メイドと知らない天井

 窓の外には真っ白な雪景色。


 エデンズコンフリクト3rdシーズンファイナルラウンド。

 大晦日の大会で文字通り病院送りにされた俺は「大丈夫そうね」と言い去っていく看護師のお姉さんに頭を下げる。


 大会運営委員会がプラモバトル保険に入っていた事もあっての個室に二泊。念のために検査入院した俺は特に脳波に異常も見られないという事で本日退院出来る事になったけど。まさか病院で年越しとは……。


 病院に運ばれてきた俺を迎え入れた父親は「プラモバトル」で病院送りにされるという中々お目にかかれない醜態に終始ニマニマとしていたけど。これも敗者の定め、   


 俺はただ不貞腐れるだけで無言を貫いた。


まぁ、俺の肩をポンポンと叩きさっさと帰ってくれた父の気遣いには感謝しておこう。なんだかんだ学生時代にラガーマンだったという父だ、本気で勝負してガッツリと負けた俺のメンタル事情を察してくれたのかもしれない。


 因みにこの病院は看護師である父が勤務しており何度か来た事があったりする。ここ何年かは人手不足とかで夜勤シフトに入っているけど、元気そうで何よりだった。


「ふああ」


 気が抜けたからか欠伸がもれる。


 そういえば、寝ている間に何か不思議な夢を見たような気がしたけど何だったかな。


「アニマの光。緑色の目が、俺を見ていたような」


 病院のベッドに寝ているを覗き込む女の子がいたような。もしかして幽霊とか。この個室で亡くなった少女の幽霊、みたいな。


「んなわけないか」


 そんな事はどうでもいい。負けた事以上に心に重くのしかかる現実が目の前にあるのだから。ベッドテーブル上のケースに視線が落ちる。


 ケースの中には大事なエデンズ、戦闘で大破したマグノリアが入っている。戦闘中の細かい傷というのはアニマで覆われている事もあり本来であれば軽微なもので、基本的にコーティング剤を吹いたり、それでも傷が気になるようならスポンジヤスリで軽く磨いて改めて塗装をすれば問題が無いのだが。


 俺がレギオンの遠隔兵装を砕いたように、しっかりと破損してしまったパーツはその限りではない。

 軽量級ならともかく、中量級以上のエデンズがここまで破損するのは珍しい。


「……くぅ」


 かなり落ち込む。同じくテーブルに乗せた準優勝の表彰楯では埋められないダメージだ。


 最後、俺がもう少し冷静だったなら。


例えば倒れる寸前にスカート内のスラスターを吹かして体制を整えつつナイフを掴み、突貫してくるレギオンにカウンター攻撃さえ出来れば……。それか、いや……でも。


 延々と沸き上がりそうな『もしかしたら』を思い浮かべながら、最後には深く吸い込んだ息と共に吐きだす。今更落ち込んでも仕方ないとはいえ、閉じた窓から忍び寄る冬の寒さが身に染みる。俺が用意できる最高のエデンズが、やられてしまった。


「はぁぁ」


ともかく、いつまでも病院にいても仕方がない。身支度を整えて家に帰ろう。ダウンジャケットを着こみベッドから降りようとすると。カラカラと病室の扉が開いた。看護師さんがまた来たのかなと見れば。


「クレハさま。お目覚めとの事で。お加減はいかがでしょうか?」


フワリと広がった黒いエプロンドレス、メイド服が目に映る。


俺の理想を体現したかのような姿に、目を奪われる。


「メイド……?」


 胸元に大きな水色のリボン、落ち着いた色合いのブロンドヘア。真っ青な瞳。その顔立ちは素晴らしい造形だ。高めの身長も相まってマネキンめいた雰囲気もある。


 どこか浮世離れした印象なのは彼女の容姿が理由なのか、衣装が理由なのか。病院にメイドがいる不自然さが理由なのか。


「クレハさま?」


 メイドの呼びかけにハッとする。


「……茅場紅葉(かやばもみじ)。クレハっていうのは、紅葉の読み方を変えてエデンズ・コンフリクトに登録した俺のホルダーネームで。あなたは、その、大会関係者ですか?」


