第15話 行動

 「約束までは後30分はあるな」

 学校についた僕はそう呟く。

 「靴箱は……大丈夫か」

 まあ、僕達は上履きを持って帰っているから実害はいまいち無い。

 「席も無事ならいいんだが」

 そう呟いて教室に向かうとなにやら人の気配がする。

 「…………何してるの?」

 雪野さんの席の前で突っ立ている少女に問いかける。

 今回は僕の机も見るも無残な状態になっている。

 「……おはようございます。出雲君」

 土の付いた手で油性ペンを持つ西念さんが乾いた笑顔を向ける。

 「こんな事だめだよ」

 「どうしてだめなの?」

 目が怖い西念さんは一切悪びれる様子はなくそう言い放つ。

 「……それは君が」

 君が一番分かっていること。と言いかけて止める。

 「……君がやられたら嫌だろう?」

 「だからやってるんだよ?」

 西念さんは、こいつは何を言っているのか?そんな表情で言い放つ。

 「それ本気で言ってるの?」

 「本気だよ」

 僕の怒気を含んだ声に怯むことなく言い放つ。

 「一つだけ聞く」

 僕は苛立つ気持ちを抑えて普段通りに声を発する。

 「雪野さんにテレパシーは送っていないよね?」

 「っ!?も、もちろん送ったに決まってます」

 理由は分からないが西念さんは若干引きつった表情で答える。

 「あ、あなたは!いじめられてきたんじゃないの!?」

 さらに大きく取り乱して叫ぶような声で聞かれる。

 「そんなことはどうだっていい!」

 価値のない僕のことなんかより問題は雪野さんのことだ。

 「君の中で雪野さんはどう見えてる?」

 「っあぁ、そ、それは」

 後ずさりする少女は言葉を詰まらせる。

 「早くしてもらってもいい?こんなものを雪野さんに生で見せるわけにいかない」

 なかなか言わない西念さんに苛立ちを隠せずに催促する。

 「常に人が近くにいて、笑ってて、ふ、不愉快なんです!」

 「ありがとう。教えてくれて」

 僕は感謝の言葉を口する。どうやら脅されているだけじゃないらしい。

 「っ!それ以上動いちゃだめ!」

 西念さんは雪野さんの机に向かう僕に叫びながら忠告する。

 「い、出雲君が悪いんだからね」

 そう口にしたかと思うと僕の頭の中に奇声が流れてくる。

 「まだマーキングの効果が残ってるんだ」

 僕は思った事口にする。

 「な、なんで止まらないの」

 頭を押さえる西念さんが驚いたような声を出す。

 「自分にも送られるのか」

 自分も苦しいのによくやるな。

 「まあいいや。まずは……」

 「い、出雲君!本当にダメ!」

 そんな忠告を無視して僕は鞄から諸々を取り出す。

 「…………ぇぃ」

 僕が作業をしようとすると西念さんは何かをボソッと言う。

 「先に土を処理しよ……う?」

 机から土を取り出そうすると視界が、グルん。と回った。

 「っあれ?っ!……誰だ!?」

 視界が元に戻ると雪野さんの席が遠くにある。それに両肩を誰かに押さえつけられている。

 「そのままにしておいて」

 遠くにいる西念さんは強気な声になって背後の人にそう言う。

 「用意周到だな」

 背後の人は僕より身長が高く絶対に抜け出せない程の圧倒的な力を感じる。

 「出雲君。こんな世界に希望があると思いますか?」

 西念さんに急に冷めた声でそう聞かれる。

 「今はそんなこと――」

 「いいから答えて!」

 今までの中で一番の大声が上がる。

 「……僕はあると信じている」

 答えないと話が進まない気がしたので答える。

 「そうですか。……でも、そんなものはないけどね!」

 西念さんは一度俯いた顔を狂気に染め上げる。

 「私が教えてあげる!」

 「っつ!」

 何かに染まったような声を上げたと思うと頭に奇声が流れる。

 「ぐ、あぁ。あああ」

 今までのとは比較にならない超音波のような音に膝を折って苦悶の声を出す。

 「あああぁー!」

 頭の中を異物が暴れ回るような気持ち悪い不快感に絶叫する。

 「と、止めて」

 いつもと違う長すぎる地獄にそう声を漏らす。

 「………………終わった?」

 ぼんやりとした頭を正面に向ける。

 「はぁ、はぁ……あぁっあぁ」

 能力を使った本人は頭を押さえてうずくまり、言葉にならない声を漏らしている。

 「……今だ――」

 僕は弱まっている肩の力から身体を前に突き出して抜け出し振り返る。

 「しまった!」

 「……なんで君が?」

 思わずそう口にする。いや、簡単な話か、あの日結城君が何かを吹き込んだんだろう。

 「……理由を聞いてもいいかな剛力君?」

 驚きや落胆する気持ちを押し殺して尋ねる。

 「お前が一番分かっているんじゃないか?」

 「……何のこと?」

 ドキッとしたのを悟らせないように平静を装って聞き返す。

 「無能だからだろ」

 「………………」

 結構仲良くなったつもりだっただけに現実をいまいち受け入れずらい。

 何で剛力君も結城君も僕が無能だって知っているんだ?

