プロローグ 『エデンズ・コンフリクト』2


エデンズは大きく重量級、中量級、軽量級にクラス分けされる。


基本的には脚部の大きさを見ればどのクラスなのか判断可能だ。

脚部が大きければ重量級、小さければ軽量級といった具合。


 それぞれ武装や装甲値に振れるアニマ総量が異なるのだが、簡単に言えば防御力と機動力と火力のどれを優先するかという事となる。


重量級のエデンズは相手の攻撃を受けつつ、受けた以上の攻撃で以て相手を制圧する。搭載できる武装も多く、初心者におススメなのはこの重量級と言われている。

 軽快な機動こそ出来ないものの相手の全てを受け止めるプレイングはエデンズホルダーをして「紳士だな」と親しまれる程度には市民権を得ている……最近は幅を利かせ過ぎな気もするけど。


 反面、軽量級はエデンズの花形とも言われるほど軽快で派手な立ち回りが出来るものの、被弾時のダメージが大きく、立て続けにダメージを受け続けると強度に回すアニマと攻撃に回すアニマが一気に減少し敗北する、いわゆる「カトンボ」プレイを晒してしまう可能性がある。


 軽量級の中でも特に機動力に振ったエデンズは異様に装甲が薄く、数発攻撃が直撃するだけで当たり所が悪いと落ちてしまう事もあるほどだ。


ゲームセンターでの対戦でカトンボプレイをした初心者が重量級エデンズホルダーに肩を叩かれ優しく改宗を持ちかけられる場面を見かける事は少なくない。


 とにかく装甲が薄く、多くの武装を盛り込もうと思えばパーツ一つ一つを極限まで薄く削る必要があり、ラッキーパンチ一つで撃墜されるガラスドール。


 だが。


「んだよ、その動き!」


 軽量級を真に使いこなすエデンズホルダーは。

 端的に言ってバケモノだ。


 トーキョーの街を縦横無尽に飛び回る純白のエデンズ、レギオンを前に俺の神経は既に焼き切れそうなほど加熱している。

 軽量級の鋭すぎる加速はビル群と相性が悪いと思いきや、レギオンの壁を蹴り加速する三次元的な動きは俺のマシンガンの薙ぎ払いを事もなく避けていき、逆にレギオンの針の穴を通すような強化ライフルの一射が俺のアニマを大きく削っていく。


 照準が合ったと思えばズレていく感覚。これがオンライン対戦だとすれば不正を疑いかねないほど当たらない! 

 首一つ動かせば理論上は銃弾を避ける事も可能とはいえ、実際にそう避ける奴がいるか!


 レギオンの動きは今まで戦ったどのエデンズホルダーよりも華麗で苛烈。まるで白い雷が駆け抜けていくかのよう。

 ブレードレーダーから絶えず送られてくるレギオンの位置情報は目まぐるしく変わり続け、一瞬でも気を抜けば見失ってしまうほどに速い。


「う」


 接近と離脱、この緩急が頭では理解出来ても対処しきれない。マシンガンとライフルのダブルトリガーによる射撃が僅かに当たる程度とは尋常な技術じゃあない。こんなのに付き合っていたらアニマの前に俺の神経が持たないぞ。


「……、……っ」


 いや、いくら何でも速すぎる。

 マグノリアを通して、リンクスを通してレギオンの全ての挙動を観察。目まぐるしく視線を動かしながらその速さの理由を探り――。


「あ、れか」


 あのレギオン、背部の遠隔兵装を使わないのは舐めプではなく、遠隔兵装の移動用スラスターを本体に取り付けたまま使用しているのか! 瞬間的な加速に加えて変態的な小刻みな微調整こなすエデンズステップ、ちょっと正攻法では捉えられそうもない。


どうする。どうする!


「……カット」


 近接信管ミサイルのオートロックを解除するために補助デバイスを数度タップ。精神接続で全ての操作は可能なものの、こういった細かな調整は補助デバイスでやる方が確実だ。


「行け」


 連射したミサイルの内、一つだけ誘導を切り、悟られぬようにライフルとマシンガンで誘い込む。すると。


ドッッ!