 同年代に見える彼女の素性はまるで分からない。これで高校の制服でも着ていたら俺でも何かしらを察する事も出来たかもしれないけど。何者なんだろ。


「意外と。失礼、目覚めたばかりと聞きましたが意外と頭の回転は良好なようですね」

「言い直した意味がありましたか?」

「ふふっ。クレハさまは存外面白い方ですね」


 キョトンとした様子で彼女が俺を評価するが、なんというか、少し変わった女の子なのかも知れない。


「それで。もうお帰りですか?」

「そのつもり、ですけど」


 未だに状況を飲み込めない俺の言葉はたどたどしい。


「では丁度良かったです。一緒にまいりましょう」


 メイドは綺麗な紙袋を両手に持ちながら俺を病室の外に促す。だが、そもそも。貴女は誰なんでしょうか。


「?」


 俺の訝しむ視線に検討が付かないのかメイドは何故自分の後に付いて来ないのだろうかと不思議そうな顔をしている。


「えっと。帰る前に。誰、ですか」

「あら。ふふふ、うっかりしておりました。私を知らない人と会う事がないもので。

名前は四季(しき)レイリと申します。特別に気安い喋り方も呼び捨ても許してさしあげます。どうぞ四季とお呼びください」

「四季?」

「はい。クレハさま」


 なんだかむず痒い。


「俺の事も呼び捨てでいいよ」

「それはなりません。なにせ私は可憐なメイド。観察対象……もといご主人様候補、と言っても良いクレハさまを呼び捨てなど恐れ多いというものです。なにせ」


 四季の視線がチラリと向けられる。


「なにせ?」

「なにせ、のあとは秘密です。メイドにも秘密の一つや二つはありますので。ともかく、クレハさまはクレハさまでございます」

「呼ばれ慣れないから緊張するんだけど」


 言葉は柔らかだけどシキの意思は固いように思う。拘り、とでも言えば良いのだろうか。少なくとも俺の言葉程度で『クレハさま』呼びを撤回させる事は出来無さそうだ。


「今日は足元が悪いのでお気を付けくださいね」

「はぁ。メイドさんに従いますよ」

「ふふふ。意外と愉快な方のようで。それでは、参りましょう」


 四季は俺を伴い病室を出ると、興味深そうに病院内を眺めつつ俺を先導した。


・・・


 看護師やスタッフ達は俺達の様子が可笑しいのか好奇の視線を向けてくるが、それも仕方ないのかもしれない。


 人が月に街を作る時代でさえ病院にメイドがいる光景は異様だ。


 それにコスプレと本物の違いとでも言えば良いのか。四季はメイド服を着こなしていて、それがいっそう奇妙な違和感を醸し出していたりする。


「……」


それにしても。四季が着ているメイド服可愛い。


デザインが良い、質感が良い。


ふんわりした肩の部分と絞られた二の腕部分のバランス、腰のコルセットに防寒用のケープ。


あらゆる造形がハイレベル。


メイド服にブランドがあるのかは知らなないけれど、糸の解れなど一切無いような高級感を醸し出している。四季の雇用者はさぞ上流階級の人間なのだろう。もしかしたら宇宙開発事業の関係者だったりするのかもしれない。


今のうちに観察して、エデンズ製作に生かそう。やっぱりメイド服はロマン。このときめきを大事に生きて行きたい。


「そんなにジッと見て。よほどメイドがお好きなのでしょうか」

「あ、え、いやそんな見てるとかは」


 エレベーターを前に立ち止まる四季。


「良いですよねメイド服。どうです、じっくりと見ても良いのですよ?」


 クルリと一回転するとロングスカートが広がり、最後はスカートを持ち一礼。


「おお。かわいい」


 思わず声が漏れる。


「ふふふ。そうでしょう、そうでしょう」


 四季は紙袋を置き、ポーズをとりはじめ、俺は感心したようにパチパチと拍手をする。


 幸いなことに周りに人は居ないけれど、多分、傍から見れば異様な光景だ。


「ふふ。褒められる事には慣れていますが気分がいいです」


 四季は最後にスマートデバイスを取り出すと俺の隣に並び自撮りをした。石鹸を思わせる匂いが近づき、何だか嗅いではいけない気分になって息を止めていると。


「あ、クレハさま。すっかり忘れておりましたが、そちらの紙袋。私の……そう、雇い主からのプレゼントでございます。私が代わりに持ってきて差し上げました」

「プレゼントを貰う理由が見当たらないんだけど」

「先日のエデンズ・コンフリクト決勝戦でクレハさまの事がお気に召したのでしょう。紙袋の中身、きっと今のクレハさまの役に立つかと思いますよ」


 四季が持っていた紙袋。

 しっとりとした質感の青色は俺とは縁の無い高級ブランドを思わせるが、紙袋を手に取りその中身を覗いてみれば非常に見覚えのあるものが入っていた。


「エデンズ?」


 それも俺が気に入っている素体【ヴィクトリア】だ。売れ行きが悪かったのか生産数が少なく現在は再販待ちで中々手に入らないエデンズだったはずだけど。


「エデンズ・ヴィクトリア。三年前に発売されたメイド型エデンズ。外見の人気はあるものの拡張性に乏しく、プラスチックで出来たスカート部分が稼働の邪魔になる事からエデンズ・コンフリクトでの使用率は極めて低い。ですが」


