三学期の始まり


 入院していたからだろうか、冬休みはあっという間に終わり、新学期が始まった。


「よし」


 いつの間にか両親と打ち解け交渉し家に住み着き、朝から優雅に紅茶を淹れているメイドに指示された通りゴミ出しを終える。


 ……何かがおかしい。メイドってそういうのだっけ。


 メイドに顎で使われる生活を気にしつつ、父親から譲り受けたロードバイクに跨る。


 年末から年明けにかけて降り積もった雪は溶けつつあるけど、道路の様子を確かめながら進まないとツルリとこけてしまいそうだ。

 手袋をグイと引っ張りハンドルを握ると、灰色のダウンジャケットに入れたスマートデバイスが震えた。


『クレハさま。怪我には十二分にお気をつけて行ってらっしゃいませ』


 メイドを名乗るならせめて玄関まで来て見送ったらどうなんだ。

 四季のメイドとしての態度に疑問を持ちながらグイとペダルを踏みこむ。ま、言う通り怪我には気を付けよう。

 エデンズの操作には些細な怪我が影響を及ぼす。


 原理で言えば脳さえあれば精神感応物質アニマに干渉する事が出来るらしいけれど些細な不調を反映させるのもまたアニマだ。

 肉体の不調が精神に影響する事もあればその逆もしかり。アニマを使用したゲームや競技の中でもエデンズ・コンフリクトは特に心身の健やかさが挙動に反映される。


つまりエデンズホルダーにとって自己管理は最重要だ。


 実際、トップ層のエデンズホルダーはジムに通ったり日頃から運動し体力をつけている人も多い。

 俺が今時珍しい電動アシストすらついていない自転車に乗っているのもちょっとした運動のためだ。エデンズの事を調べていたはずが筋トレについて詳しくなっていたなんて事もざらにあるほどで。


 ある意味では非常に健康的な趣味といえるのだが、筋骨隆々の男たちが美少女プラモデルを愛でている異様な光景が健全なのかと言われると悩ましい所である。


 エデンズ・コンフリクトもPスポーツの枠組みに入れられるのだけど、他の競技の選手と比べてやけにムキムキで、スポンサーロゴの入ったTシャツをピッチリと着こなしている様は度々ネットで「ボディビルの大会かな」とネタにされている。


 夜の七時過ぎまでゲームセンターでエデンズを遊んでいると、がっちりとした体格でスーツを着こなしたサラリーマンを目にする事がある。まるで格闘家のような雰囲気の企業戦士が懐からエデンズを取り出す仕草は面白いながらも少しカッコよくて、ネット掲示板で話題になるのも納得だ。

 俺も食事にはさほど興味はないものの、運動は日常的に頑張っている。


 そんなエデンズホルダーのアレコレについて考えていると、私立子熊学園にあっという間に辿り着いた。見慣れたブレザーの制服が目に映る。


 二週間ぶりの校内は休み明けだというのに賑わっており、校舎には幾つかの垂れ幕。冬休み中に活躍した部活があったらしい。


「アトラス部か」


 垂れ幕の中で俺の視線を奪った単語。


 〈アトラスバトル部、地区大会優勝〉


 小熊学園にはエデンズ・コンフリクトの部活は無いけど、代わりと言ってはなんだがアトラス・バトルの部活があり部員の数もそこそこ。

 さすがはアトラス、間口が広い。


 ハイマニューバ・アトラス。


 劇中でのロボットをシルエットドールと呼び、少年少女が戦いのなかで成長していく王道ロボットアニメで、メディアミックスもかなり多い。

 アニメで活躍するシルエットドールを使用したプラモバトルは世界的に人気で、はじまりの四社と呼ばれる宇宙開発企業主催の世界大会が行われるなどプレイヤー人口も増え続けている。


