第3章

憎悪の始まり

「姉ちゃん、何で死んじゃったんだよ……」

 恭弥は姉の遺品を整理していた。

 姉の死後、二年が経っていた。遺品を整理しようと思い立った特別な理由はなかった。ただ何となく行動に移しただけだった。

 両親は、姉の部屋にいっさい寄りつこうとしなかった。姉の死後、両親はそれなりに打ちひしがれていたが、彼らは娘の死よりも、世間の目のほうが気になっていたようだ。そのため、姉に対して憤るような発言もたびたび発していた。姉を気遣う言葉は一言もなかった。

 恭弥はそんな両親に幻滅していたが、田舎に住む大人たちは、誰もが似たり寄ったりなのだろうと思った。彼らは何よりも世間の目を気にするのだ。

 姉の衣服を段ボール箱にていねいに詰め込んでいく。あとでリサイクルショップに持っていくのだ。二束三文にしかならないだろうが、捨ててしまうよりかは、人手に渡って再利用されたほうがいいと思った。

 箪笥たんすに仕舞われていた服は予想以上に多かった。姉は物を捨てられない性質たちだったから、小学生のときに着ていた服も出てきた。そういうのを見ると、懐かしくて自然と目頭が熱くなってしまう。

 リサイクルできない下着類などは、処分するためにポリ袋に詰めていく。姉の下着であっても、彼女がしていた仕事を思うと、なぜか穢らわしいもののように感じてしまう。きっと、ああいう仕事を選んだのも、姉なりの事情があったのだろうが、どうしても姉の行為を正当化できず、怒りを覚えてしまう。

 恭弥は姉と同じ高校に通っていたことから、姉の自死のせいで、一時期周囲から奇異な視線を向けられるようになった。いじめにまでは発展しなかったが、それでもそのころは学校生活が苦になったのは事実だった。

 とはいえ、恭弥は姉を慕っていたから、心から憎むようなことはなかった。それでも風俗で働いていたことは今でも消化できずにいた。止むを得ない事情があったのかもしれないが、それがわからずときおり悶々とした気持ちになり、いまだに眠れない夜があった。


 遺品の整理は、姉との想い出に浸りながら行っていたため、遅々として進まなかった。洋服類の片づけが一段落し、恭弥は小休憩とばかりに姉の部屋のベッドに横になった。

 姉は今ごろどこにいるのだろうかと考える。天国の存在はあまりにもファンタジーすぎて現実感がなかった。校舎の屋上から飛び降りて死んだわけだから、いまだ成仏できずに学校に留まっているのだろうか。それとも、死んだ瞬間に無に帰してしまったのだろうか。いつも考えは堂々巡りをして、答えには行き着かない。きっと、自分が死ぬまでは、一生答えは見つからないのだろうと思った。

 夢想に耽っている中、突然ふと、何かが脳裏をよぎった。明確なメッセージを伴ったものではなかったが、自然と体が動き出していた。恭弥は姉の机に歩み寄ると、下の大きな引き出しを開けた。雑多なプリント用紙などが詰まっているだけで気になるものは何もなかった。次にその上の引き出しを開けるが、中身は下の大きな引き出しと似たり寄ったりだった。最後にいちばん上の引き出しに手をかける。ところがその引き出しには鍵が掛かっていた。

 どこかに鍵がないか机の上や他の引き出しなどを探るが鍵は見当たらなかった。仕方なく、階下から工具箱を取って戻ってきて、バールを使って強引にこじ開けた。引き出しは損壊したが、文句を言う持ち主はもうこの世には存在しない——。

 中には同じ種類のノートが数冊入っていた。恭弥は、いちばん上に乗っていたピンク色の表紙のノートを取り出して中身を開いてみる。すぐにそれが日記帳だとわかる。日付が記されていたからだ。

 パラパラとめくってみて、すぐに震えが走った。筆跡が尋常でないほど、悪意に充ちていたからだ。

「何だよ、これ……」

 日記が記された最後のページを見ると、姉が自殺をした前日に書かれたものであることがわかった。読み始めてすぐに驚愕した。それは日記というよりも、恨みつらみを綴ったデスノートに近いものだった。恭弥は震えが止まらなくなった。

