眠り

 あの時の真実を客観的視点から分析し理解した瞬間、私は彼の命を奪った存在を殺そうとした。何が何でも許せなかったが、その前にやる事があった。

 彼の詩をせめて世に出して皆の目にとまるように努力した。

 そして、時が流れてまた私は、祖国そして詩を守るために一度脱いだ軍服に袖を通したのだ。



 双眼鏡で覗く先に、かつては無かった破壊的な鉄の騎士が進行してくるのが見え、無数の歩兵が後ろに続いていた。


「どうにか戦車をやり過ごす。それから歩兵を減らし、混乱させた所で消える」

「了解しました、指揮官」


 若者が軽機関銃を構えて深呼吸をしていた。

 戦車長が顔をこちらに向けてすぐに別の場所へ視線を移した。そう言って差し支えないのであれば今いる隠蔽壕はその効果をしっかりと発揮していた。他も同様に見つかっていない、私の指示を守って先んじて射撃を行ってもいない。

 戦車が過ぎて歩兵の列。ゆっくりと銃を構え、


「撃て」


 若者と私は引き金を引いた。銃声が2つ廃墟に響き、他の場所からも幾つもけたたましい音を立て始める。

 さすがの敵も隠蔽壕に気づき、反撃を始める。銃弾がかすめて後ろの石材を粉々に粉砕した。後頭部を叩く細かな石片を気にも止めず、恐ろしいまでに冷静な判断はその弾丸を放った敵に銃口を向けて相手を倒した。数多の銃弾にも怯まずに私は銃を撃つ。

 命の危機に人は驚異的な力を発揮する。決してありえないと思える力を発揮する時があるという。

 今、私はそのある種の目の冴え渡った状態で一発の銃弾も外していない。

 死が近づくほど私はより集中を深めた。これまでに無いほどに。

 機関銃を撃っていた兵士が射撃を止め、そちらを向くと銃にもたれかかって死んでいた。すぐさま装填手を掴む。


「十分だ」


 目の前で同年代の青年が死んだ事に狼狽する兵士を引きずって下がろうとした時、私は撃たれた。

 そして、兵士も撃たれてバタリと動かなくなった。

 肩に馴染み深い痛みが広がっていく。入り口から聞こえた音に瞬時に反応した私は敵の胸に銃弾を放つが、自分も胸に銃弾を受けてしまう。

 周りからは見知らぬ、しかし、いつしか母国語と同じくらいに耳にするようになった言語が聞こえる。実に耳障りな音で不愉快な音であった。

 壁にもたれかかって近づく敵の足音を聞く。

 遂に最後が訪れたと私は理解した。動物的本能だろうか、これは確定した事項と確信した。


 しかし、私にはまだやらなければならない事がある。何十年も前にやり残した事が。

 ルッツの命を奪った者を殺さなければならなかった。

 薬室に弾があるのを確認し、胸ポケットに入ったボロボロで今しがた血で濡れた紙を広げる。

 詩だった。守護騎士を題材にした。彼の安堵感や信頼が伝わってくる。

 しかし、その騎士に彼は討たれた。

 兵士であり芸術家であったルッツを殺した者への鉄槌を今、下そう。

 私はこめかみに銃口を当て、引き金にかかった指を躊躇いなく引き絞った。

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塹壕に眠れ JUGULARRHAGE @jaguarhage

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