 個人的にはアトラスにあまり良い思い出が無いものの、初めて作ったプラモデルはアトラスの【ゲイル】というシルエットドールだったし、誰であれ男子であれば一度はアトラス関連のプラモデルを作った事があるほどだ。


 操作もコクピット風のシートに座り二つの操縦桿、空間投影型タッチパネル、三つのフットペダルを駆使して動かすというまさに『ロボットを操る』という操作感覚が人気を集めている。

 最近ではスフィアデバイスという球状のコントローラーでの簡単操作も実装されたらしく新規加入者も増えているとか。


 エデンズも人気が無い訳では無いけれど、精神接続深度の関係から中学生からじゃないと遊べない上に美少女プラモというちょっと触れにくいジャンルな事もあり、アトラスと比べると肩身が狭かったりする。


 たまに調子に乗ったアトラス乗りに馬鹿にされたもするし……おのれ。

 エデンズがタイマンバトルのシングル戦のみという仕様に対して、アトラスはチームプレイからソロプレイまで幅広い楽しみ方があるのが特徴で、こう言うのもなんだがアトラスの方が人気が出るのは納得しかない。エデンズは尖りすぎているんだ。


 チームバトルくらいなら導入しても良い気もするけれど……、こだわりの強いエデンズホルダーがチームワークを大事に出来るのかと聞かれると不安しかなかったりするし。かくいう俺もチームバトルには向いていない人間だ。

 実体験として心に刻まれてるレベル。


 久しぶりに履く上履きのヒンヤリとした感触を踏みしめつつ5階へ向かう。


 小熊学園は教室棟と部活棟、講堂兼体育館、グラウンドに中庭と都内にしては大きな敷地面積が特徴で広くて過ごしやすい学校なのだが、五階までの徒歩移動は中々ハードだ。


 教室の扉を開け「おはよー」と気の抜けた挨拶をクラスメイトにしつつ自分の席へ。こういう挨拶はあまり得意な方では無いけれどエデンズで知り合ったサラリーマンのオジサンに「挨拶は大事なんですよ」と教えられて以来頑張っている。


 ……改めて思うと、情操教育をエデンズで済ませているみたいだな。


 基本的にエデンズ・コンフリクトの年齢層が高い事もあり、俺のような学生は年上にためになる事ならない事を色々と教えられる事が多い。

 というかベンチで座っているとオジサンたちが勝手に喋って来る。最初は戸惑ったものの、しばらくするとコミュニケーションに自身のない俺でも、不思議と同じ趣味の人間とはポツポツと喋れるようになった。


 ちなみに特に多く言われるのが「学生生活を楽しむんですよ」だ。正直よくわからない助言ではあるものの仕事帰りのサラリーマンにそう言われると妙な説得力があるので、とりあえず学校はサボらないようにしている。


 ホームルームが始まると担任の吉岡先生が注意事項をつらつらと言い講堂への移動を促した。


 液晶型の黒板に中継映像でも出してくれれば良いというのに、先生と言うのは学生を集まらせるのがお好きだ。

 講堂では受験生である三年生への激励、アトラスバトル部を始めとした結果を出した部活への表彰状授与が行われた。


 壇上のアトラスバトル部、部長の高野桐雄先輩はアトラスバトルで優秀な成績が認められたらしく卒業したら海外の大学へ招待されるらしい。


 夏休みに鷹野先輩がアトラスバトルをしている所を偶然見かけた事があったが、部外者の俺でもほれぼれするほどの操作技術で感動した覚えがある。

文プ両道を公言する少し変わった人ではあるけれど、あんな人と中学時代に出会っていればもしかしたら俺もまだ……。


「そんな事も無いか」


 講堂の椅子にもたれかかり目を閉じる。

 最後に行われた転入生紹介の頃には俺はウトウトと半ば夢の中で。


「茅場くん起きな―」


 呆れたように俺を見下ろすクラス委員長の阿波野さんに起こされる頃にはすっかり始業式が終わっていた。

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