 「あの日結城君に何を言われたの!?」

 僕は気づけばそう聞いていた。

 「お前が無能でいじめられてきた弱いやつってことだけだ」

 「それでこんな事を?それに何で雪野さんにまで!いたぶりたいなら僕だけで十分だろ!」

 たくさんある疑問の中で一番気になることを聞く。

 「育ちが良さそうでムカつくからだ。それにお前にもう一度あの時の気持ちを思い出させてやろうと思ってな」

 「……だ、誰だ!?誰なんだ!結城君じゃないだろ!こんな事教えたのは誰なんだ!?」

 僕は今まで懸命に押し殺していた疑問を爆発させていた。

 「強者には強い能力者が集まる」

 「……ふ、ふざけるな!少なくともこの学校に僕のことを知っていた人なんていない!」

 決壊した心はブレーキを失っていく。

 「それに!何のために僕を陥れる!?僕がお前達に何かしたのか?」

 「簡単だよ出雲君。あなたは雪野ちゃんをどう思うの?」

 さっきまでうずくまって悶えていた西念さんが口を挟む。

 「どうって……」

 雪野さんは明るくて綺麗で話していて楽しくて……なによりいい人だ。

 「自分で分かった?あなたに釣り合う?」

 ……それはそうだ、僕なんかには不釣り合いだ。

 「せっかく蓮君が気にかけてやったのに」

 確かに強い能力を持っていてスペックの高い結城君がお似合いなのかもしれない。

 ……でも決めるのは雪野さんだ。

 「今やることは口論じゃないな」

 頭が冷えた僕は雪野さんの席に向かう。

 「だから、だめだって。あの女に見せてあげないと」

 西念さんがそう言うと後ろの方からガコっと机が跳ねる音がすると、僕は地面に頭を押さえつけられ左手を背中で極められる。

 「ぐっ……離せ」

 「離してください。でしょ?」

 そう言うと頭に土をかけられる。

 「西念さんはこれをされる気持ちが分かると思うんだけど」

 「同じことを二度も言わせないで」

 そう言うと笑いながら水筒の中身を僕の頭にかける。

 「冷たいな」

 強がっているが剛力君の拘束はどうにも解けそうにない。

 「剛力君は結城君に返り討ちにされてその後は金魚のフンになってるけど、どんな気持ちなの?」

 仕方なく煽ってみると僕に加わる力が強くなる……効果ありだな。

 「今、剛力君はどうゆう気持ちなのかな?楽しい?」

 そう言うと剛力君の手が震えだす。

 「聞かせてよ忠犬くん」

 「っるせ」

 「……?」

 剛力君は僕が思っているような声色ではなく何かを堪えているような声だった。

 「なんで君がそんな声を出すんだよ!」

 僕は泥の付いた頭を起こしながらそう叫ぶ。

 「………………」

 「答えてよ剛力君!無能の僕を自分の能力でねじ伏せている今の気持ちを!」

 僕はだんだんと冷静さを欠いていく。

 「楽しいかい剛力君?僕は一切楽しくなかったよ!」

 「っ楽しいわけ」

 剛力君はつらそうな声を出す。

 「じゃあ、なんでこんな事するん――」

 僕が大きな声でそう言いかけると教室の扉が開いた。

 「な、何が起きてるの!?」

 慌てた様子で教室に入ってきた少女が驚いた声を上げた。

 「な、なんで?」

 そう思って時計を見るがまだ約束の時間ではない。

 「なんでいるの?」

 見られた?こんな情けないところを雪野さんに?