 引き出しからすべての日記を取り出して、いちばん古い日付のものから順を追って読んでいった。平穏だったころのページは斜め読みをして先を急いだ。しばらく読み進めていくと、姉にとってのXデイとでもいうべきページにたどり着く。ここではじめて、〝本田奈央〟という名前が出てきた。そこからは、一文字も読み落とすことなく一心不乱に読み進めていった。

 読み終えたころには、部屋の中がだいぶ薄暗くなっていた。時間を確認する。二時間近く、姉の日記に没頭していたようだ。

 数冊の日記を読み終え、姉の自殺の原因がはっきりした。姉が不純な動機から風俗で働き出したのではないことがわかり、胸のつかえが取れたような気がした。同時に、姉を苦しめた者たちに対する憎悪が腹の底から湧き上がってきた。

「姉ちゃん……。ぼくが代わりに復讐してあげるよ——」



       *  *  *



「すべての元凶はこの女だ」

 恭弥は、本田奈央の顔写真を指差して言った。

 自室の壁に掛けたコルクボードには、本田奈央の顔写真が中央に貼られていた。その周りを、姉に危害を加えた人物たちの名前が書かれた五センチ四方のポストイットが並ぶ。

 本田奈央の顔写真は、姉の中学時代の卒業アルバムに載っていたものをスマホのカメラで撮って、それをプリントアウトしたものだ。写真のない者たちは、ポストイットに名前を書いたもので代用していた。本田奈央以外に写真があるのは、川崎翔太だった。この男は姉をレイプした主犯格だが、この男も姉と同じ中学に通っていたため、中学の卒業アルバムから顔写真を入手することができた。

「だからリソースの大半は、この女に割く予定でいる。他は、おまけみたいなものだ。だから他のやつらは、そんな凝った演出はいらないと思う」

 恭弥の説明に、マコが真剣な表情で聞き入ってくれていた。聴衆は彼女一人だった。

 赤城マコ——同じ中学校出身の同級生だ。高校は別々だったが、中学の三年生のときから親しくしていた。友だち以上恋人未満という感じの関係だった。彼女に姉の日記を読ませたら、彼女のほうから復讐を手伝いたいと言われ、協力を仰ぐことにしたのだ。

「こいつには、まずはしばらく、姉ちゃんの霊に怯えてもらう」

「うん」

「本格的な復讐はそれからだ」

 マコが聞いてきた。

「本格的な復讐って?」

「姉ちゃんと同じように、地獄を見てもらうんだ」

 よっぽど恐い顔をしていたのか、マコが少し怯えた表情を見せた。

 恭弥は意識して表情を和らげると説明を続けた。

「本格的に動き出すのは、雅さんを仲間に引き込むことができてからだ。そしたらぼくは、東京に移り住むことにする」

「あたしも東京の専門に行く予定だから、すぐにいっしょに暮らせると思うよ」

 生活費を抑えるために、東京ではルームシェアをする約束をしていた。マコからの提案だったが、資金が潤沢にあるわけではないから願ったり叶ったりの提案だった。

 恭弥はコルクボードを眺めた。


 本田奈央(顔写真)

 川崎翔太(顔写真)

 川崎翔太の仲間1(ポストイット)

 川崎翔太の仲間2(ポストイット)

 吉野リサ・同級生(ポストイット)

 小島・風俗店店長(ポストイット)

 片岡・中学の先輩(ポストイット)


 雅達也・協力者候補(ポストイット)


 コルクボードに貼ると、全体像が容易に把握できた。

 彼ら全員への復讐が目標だった。期限も定めてあった。自分が成人を迎えるまでに、すべての復讐を成し遂げる。人は期限を定めると集中力が俄然増すという。実際にその通りだと思った。与えられた期間は三年。その間にすべての復讐を終えるつもりでいた。

