第16話 本音
「私、怒ってるから」
気持ちの整理がついた雪野さんは腕を組みながらそう言う。
「ご、ごめん巻き込んじゃって」
「違う!約束した時間より早く来たでしょ!」
雪野さんは怒った顔をグイっと近づけてそう言う。
「っご、ごめん」
僕は思わず距離を取って謝る。
「何で早く来たの?」
「……こんなの直接見てほしいくなかったんだ」
僕は僕達の席を見ながらムスッとしている少女に答える。
「見たくないのは大成君もでしょ」
「……大丈夫だよ、もう慣れたんだよ」
「そんなことは聞いてないよ」
雪野さんは低い声で言う。
「私が聞きたいのは辛いか辛くないのかだよ!」
すぐに普段の声に戻ると力強くそう口にする。
「もう何年もされてきたことだよ」
机に土を入れられて罵詈雑言を書かれるのなんて楽な方だ。
「毎日のように対処してきたんだ」
書かれて消してを繰り返す……ただの作業じゃないか。
「何の問題もな――」
「本当に気づいてないの?」
僕の独白を遮る言葉は僕の奥深くまで突き刺さる。
「何を……」
本当はずっと気づいていた、だから気付かないふりをしてきたんだ。
「……違うか」
雪野さんの言う通りだ、辛いんだろう。
でも本当に慣れてしまっているんだ今更何も感じないんだ。
……僕が本当に恐れているのは、親しくしてくれた人が傷つくこと。
そして僕から離れて僕をまるでゴミを見るかのようにになることだ。
「雪野さん聞いてほしい事があるんだ」
「な、何かな?」
結局僕は本当の意味で人を信じられていないんだ。
雪野さんは今まで人とは違うだろう、でも最終的には僕にとって最悪な形で返ってくるんだ。
だって彼女はとても無能とは呼べない程の能力を持っているんだから。
「君は違う学校に行くべきだ」
またあんな目に遭うぐらいなら……いっそのこと僕の方から。
「な、何を言ってるの……」
目を見開いて理解できない様子の雪野さんに言葉を続ける。
「君は無能じゃない、ましてや勇者を超えた能力を持っている」
「……やめて、やめてよ大成君」
雪野さんはだんだんと身体を震わせてポツポツと否定の言葉を口にする。
「雪野さんならどこでも上手くやっていけ――」
「やめて!!」
雪野さんは喉が裏返った大声でそう叫ぶ。
「やめて、やめてよ」
僕が面食らっていると雪野さんは地面に座り込みながら大粒の涙を流す。
「大成君なら仲良くしていけると思ったのに……私を私として見てくれると本気で思ったのに」
雪野さんはだんだんと呼吸が荒くなり声に覇気が無くなっていく。
「僕の代わりなんていくらでもいるさ」
「……大成君は本当に自己評価が低いんだね」
そう小さく呟くと雪野さんは目元が赤くなった顔を僕に向ける。
「私は今までの人生で〈
「……すぐに見つかるよ雪野さ――」
「見つかるわけない!」
雪野さんは両手を後ろに下げてそう叫ぶ。
「私が今まで視てきた人にそんな人はいなかった!よく話してたクラスメイトも先生も!」
息を切らしながらそう言う。
「たった24時間先じゃ分からないでしょ」
「たった24時間先ですら私の能力はそこかしこで周知されてるんだよ」
僕に被せるように雪野さんは言葉を発する。
「初めてだったんだよ大成君、変わらず私と接してくれたのは!未来を視て何かをして、と言われなかったのは!君の親や会社の人が私に頭を下げに来ることもなかった!」
「……それなら僕も親に言ってしまっているよ」
ただならぬ気配を発する雪野さんにそう伝える。
「……そうなんだ、ご両親は何て言ってたの?」
「本人が秘密にしているなら他言はしないって……」
そう答えると雪野さんは嬉しそうな表情になる。
「いいご両親だね、私のとは大違い」
嬉しそうな表情はすぐに影を落としす。
「私の能力の説明はされた?」
「勇者の能力よりも貴重な能力だって言ってたよ」
僕はだんだんと声が低くなっていく雪野さんに正直に答える。
「その通りだよ大成君。だから私の能力にあやかろうとする人が無限にいるんだよ」
私の親だって。と寂し気に言う。
「私の能力さえあれば株やFX、投資の分野を独占できる。やろうと思えば国すらも裏で手綱を引ける。だから皆私を能力でしか見ないんだよ」
冷めた様子の雪野さんはそう吐き捨てるように言う。
「……そうだったんだ」
〈未来予知〉なんて凄い能力を持っていてあんなに性格が良い雪野さんが人間関係において苦しんでいる。このことは僕にとって言葉が上手く出ないほどの衝撃だった。
「だ、から、だっからぁ、わたしは!」
止まっていた涙が流れ始める。
「大成君に出会えて嬉しかったのに!」
手で涙を拭いながらそう叫ぶ。
「……雪野さん」
僕は一体どうしたらいい?雪野さんも僕と同じなんだ!離れられるのが怖いのだ。
そして今からそれが起ころうとしている。
「でもこの学校にいても……明るい未来は待っていない」
「違う学校に入学しても能育か警察に入ってもそれは同じだよ」
僕の呟きに雪野さんはそう答える。
「で、でもこの学校にいるよりは……ましだ」
「この学校には大成君がいる」
視線を逸らす僕をまっすぐ見つめて雪野さんはそう言う。
「……僕は雪野さんに傷ついてほしくないんだ」
これは間違いなく本音だ、本音なんだ。
「私も大成君に傷ついてほしくない!」
……やめてくれ、そんな綺麗な瞳を向けないでくれ、優しい言葉をかけないでくれ。
「僕は、僕は……」
この先雪野さんがどんな目に合うかはお前が一番分かっていることだろ出雲大成!
「私にも背負わせてよ大成君!」
「っ!」
その言葉は僕の心に深々と突き刺さる。
「ずっと、……ずっとそう言って欲しかったんだ」
僕は涙を流しながら声を震わせてずっと封じてきた思いを吐き出す。
「僕だって!無能な僕を見てくれる人がいてくれたらって何度も思ったんだ!」
「一緒だよ大成君!」
雪野さんはとびきりの笑顔を向けて手を差し出す。
だめだ、本当はだめなんだ。……………………でも僕は縋るようにその手を取った。
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