「よし」


 六連射したミサイルの内一つ、誘導を切った一発だけが直撃した。


 中量級にも関わらず重量級の如く足を止めて、カウンターを喰らう覚悟でミサイルとマシンガンとライフルによる偏差射撃を行った甲斐があった。


「――――」


 一瞬、マグノリアの視線越しにイケメンと目が合う。驚いてるのか、それとも……。


 バビュンッと猛烈な加速でレギオンが射程から外れていく。


 追撃したい所だが全ての火器類がリロード状態に移行。


 「はぁっ、はぁっ」


現実・・の俺の足がふらつき、踏ん張る。

こちらも一度呼吸を整えないと。


エデンズの操作は実際の肉体を動かす以上に繊細なコントロールが必要となる。

そういう意味ではレギオンの撤退はクレバーだった。


軽量級の場合些細なダメージが原因で行動に支障が出る場合がある。焦って近接戦に切り替えてくれれば付け入る隙もあったかもしれないが、やはり一筋縄ではいかない相手だ。


「ふぅ」


 ともかく、どうにか一発直撃。だが。


「アニマ、560。相手、1200」


 ミサイルの直撃で想像以上のダメージを稼いだけれど、このまま続ければ結果は明白。今の攻撃も二度目は通じないだろう。


多分、そういう相手だ。


 さっきは瞬間的な思い付きが当たってくれたけど、次は、次はどうする……?


 レギオンが後退したのに合わせてビルの隙間に潜り、ぴょんぴょんと移動していく。

 中量級はいわゆる器用貧乏で、長時間の空中移動も出来なければ重量級ほど耐久性もない。よって基本的には常にぴょんぴょんと地を跳ね機動力を出しつつ細かくダメージを稼ぐ事になるのだが。


 これを「可愛いウサギさんだね」と揶揄される事もあり、開き直ってうさ耳エデ

ンズを作る者も居たりする。


 シュイン、ガシャ、シュイン、ガシャ。


 移動音が響く。


 ま。何を言われようと俺には昔から続けているこの派手さも無ければ代り映えもしない堅実なプレイングが性に合っている。


 けれど、このままでは勝てないのも事実。


 弾丸はアニマを消費して生成されリロードされる。火力の高い武器ほど多くアニマを消費する手前、あまりミサイルばかり撃ってもいられない。


 前もって武器枠を潰して補助弾倉を装備していればその限りでもないけど。現に先ほど消費した武装をオートリロードしてみればアニマが残り500を切ってしまった。


 これからはオートではなく数値を設定してからリロードしなければ自滅してしまう。レギオンとの高速戦闘に加えて繊細なアニマ管理まで求められるとは、状況は厳しい。


「すぅ、はぁ」


とはいえ相手の強化ライフル、あれも多くアニマを消費するはずだ。加えて異次元の高速戦闘、相手の集中力次第だがエデンズの操作負荷は確実にかかっているはず。

ミサイルの直撃も効いているはずだ。


あれほどの機動力と武装数。些細な一撃でも効くはず。というか効いてくれないと困る! 