 大学への進学は、姉への復讐を優先するためにあきらめた。放任主義だった両親は、とくに反対することもなかった。放任主義と言えば聞こえはよかったが、要は子どもたちにあまり関心がなかったのだ。姉が自死した原因も、そんなところにあったのかもしれない。そう思うと、両親に対する憤りを隠せなかった。

 復讐を終えたら、大学に進むか、もしくはそのまま職を探すか、どちらかになるだろう。とにかく、地元にいる間に、本田奈央以外の者たちの復讐を終える予定だった。

 復讐は風俗店の店長、小島から始めることにした。

 最初の復讐に小島を選んだ理由は、自分との関係性がいちばん遠いことが挙げられた。警察の捜査がこちらにまで及びにくいだろうと判断したのだ。

「マコ。まずはこの小島って男からはじめる。どういった復讐にするかはこれから考えるけど、マコの力が必要になったら声をかけるから、そのときはよろしく頼むよ」

「うん。何でも言ってね」



       *  *  *



 恭弥はさっそく行動に移った。

 授業を終えて自宅に戻ると、まずは仮眠をとった。スマホのアラームは午後の七時にセットしてあったが、ベッドに入ってから二時間ほどで目が覚めてしまい、そのまま横になっていても寝つけなかったので眠ることをあきらめた。

 まだ午後の六時だった。夕飯の支度はまだできていないようだったので、それまで参考書に向かうことにした。

 高校では常に学年で十番以内の成績をキープしていた。中学時代から勉強は好きだったから毎日の予習復習も苦にならなかった。死んだ姉も同様に成績がよかった。何事もなければ、未来は明るかったに違いない。恭弥は参考書に向かいながら、そんな前途有望な姉の未来を奪った者たちを決して許すまいと思った。

 夕食を食べてから風呂に入って、部屋着ではなくパーカーを着てチノパンを穿いた。上下ともに黒だ。目的地に向かうにはまだだいぶ早く、食事後で少し眠くなっていたから、もう一度仮眠をとることにした。今度は三十分ほどで目が覚めた。時間になるまで再び参考書に向かうことにした。

 十一時になったところで、恭弥は目的地に向かうことにした。夜に出かけても両親が咎めてくることはなかった。学校の成績が優秀ならそれでいいのだろう。パーカーのフードを被り、さらに念のためマスクをして行くことにした。スクーターで十分ほどの距離だったが、少し興奮していたため、体感としては二、三分くらいに感じられた。

 風俗店は薄汚れた雑居ビルの中に入っていた。陰気くさい空気が漂っているビルだった。一階がラーメン屋になっており、他の階は、風俗店やガールズバーが入っている様子だ。

 昨夜、風俗店のホームページで、店が十二時に終わることを確認していた。ここであと一時間は待つことになるが、誰もこちらに関心を払う様子はなかったので安心して立っていられた。

 姉の日記によると、小島は痩せ型で不健康そうな男のようだ。風貌に関するそれ以上の情報はなかった。ビルの出口を見張っていると、客らしき男が出てきた。完全に私服のため、店の従業員ではないはずだ。すぐにまた、四十代くらいの客らしきスーツ姿の男が出てきた。その五分後に、青いTシャツと短パン姿の筋肉質の男が出てきた。閉店時間までまだ時間があったから、しばらくは出てくるのは客だけだろうと思った。

 夜の十二時を過ぎたころには、人の出入りが極端に少なくなった。十二時半ごろまでに、客らしき男たちが数人出てきた。みな、恭弥が見張りを始めてからビルに入っていった男たちだった。

 十二時四十五分ごろになって、一台の黒いワンボックスカー車がビルの前に止まった。しばらくして、風俗嬢らしき女たちが四人ほどビルから出てきて車に乗り込んでいった。すぐにワンボックスカー車はビルから離れていった。

 ビルを見張って二時間近くが経とうとしていた。もうすぐ深夜の一時になる。少し前に、黒いスーツの男が二人出てきたが、一人はかなりの肥満体で、もう一人はスポーツでもやっていそうな筋肉質の男だった。二人とも店の従業員だろうが、店長の小島ではないはずだった。

