美少女プラモで戦う俺を人は楽園の守護者と呼ぶ

光川

プロローグ 『エデンズ・コンフリクト』

 

 月に街があるんだって――。


 集中力を切らしている場合ではないというのに、小学生の頃に聞いた言葉が脳裏に過ぎる。ドクドクと心臓に血液が集まっているからか、手足の感覚が遠く、周囲の盛り上がりに当てられて目眩がする。


けれど。


遥か遠く輝く白銀の月に目を奪われると、不思議と緊張で冷え切っていた指先が温かくなった気がした。


 まるで魔法だ。


 そう思ってしまった自分に苦笑する。

 占いとか神頼みとかあやふやなものに縋る人の気持ちなんて理解出来なかったけれど。

 今は、そのあやふやに心が安らぐ。


 ああ。もう、大丈夫。


 右手に握りしめた1/12スケールの人型プラモデル【エデンズ】を見つめる。

月の光なんて小さな輝きじゃない、俺だけを照らす光がここにある。


 俺にとっては。エデンズこそが、魔法に他ならない。


 ・・・


『――さあ! 今宵、月光が照らす摩天楼にてチャンピオンが決まるぅう! リムバスを縦横無尽に駆け巡る純白のレギオンか、堅実な攻撃を繰り出すマグノリアか! 栄光あるエデンズ・コンフリクト、3rdシーズンファイナルラウンドの王冠を得るのはどちらだ!!』


 実況の男がギャラリーを煽れば歓声が響き渡る。


 頼むから盛り上げ過ぎないでくれ。「行け、クレハ!」と誰とも知らない観客に背中を叩かれ一歩ずつ前へ進む。


 エデンズ・コンフリクト。


 エデンズ同士の戦いは常に一対一。いざ勝負の舞台に立てば一切の逃げ場はなく、身体の中で緊張と高揚がごちゃ混ぜになる。


「……落ち着け、アニマに響くぞ」


 自分に言い聞かせながら進む。


 新宿アバンギャルド。高層ビルの屋上に設置された五メートル四方の決戦フィールド【リムバス】こそがエデンズを躍らせる最高の舞台。


 首とこめかみに装着した伝達機【リンクス】を通してエデンズと精神接続を行い、リムバス内に満ちた精神感応物質【アニマ】に干渉する事で現実へ影響を及ぼす【エフェクト】を発生させ攻撃を行う――。


 原理は単純。舞台は違ってもやる事は普段と変わらない。


あとはエデンズへの理解とエデンズの構築と組み立て完成度と操作技術。そして情熱が、ロマンが勝敗を分ける。


「いつも通り、いつも通り」


 言い聞かせるように呟き、息を吐きだす。


 リムバスのフィールド設定は【トーキョー】

 ビル群の中での立体機動は繊細な操作技術が求められる。


 1/12スケールに縮められたトーキョーの一角は四車線の道路と立ち並ぶビル、裏路地さえも再現されており、遮蔽物として利用できる車の完成度も決勝の舞台に相応しい。


 腰に取り付けたホルダーからエデンズ『マグノリア』を取り出し、リムバスのエントリーゲージへ装填。

 中量級機体のマグノリア、その装備を最後に反芻する。


 右手にアサルトライフル、左手にマシンガン。背部ユニット右側に近接信管六連ミサイル、左側にブレードレーダー。太もも部分にナイフが二本。もう少し装備を積めるものの移動速度を優先。中量級機体にしては軽快に動いてくれるアセンブリに仕上げた。


 装備した兵装はオーソドックスなだけに信頼性が高い。


 繊細な操作感覚のエデンズは下手に複雑な兵装を積んでしまうと基本動作が疎かになってしまう。本体であるマグノリアは市販のエデンズ【ヴィクトリア】に手を加えたメイド風のボディ、スカートの中にはスラスターが三基設置されており外見を損なわず可愛い。


現状、俺に出来る最高の組み合わせ。

メイドに重火器、このビジュアル最強の組み合わせで負けたら俺はとんだ無能だ。


「ふぅ」


息を整え最後にエントリーゲージに入れたマグノリアを見下ろせば、クリアー塗料で保護してからコンパウンドで磨いた瞳パーツがキラリと光る。やっぱり瞳を別パーツにしたのは正解だったな!


「行くぞ、マグノリア」


 リンクスとマグノリアを精神接続コネクト


一瞬意識が揺らぎ――俺とマグノリアは繋がった。


 エントリーゲージ近くに設置された操縦桿を思わせる二本の補助デバイスを握り、呼吸を整える。


〈疑似視覚情報、取得〉

〈疑似身体情報、取得〉

〈アニマ情報構築。詳細設定、導入〉

〈システムスタンバイモードへ移行〉


 3rdレギュレーションに則り内蔵兵装を省略した分、強度に費やせるアニマが増えた。

エデンズの体力、強度であり可動エネルギー、弾薬費でもあるアニマの総量は1000+アルファ。

 アニマへの影響力、干渉力はプレイヤーの精神状況に応じて増減し測定される。俺の場合の+アルファは平均500程度だが。


「……はぁ」


 自身の不甲斐なさにため息が漏れる。


 リムバスの小型モニターに表示されたアニマ総量は1250。俺ともあろうものが普段の半分程度。つまり普段の倍は緊張してるって事だ。


 半面、相手の男はアニマ総量――2000。


「すご……」


 滅多に見る事のない『壁越え』だ。アニマ総量2000なんてよっぽどコンディションがいいのか本番に強いのか、そのどちらもか。


 リムバスの向かい側に立つ対戦相手を一瞥すれば、立っていたのはスラリとしたイケメン。


 人生って奴は不平等だ。

 どこへ行ったって自分より優れたヤツが目に映る。


 というか、イケメンがわざわざ美少女プラモなんかにハマってるんじゃねえ! なんだそのエデンズ、めっちゃ出来が良いな!


 マグノリアと同期した視界には相手のエデンズ『レギオン』が映る。

 純白の機体、両手持ちの強化ライフルと背部に六機搭載された長方形の遠隔兵装。


 レギオン、その名の通り単騎でありながら軍勢を率いているというわけだ。


 触れれば折れてしまいそうな繊細なボディは芸術品のようで、思わず見惚れてしまうほど。


 相手にとって不足なし、だ。


「……う」

 

 口から弱気が漏れる。


 いや正直、過分に強敵、もっと簡単にトロフィーを貰いたかった。昔からこうだ、重要な場面ほど、大事な時ほど取り逃してしまう。


「でも」


 運が悪い、頭が悪い、見た目、環境。

 そんな不条理に嘆く事は誰だってあるけれど――。


 今、この場所で、アニマ総量が勝敗を分ける訳じゃない。

 全ての決定権は、この戦場に立つ俺が握っている。俺次第で、全て覆る。

 

 今度こそ――掴むんだ。


 それに。

 相手がアニマだけじゃないって事は一目見ればわかる。

 敬意を持って、相対するべき相手だ。


 あの男はこの瞬間の為にパーツを磨き、重量バランスを考え、ビジュアルをとるか機能性をとるか悩み、そして自分自身のコンディションを万全に整えてきたはずだ。


 エデンズホルダー。


 誰が言い出したのか、いつからか俺達は自身をそう呼称した。

 そして。エデンズホルダーには守らなければならないルールがある。


「――相手と」

「相手のエデンズへの敬意を胸に」


 俺とイケメンが今大会のスローガンを口にする。


「己がエデンズが最も優れていると、ここに証明する」


 俺達二人の声が重なり――試合が始まった。


 

 

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