 チン、とエレベーターの扉が開き、二人で乗り込む。


「ヴィクトリアを選ぶとはクレハさまは良いセンスです。なにせメイドですからね。ただ一つ問題が。本当はこのヴィクトリア、二つ渡すように言われたのですが……」


 四季がスマートデバイスを操作する。


「可愛かったので一つは私が勝手に貰って作ってしまいました」


 表示された画像を見せつけられる。そこには組み立てられたヴィクトリアを持つ彼女が映っていた。


「作っちゃったか」

「はい、作っちゃいました」


 このメイド、お使い一つこなせていない。


 さして内容の無い会話を続けつつエレベーターを降りて、二人並んでエントランスを抜け外へ出る。雪で白く染まった外界は随分と寒いけれど、年明けの爽やかな空気も感じさせた。


 四季に目を向ければ寒がっている様子もなく、そして離れていく様子もなく。俺の隣にピタリとついて歩いている。


「本当はクレハさまが寝ている間に届ける予定だったのですが、年末の歌番組を見たり、動画サイトでエデンズ・コンフリクトの配信映像を流しながらヴィクトリアを作っている内に日が変わってしまいました。あの、私が作った私のヴィクトリア、お渡しした方が宜しいでしょうか」

「いや、四季が作ったならシキのエデンズだよ。そもそも俺がエデンズを貰うっていうのもなんだか変な気分だし」


 そもそも言い方からして人に譲る気は無さそうだ。


「そう言って下さると思っておりました」


 四季は安心したような笑みを浮かべる。


 この不真面目メイドの雇用主はさぞ懐が広いお方なのだろうなと呆れつつも、俺は何だか嬉しい気分だった。

 自分の好きなエデンズを気に入ってくれている同士が現れたのだから仕方がない。


 ちなみにエデンズ・コンフリクトの女性プレイヤーの割合は1割ほど。


 エデンズ・コンフリクト稼働初年度から継続して適用されているルールに『女性プレイヤーには寄ってたかって声を掛けて怖がらせてはいけない。声を掛けられたら親切にしよう』というものがあり、エデンズ公式は女性プレイヤーを増やそうとアレコレ頑張っていたりする。


 俺もエデンズホルダーの端くれ、せっかくエデンズに興味を持ってくれた女の子には親切にしなくては。


「さっきの画像のやつ、よく出来てたよ。ヴィクトリアはエデンズの中でもけっこうパーツが細かくて大変だったでしょ」


 ヴィクトリアは造形優先の構造でそれこそ【ハイマニューバ・アトラス】というシリーズのロボットプラモと比べると随分と作り難く初心者お断りとさえ言われている。

 その分、しっかりと作った時の満足感は得難いものではあるのだけど。


「はい。一般メイドである私は工具も持っていなかったので大変でした。この時代にプリンターではなくああいう形で成型されているパーツに文句を覚えつつも。ええ、いざ作ってみると皆様が夢中になる理由も少しだけ理解出来ました」


 四季の表情はどこか嬉しそうに見える。


「ところでクレハさま。ご自宅はどちらで?」

「ん、えっと。ここからなら徒歩二十分くらいかな。入院で身体もなまってるし、このまま歩いて帰るつもりだけど」


 ネット断ちして病室に備え付けのテレビを見て過ごしていたからか一歩進むごとに筋肉が伸びていくかのようだ。


「なるほど」

「四季はお使いも終わったんだから、そこのバス停か地下鉄……。いや、メイドさんの交通手段が想像出来ないけど」

「ふふ。メイドも公共交通機関を使いますよ。私は使った事ありませんけど」

「ん?」

「ご心配なさらず。徒歩での移動、これでも体力には自信がありますし。このメイド服、冬用なので暖かく外を歩くのに最適の恰好なのです。それに雪景色とメイド服も悪くない組み合わせでしょう?」


 そもそもの造形が良い四季はどこで何をしていても様になりそうだけど。


「確かに、白と黒のコントラストが良いかもしれない」

「そうでしょうそうでしょう。ふふ、クレハさまとは気が合いそうですね」


 メイドといえばローファーと思っていたが、四季が履いているのは8ホールのしっかりとしたブーツ。これがまた似合っている。新たな知啓を得た。エデンズに生かせるかもしれない。


「あ、クレハさま。クレハさま。あそこなど良いではありませんか。せっかくなので……」


 雪の積もった木に近づいた四季からスマートデバイスを渡され、促されるままに雪景色を背景にポーズをとる彼女を撮影する……楽しい。


 そうして寄り道しながら歩く事一時間。見慣れた一軒家の前に到着した。


「ここが俺の家だけど」

「では、これからよろしくお願い致します。クレハさま」

「どういうこと」

「それともご主人様と呼んで差し上げましょうか?」

「いやいやいや。どうしてそうなる」


 四季は数瞬黙ると、意外な名前を出しこう言った。


「それは……、そう。私の雇い主、からの指示でございます」


 貴崎ウィリアム。それは、俺を圧倒した男の名前。


「4thシーズンの舞台にクレハを万全の状態で連れてこい、との事でしたので。しばらくの間、奉仕させて頂きますね?」

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