 体が冷え込んできていた。もうちょっと厚着をしてくればよかったと後悔した。寒さに震えて待っていると、小島らしき男がビルから出てきた。痩せ型で三十代半ば。少し猫背気味で、派手な柄のシャツを着ている。やさぐれた感じは、風俗店の店長という呼び名にぴったりの感じがした。恭弥は彼が小島だと確信した。

 小島と思しき男は煙草に火を点けて歩いていく。

 恭弥はパーカーのフードを目深に被り、小島のあとをスクーターを押しながらつけていく。

 前を歩く小島は、大通りでタクシーを拾った。恭弥はすぐにスクーターのエンジンをかけてタクシーのあとを追った。

 十分ほどでタクシーは、とあるマンションの前で止まる。小島と思しき男がタクシーから降りて、マンションに入っていく。

 オートロックも付いていない古びたマンションだった。

 恭弥は時間を確認する。腕時計のデジタル表示は、01:17となっていた。それをスマホですばやく撮影する。

 恭弥はスクーターから降りると、マンションに向かった。小島と思しき男が乗ったと思われるエレベーターが上昇していた。昇降ボタンの上に表示されている数字が、「4」、「5」、「6」と変化していき、「7」で止まった。恭弥は、「7」という表示もスマホで撮影した。

 集合ボストで7階の住人を調べる。名前がついていないポストも多かったが、707号室に、「小島」という札がついていた。やはり、目的の人物で間違いはなさそうだった。興奮して思わずガッツポーズを作ってしまう。恭弥は集合ポストもスマホで撮った。

 恭弥は昇降ボタンを押してエレベーターを呼ぶ。降りてきたエレベーターに乗り込み、7階に上がる。エレベーターの上部に目を向けるが、やはり古い建物だけあって監視カメラは付いていなかった。

 7階で降りると、薄暗い廊下を足音を立てずに進んでいく。707号室の前を立ち止まらずに通り過ぎる。通り過ぎる際にさっと目を向けると、「小島」という表札が確認できた。

 あまり長居するのもまずいので、すぐに降りることにする。少しでもこのマンションを把握しておきたいという思いから、今度は非常階段を使うことにした。

 階下に降り立つと、恭弥はマンションから離れて、建物の外観を撮影した。次に、電柱に掲示されている住所をスマホで撮影した。

 エントランス周辺もスマホに収めてから、軽く周囲を観察する。エントランスの周りには植木が配されており、身を隠すのにちょうどよかった。これを見て、すぐにプランは固まった

「そろそろ帰るか」

 時間が時間なので、不審者として通報されても厄介だ。恭弥はスクーターに乗ると、その場を離れていった。



       *  *  *



 深夜の一時ちょっと前に、小島が雑居ビルから出てきた。先日と同じように派手な柄のシャツを着ていた。

 小島が出てくるのを確認するなり、恭弥はエンジンを掛けてスクーターを走らせた。彼よりも早くマンションに着く必要があるからだ。この調子なら、五分くらい早く着けるはずだ。

 十分弱で、小島が住むマンションに着いた。スクーターを少し離れた場所に止めて、マンションまで戻ってきてエントランス横の生け垣に身を隠す。ちなみにスクーターのナンバープレートは、スクラップ置き場から拝借してきたものを両面テープで貼りつけたものだ。これでナンバーをもとに捜査されても、自分にたどり着く可能性は低いだろうと思われた。

 外から完全に見えない位置に陣取ると、恭弥は飛び出し式の警棒を強く振って引き伸ばす。警棒は七十センチくらいの長さになった。先日ネットで購入したものだ。

 前回の反省をもとに、今日はいちばん上のパーカーの下に少し厚着をしてきていた。

 小島を待ちながら恭弥は、姉の日記に書かれていた内容を思い起こす。

 煙草くさい口で唇を奪われ、研修と称して男性器をしゃぶらされ、女性器に指を突っ込まれた。だがそこまでは仕事だから仕方がないという思いがあったようで、姉は事実を列挙するだけで、小島に対して嫌悪感はつづられこそすれ、憎しみはつづられてはいなかった。しかし、必要なだけの金が貯まり、目的を達した姉が退職を願い出たというのに、小島は姉の要望を拒否して、無理やり働かせ続けた。むろん、風俗店を経営することは悪いことではないだろうが、働きたくない者を無理やり働かせるのは有罪なはずで、しかも、姉はまだ未成年だったのだ。そんな姉を食い物にした小島を絶対に許すわけにはいかなかった。