 「何をしてるの!?心ちゃん……それに剛力君!」

 「分からないかな?無能に教育してあげてるんだけど」

 雪野さんはさらに狂気を孕んでいく西念さんを寂しそうに見つめる。

 「……剛力君、大成君を離して」

 「それは出来ない」

 「そっか、待っててね大成君!」

 雪野さんは力強く僕に声をかけると先生を呼びに教室を出ようとする。

 「行かせないよ」

 西念さんがそう呟くと二人共頭を押さえてその場に座り込む。

 「あぁあっああ」

 うずくまる二人は似たようなうめき声を上げる。

 「離せ!」

 雪野さんを助けようと全力で振りほどこうとするが全く動けない。

 「……折るか」

 僕は極まっている方向に逆らうように身体を動かす。

 「っ!噓だろ」

 骨が軋む感覚に剛力君は手を離す。

 「今だ」

 ガラ空きになっている剛力君の顎を蹴り上げる。

 「グッ」

 後ろにのけ反った剛力君から視線を外して西念さんに向かって駆けていく。

 「強化系の能力者が無能相手になんて様だ」

 悪魔のそんなイラついた声が聞こえた瞬間僕の視界は落下した。

 「す、すまん」

 剛力君はバツが悪そうな声を出す。

 「まあいい。まずは……」

 悪魔は興味が無さそうに剛力君から視線を外した後チョークと黒板消しを宙に浮かした。

 「雪野の能力を教えろ」

 「……断る」

 僕がそう言った瞬間腹部にチョークが飛んでくる。

 「早めに言った方が……いやお前にこれは通用しないか」

 悪魔はそう言って僕から視線を外して廊下の方に手をのばす。

 「きゃっ!」

 そんな声がしたかと思うと雪野さんがこっちに飛んでくる。

 「どっちが受ける?」

 楽しそうな悪魔は僕に向かって冷たい声で聞く。

 「僕が受ける」

 そう答えると僕に再びチョークを放つ。

 「っ!」

 「た、大成君!」

 「次はお前だ雪野、どっちが受ける?」

 僕を心配する声を上げる雪野さんに無情な言葉が向けられる。

 「何でこんな酷い事をするの!?」

 「ピーピー騒ぐな」

 結城君はそう言って僕にチョークを放つ。

 「っ!やめて!」

 「どっちが受ける?」

 「僕にしてゆきのさ―」

 「口を挟むな」

 僕が言い終わる前にさらに強く重力がかけられる。

 「私にして!」

 僕の方を悲しそうな目で見た後結城君に向き直ってそう答える。

 「や、やめ―」

 僕が言い終わるより先に雪野さんにチョークが放たれる。

 「っぐぁ?あぁっあぁ、はぁっあぁっあ」

 腹部にチョークを受けた雪野さんは声にならないうめき声を上げる。

 「はぁっはぁあっあぁ」

 「出雲が簡単に受けるから勘違いしてたようだが決して軽くはないぞ」

 息遣いが荒くなった雪野さんに呆れた様子の悪魔が言い放つ。

 「次は出雲、どっちが受ける?」

 「僕が受ける」

 そう答えるとチョークがまた飛んでくる。

 「雪野の能力を言え」

 「断る」

 そう答えると再びチョークが飛んでくる。

 「雪野、どっちが受ける?」

 再びターゲットが雪野さんの番になる。

 「雪野さん僕にして」

 まだ辛そうにする雪野さんにそう伝える。

 「たい、せいくんは痛くないの?」

 「大丈夫!慣れてるから!」

 「……そっか」

 どうやら雪野さんは分かってくれたようだ。これでいい。

 「私が受ける」

 雪野さんは顔を上げてはっきりとそう言った。

 「なっ、だめだよ雪野さん!」

 僕は予想外の言葉に慌てて止めようとする。

 「それでいいのか?お前はあれを見て何も感じないのか?」

 悪魔はそう言って雪野さんの土まみれの席を指差す。

 「もう一度チャンスをやろう。どっちが受ける?」

 「私が受ける」

 雪野さんがそう答えると悪魔は明らかに狼狽する。

 「本気か?今なら許してやると言っているんだ!」

 「さっさと打ったら?」

 「……っち、クソ尼が」

 悪魔が苛立ちながらそう言うと雪野さんはまた苦悶な声を上げる。

 「ゆ、雪野さん……何で?」

 「……喜べ無能、雪野は今までのクズとは違うらしい」

 つまらなさそうにする悪魔は動揺する僕にそう言う。

 「雪野、能力を言え。言わなければ出雲が苦しむぞ」

 「……能力?そんなの無いよ」

 雪野さんは痛みで流れた涙を拭いながらそう答える。

 「それ本気で言ってるのか?」

 「本気だよ。戸籍にもそうなっているし、学校の書類もそうなってる」

 雪野さんがそう答えると悪魔は、傑作。と言わんばかりに笑い出した。

 「おいおいこんな事が起こるのか!?無能は一人だけと思っていたんだがな」

 「雪野も無能なのか……」

 今まで黙っていた剛力君か驚いた声を上げる。

 「いい事を聞いた!無能どうしで傷の舐め合いをしてたらしい」

 そう言うと悪魔は僕達に背を向ける。

 「今は気分がいい。これくらいで許してやろう」

 悪魔がそう言うと三人とも教室を後にした。

 「大成君ってずっとこんな事に耐えてきたの?」

 急に静かになった教室で雪野さんは呆然と宙を見ながらそう口にする。

 「まあね」

 そう答える僕の目には何故だか涙でいっぱいになっていた。

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