ、まじで。ってそうじゃなくて!」
北村が立ち止まる。
「道場破りが来たんだよ!」
どうじょう、やぶり?
「なんて?」
今時道場破りなんて言葉を使う奴がいるとは。言葉の引きが強くて思わず立ち止まる。
「アトラス部に他校の奴が急にやってきてさ。んで主力の先輩達は居ないし、でも今いる奴らは負けちゃったしでヤバいんだよ」
「地区大会優勝の実力はどうしたんだ」
「だから実力ある先輩達は資材調達で街に移動しちゃったんだって」
「お前もそこそこ上手いだろ」
「相手が三人なんだよ! 普段組んでる奴が部活送別会の準備で外行ってて連絡つかなくさ」
「なら別日に来てもらえばいいだろ?」
「メンツが立たないだろっ、なあ頼むよ惜敗のクレハ、力を貸してくれよぉ」
「なんで俺が……ん? 今なんて言った?」
「力を貸し」
「じゃなくて」
「ああ。惜敗のクレハ?」
俺はコクコクと頷く。なんだその二つ名みたいなの。
「お前、知らないの?」
驚いた様子で見つめられる。
「ほらこれ。エデンズまとめサイトにこの前のファイナルラウンドの実況がまとめられてて」
北村が表示させたスマートデバイスの画面に目が吸い込まれる。
実の所、年末の決勝戦の反響を見るのが怖くて一週間以上ネット断ちをしていた。
その間、家でやっていた事と言えば、四季による指導の数々。ザックリ言えば
ため込んだ宿題の消化、食育、メイドの扱い方講座受講等々。
なのでゲームセンターにも、ちょっと行けていない。
マグノリアを大破させてしまった負い目から俺はエデンズから遠ざかっていた。
もちろん体力作りやアニマコントロールの訓練は欠かしていないとはいえ、エデンズ始めてからあんな風に負けた事無かったし……。
ショックから立ち直り切れていない。わりと打たれ弱いな、俺。
「なんだこれ。褒められて、る?」
まとめサイトを見るに最後鼻血を倒して俺が無様に倒れた所まで込みで、3rdシーズン最高の試合だったとのコメントが多かった。
俺はてっきり重量級エデンズホルダーに「これはこれはウサギさんみたいにぴょんぴょんと跳ねていないでどっしり構えていればまだチャンスがあったでしょうに」とか。
「中量級、しかもヴィクトリア素体で戦うのはちょっと厳しかったかもな」なんて書かれているのでは思っていたのだが。
「褒められてんだよ! というかオレも何度も連絡したのにお前返信しないからさぁ。なんたってあの貴崎に攻撃直撃させたのがクレハだけなんだぜ? その時点で実況スレッド大盛り上がりだったっって、じゃ、なくて! いいから、ソレ読みながらでいいから来てくれ、連れてくぞ!」
俺はズルズルと引きずられアトラス部の部室に飲み込まれた。
・・・
初めて入ったアトラス部部室。
今までは遠巻きにしか見た事が無かったけど。中はこんな感じなんだ。
メゾネットタイプとでも言えば良いのか、一階部分にアトラスバトル用のバトルフィールドがあり二階部分が製作スペースらしい。
基本的にアトラスのバトルフィールドには操縦シートが三つ設置されており部室の中はやや手狭に見える。
「うぅ、ぐはっ」
「ち、ちくしょう」
「おふ、くろ……」
そしてフィールドの傍には口から血を流し倒れている部員の姿。
「おい、大丈夫か。殴られたのか?」
北村が心配して駆け寄ると。
「いや、シートに躓いてこけてぶつけただけだ。ぐふっ」
「そっか」
俺達が倒れた部員を介抱していると、バトルフィールドの反対側から三人組が現れた。
「くひゃひゃひゃひゃ、んだよ。オレら倒して地区大会優勝したからって言うから遊びに来てやったのに全然大した事ねえじゃねえかよぉ!」
ガラ悪っ!
着崩した学ランから奴らが近くの柴犬学園の生徒だという事が分かる。
エデンズは変な紳士が多いのだがアトラスはプレイ人口が多すぎてこういう輩も多……、いや流石にこんな人たちは初めて見た。
あの制服改造しすぎだろ、肩にトゲ付いてるぞ。
「お、お前ら! 調子に乗るのも此処までだ!」
北村が情けない声で吠える。そういう所は昔から変わらないようで何より。
「こっちには惜敗のクレハがいるんだ! すぐぶっ飛ばしてやるからな!」
「赤飯のクレハぁ? 美味そうじゃねえか! この柴犬の狂犬、ケルベロス花畑様が今日の締めに喰らいつくしてやるよぉ!」
「ひゃははははっ」
「いくぜええ?」
柴犬学園の三人が胸ポケットからアトラスのロボット、シルエットドールを取り出し俺をジッと睨んでいる。
「いやいや、そもそも俺はシルエットドールも今は持ってないし」
「いくぞクレハ、ほら、これ。お前好きだっただろ」
北村は上着をバッと開くと上着の内側に取り付けたシルエットドール専用ホルダーから【ゲイル】を取り出した。
ゲイル、俺が昔使っていた青色のシルエットドール。
流線形の美しいフォルムと安定した挙動が特徴の量産機。武装はライフルとシールド、背中に取り付けたビームサーベルのみのシンプルな機体。
「北村、これって」
手渡されたゲイルは非常によく出来ていた。少なくとも昨日今日出来たものでは無い。
丁寧に作り込まれ、丁寧に塗装されている。武装の改造こそ無いが、これならアニマの乗りも良さそうだ。
「いつかお前とまたアトラス出来ればなって、作ってたんだ。エデンズもいいけどさ」
北村はそれ以上は言わず、自分用のシルエットドール【オディロ】を取り出す。小学生の時からの北村の愛機だ。見るだけで、なんだか懐かしい気持ちになる。
北村は左端のシートに着席。オディロをエントリーデバイスにセットした。
「……」
ゲイルを見下ろす。アトラスバトル。俺の中で苦い思い出となり今もなお、割り切れない感情が渦巻くチームバトルだけど。
「今回だけだからな」
三人でもない、二人プレイなら。
「クレハっ、いいのか?」
ゲイルの製作に込められた北村の思いを無下にする人間に、俺はなりたくない。
意識したわけではないけど子供の頃の習慣なのか、真ん中を開けて右端のシートに座る。
数年ぶりに座るアトラスバトル用のシート。
ゲイルをエントリーデバイスにセット。車で言うところのシフトレバーを引っ張りシステムを起動。普段から首元に装着しているリンクスを起動、アニマへの干渉を開始。
二本の操縦桿。ボタン配置は依然と変わっていない。ペダルの踏み具合、少しヘタリがあるけれど良好。
展開された立体モニターは既にゲイルの視点と同調している。
エデンズほどの一体感は無いけれど、ロボットを、シルエットドールを操縦しているという感覚はやはりアトラス独自のものだ。
「懐かしいだろ」
「まあ。それなりに」
自分の左手を見れば、少し震えている。でも。今日は自分の為じゃ無く、わざわざ他人のシルエットドールを用意していたバカ野郎のための戦いだ。
我が暗い青春のアトラスバトルくらいやってやる。
「ああん? なんだお前ら、二人しかいねえのかよ。アトラスは3人でやるもんだろうが」
ケルベロス花畑と取り巻きがニヤニヤと笑う。そして。
「へへへ、じゃあ、今日は2on2だなぁあッ!」
取り巻き一人がシートを離れ、――アトラスバトルが始まった。
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