イーブンとは言えないが勝ち筋は、まだあるはずだ。


「軽装に高火力武装、ロマンかよ」


 絶えず回り続ける思考から言葉が洩れ――。


 レーダーに僅かに映った小さな敵影に振り返る。


「やばっ」


 気づいた時には遅く、背後に迫っていた遠隔兵装の一撃が背中のブレードレーダーに直撃。


 本体への直撃は避けたもののレーダーは当たり所が悪かったのか環境情報の精度が著しく落ちている。


 遠隔兵装を持つ相手には特に有効なレーダーを潰されてしまった。


「くそ」


 油断だ。それに加えて消耗している。

 先ほどまでの戦闘の疲労が思考を鈍らせている。


 遠隔兵装を遠隔兵装として使うなんて、当たり前の話、当たり前の運用方法じゃないか。遠隔兵装を補助ブースターとして使っている方がおかしかったのに。


 咄嗟の判断でマシンガンを背後に撃ちながら遠隔兵装の逃げ道を減らし、ジグザグに壁を蹴りつつ急速後退し遠隔兵装に体当たり。


 どうにか射線を逸らし被弾をせず、そのままビルに押し付ける事で遠隔兵装の破壊に成功。

 パキッ、と薄いプラスチックが割れる音からしてもやはり随分と薄い装甲らしい。


 アニマでコーティングされたエデンズはプラスチック以上の硬度を一時的に得るが割れる時は一瞬だ。パーツを破損させた時に僅かに罪悪感が過ぎるが、それはそれ。エデンズホルダーであれば互いに覚悟済みの事。


 割れた遠隔兵装が目に映る。


 遠隔兵装、エデンズ・コンフリクト第二世代から実装された思考制御型の武装で一対多の状況を作り出せる、使うには難しく使われると大変なユニットだが。オート操縦にしろマニュアル操縦にしろ意識さえしていれば処理はそこまで難しくはない。


と、一瞬の安堵を狙いすましたように。


――ヒュンッヒュンッ!


ビルの屋上より高い上空から弾幕が降り注ぐ。


「当たるかよ」


 こちらとの距離が離れているからか強化ライフルに加えて、先ほどまで背中に背負っていた遠隔ユニットが展開しており、俺は悠然と浮かぶレギオンの姿をはっきりと捉えた。


銃口が俺を捉え、逃げ道を塞ぐような掃射が始まる。

あの機動力の高さを脅威と見てビルの隙間に入ったものの、強化ライフルの長射程もやはり怖い。

 ミサイルでの反撃――駄目だ。ビルの隙間という閉鎖空間じゃ撃ったところで容易く撃墜される。ライフル、マシンガン、とりあえずもう撃ってる! 


 とりあえず、このビルの隙間から出なければ――――待て。

 

 思考が加速する。


 今、ライフルの射撃によって遠隔兵装を一機撃墜。

 先ほど押しつぶしたものを含めて二機。上に浮いているのは二機。


 数が合わない。ビルの角が迫る。

 間も無く開けた道路に出て。


 そして。


「ぐっ」


 どうする。

 道路に飛び出ればきっと遠隔兵装が待ち受けている、右か左、どちらにあるのかさえ分かればやりようもあるけれど、残念ながらレーダーが破損してしまっている。

 だがここで急停止すれば頭上から強化ライフルの一撃が飛んでくる。

 強化ライフルは大型で両手を塞ぐ武装、リロードがやや長いが通常よりも多くアニマを消費して大火力の弾丸を生成する事が出来る。

 間違いないく止まった瞬間に致命的な一撃が放たれる。

 どうする。


 どうする。


 どう――。


 ドンッッ。


 頭上より放たれた弾丸が俺の右足を砕き、バランスを崩しながら苦し紛れに放ったライフルによる射撃はレギオンの胸部に一発当たるも以降は周囲の遠隔兵装に阻まれ……。

 流星の如く急降下したレギオンの強化ライフルの砲身が、俺の、マグノリアの腹を貫いた。


・・・


「グァッ、はぁっはぁっ」


〈機体ダメージ甚大、接続、維持出来ません〉


脳が揺れるような衝撃と共に強制的に精神接続が解除され、カットしきれなかった機体ダメージのフィードバックによりポタリと鼻血が垂れる。


「うっ、く」


ここまでやられた事なんて、初めてだ。



『激戦を、制したのはー!! レギオンッ、貴崎、ウィリアムだあああ!』



 歓声が遠くに聞こえる。


 実況の男が勝者を称える。


 貴崎ウィリアム。

 ホルダーネームにしては普通というか、もしかしてあのイケメン、本名で参戦してたのか……。


 ふらつく足元。補助デバイスを握る手からも力が抜けていき、エデンズから戻って来た視界に大破したマグノリアが映る。


 ああ、そっか。負けたのか。


 グッと握り込まれ、高々と掲げられた貴崎の拳を眺め――。

 

 俺は意識を手放した。

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