「姉ちゃん、今からあいつを懲らしめてやるからね——」


 それほど待たずにマンションのエントランスにタクシーが乗りつけた。タイミング的に小島だろうと予測して恭弥は前に少し進み出た。ところが、降りてきたのはOL風の三十代くらいの女だった。女は小島が住むマンションの住人のようで、まっすぐこちらに向かってきた。恭弥は生け垣の奥にさっと退いた。

 その後、一時間近く経っても、小島は現れなかった。どうやら、どこかに寄り道でもしているようだ。飲みにでも行っているのかもしれない。まっすぐ家に戻ってくると思い込んでいたために、自分の考えの甘さを呪った。

 喉が乾いてきたため、道路沿いの自販機でホットの缶コーヒーを購入した。缶コーヒーをちびちびと飲みながら小島の到着を待つ。時間が時間なだけにかなり冷え込んできていたが、厚着をしてきたことが功を奏して耐え難いほどではなかった。途中、尿意を催して、生け垣で用を足した。立ち小便など、小学生のとき以来のことだった。さらに一時間が経過して、ようやく一台のタクシーがマンションの前に止まった。小島であれと願いながら生け垣から覗いていると、期待通り、小島がタクシーの後部座席から降りる姿が見えた。だいぶ酔っている様子だ。あれなら仕事がやりやすいと思った。どうやら、長く待った甲斐があったようだ。

 小島はどことなく肩で風を切るような感じでエントランスに向かってくる。右手にはスマホを握っていた。恭弥は足音を殺しながら、ゆっくりと生け垣の外に身を乗り出す。

 慎重に足音を殺しながら背後から忍び寄る。相手はスマホに夢中で全然気づいていない。小島は照明の点いた短い廊下を進んで、突き当たりのエレベーターに向かっていく。

 小島がエレベーターの昇降ボタンを押した。そのときには警棒の射程距離まで近づいていた。そしてエレベーターが一階に到着して扉が開き始めたところで、恭弥は高々と掲げた警棒を振り下ろした。

 警棒は見事に小島の右側頭部を直撃した。乾いた音が鳴る。右手に充分な手応えを感じ取る。小島が気絶したかのように、体をぐにゃりとさせながら崩れ落ちていく。恭弥は間髪入れずに身をかがめて、二発目、三発目を頭に叩き込んでいく。相手がぐったりして反撃してこないことがわかると、今度は背中や腰めがけて警棒を振り下ろしていく。

 しばらく容赦なく警棒の雨を降らせていく。この間、姉の霊に取り憑かれているような気がした。こちらの体を姉が奪って、小島に憎しみをぶつけているかのように感じられた。

 叩き疲れてようやく恭弥は攻撃の手を止めた。鉛が入ったかのように右腕が重く感じられた。心臓も激しく鼓動している。

 見下ろすと、小島の頭部は血に塗れてべっとりとしていた。彼の背中が呼吸に合わせて動いていたから死んではいないようだ。しかし重傷を負ったのは間違いなかった。全治数か月といったところか。死にはしないだろうが、今は虫の息といった感じだ。

 本当はこのまま殴り殺してやりたかったが、殺人事件になってしまってはまずい。警察が本気で動き出してしまうからだ。そうなれば、逮捕される可能性が高くなってしまう。警察に捕まることを過度に恐れているわけではなかったが、すべての復讐を終えるまでは捕まるわけにはいかなかった。

 恭弥は、変わり果てた小島の姿を見下ろすと言った。

「まずは一人目——、完了っと」

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