第12話 〈テレパシー〉

 「ねえ大成君。聞いてほしいことが――」

 「おはよー、早いねお二人さん」

 雪野さんが何かを言いかけたところで空木さんが三番目に来る。

 「二人はどうしてこんなに早く?待ち合わせしたの!?」

 楽しそうな空木さんは今回は僕の方に視線を向ける。

 「いや、一人で来たよ。早く起きちゃってする事も無いから図書室に行こうと思ってさ」

 僕は出来るだけ自然にそう答える。

 「ふ~ん。雪野ちゃんは?」

 空木さんは信じてない様子ですぐさま視線をもう一人の少女にロックオンする。

 「わ、私はなんとなく早く来たんだ」

 「ほんとに?」

 何だか怖い空木さんが慌てた雪野さんに疑うように確認する。

 「本当だよ……今日はた、……出雲君は柊ちゃんって子と一緒だったんだから」

 「ちょ!」

 そのパスはまずい。と思った瞬間には楽しそうにしている空木さんの顔が正面にあった。

 「んん!?これはどうゆうことだい出雲君?」

 空木さんの弾んだ声でそう聞かれる。

 「図書室で会ったんだ」

 これは噓じゃないのでありのままを伝える。

 「なるほど、聞く話によると柊ちゃんの能力は〈速読〉で本好きだからおかしくはないか?」

 空木さんは顎に手を置いて考える仕草をしながらそう呟く。……なんでそんなこと知ってるんだ?

 「へぇー」

 隣の人は怖い目をして僕にギリギリ聞こえるボリュームでとびっきりの低い声でそう呟く。

 「そ、そうだ空木さんはいつもこんな時間に?」

 時計を見るとまだホームルームまで25分ぐらいある。

 「……それはね」

 さっきまでの表情と打って変わって言いずらそうな顔になる。

 「早起きしちゃってさ」

 すぐさま切り替えて軽く笑いながら空木さんはそう答える。

 「それより――」

 「そうだ空木さん、西念さんは大丈夫そうだった?」

 僕は話を戻されるのを防ぐために探りを入れる。

 「……それなんだけど」

 空木さんはもっと言いずらそうにして言い淀む。

 「確かに昨日、西念ちゃん何だか様子が変だったもんね」

 雪野さんにも思い当たる節があるのか助け舟を出される。

 「……心はあれっきり元気がなくて……昨日もいつの間にか帰ちゃってて」

 「なるほど……」

 僕は空木さんが振り絞るようにそう言うのを見て西念さんは結城君に何かをされたことを確信する。

 「今日は元気だよきっと」

 雪野さんは辛そうにする空木さんをそう励ます。

 「そうだよね、大丈夫だよね」

 空木さんは雪野さんの励ましに笑顔でそう答えた。

 だが学校に来たのは目から生気が抜けて下を向く、かつての僕のような西念さんの姿だった。


 「ねえ、大成君。聞いてほしいことがあるんだけど――」

 2時間目の陸上の授業中に時間ができた時に雪野さんに話しかれるが……

 「出雲ー雪野ちゃーん」

 息が若干切れた山田君が手を振りながら小走りにやって来る。

 「出雲!50メートルの測定は済んだか!?」

 「まだだけど……」

 僕はテンションが高い山田君の勢いに少し押されつつ答える。

 「よし!出雲勝負だ!」

 「こらこら、陸。邪魔しないの」

 元気よく腕を突き出した山田君を長谷川さんが呆れながら制止する。

 「止めてくれるないつき、男の勝負なんだ!」

 山田君は制止する長谷川さんを見向きもせず続ける。

 「これ結構疲れるんだからね」

 長谷川さんはため息交じりにそう言って人差し指を真上に上げると山田君の体が宙に浮かぶ。

 「ちょちょ」

 山田君は軽いパニックのようでジタバタする。

 「あれ結構怖いんだよな」

 母さんによくやられたのを思い出してそう呟く。

 「大成君、勝負受けてあげなよ」

 僕の体操着をつまんだ雪野さんにそう言われる。

 「じゃあ、そうしようかな」

 僕は楽しそうな雪野さんにそう答えて宙に浮かされて連れていかれる山田君を追いかけた。


 「あの対決は見ものだな」

 山田君は今から走り出そうとしている雪野さんと長谷川さんを見てそう呟く。

 「あいつ運動だけは得意だからな」

 「二人は知り合いなの?」

 僕は山田君の呟きにそう尋ねる。

 「小学校からの腐れ縁だ」

 山田君はぶっきらぼうにそう答えた後、お前達はどうなんだ?と聞く。

 「僕と雪野さんは高校で知り会ったよ」

 「……そうか」

 なんだかただならぬ気配を放つ山田君は短くそう言う。

 「じゃあ、次の人!」

 雪野さん達の番になると主に男子の視線が集まる。

 「位置についてー、よーい」

 ドン。という音と同時に二人は勢いよく駆け出していく。

 「おぉ!」

 山田君が思わずそう漏らす程どちらも譲らない。両者綺麗なフォームで横並びに走っていく。

 「……っ!」

 「あっ」

 僕は思わずそんな声を漏らす。

 ラスト10メートルに差しかかる所で雪野さんが大きく失速したのだ。 

 「大丈夫?」

 長谷川さんはいきなり視界から消えた雪野さんにそう声をかける。

 「う、うん平気平気。ちょっと足がもつれちゃって」

 雪野さんはそう笑顔で返す

 「お前能力使っただろ」

 「使ってないわよ、あの先生の能力聞いてなかったの?」

 陸上を担当する先生の能力は〈行使の観測〉で能力を使っているか見分けることが出来ると言っていた。

 「大丈夫雪野さん?」

 僕は頭を押さえて渋い顔をしている少女にそう尋ねる。

 「う、うん」

 頭を痛そうにする雪野さんは曖昧に返事をする。

 「どうかしたの?体調は平気?」

 雪野さんの顔色があまり良くないので声のトーンを上げて尋ねる。

 「体調は平気……でも――」

 「結城君すごー!6秒50だって!足速いんだね」

 雪野さんの言葉は女子達の歓声にかき消される。

 「っく、俺だって足の速さだけは自信があるんだ」

 山田君は女子に囲まれている結城君の方を睨みながらそう呟く。

 「よし!出雲行くぞ」

 やる気に満ち溢れた山田君にそう促される。

 「頑張って二人共」

 まだ頭が痛そうな雪野さんはそう言って手を振る。

 「絶対勝つ!」

 山田君はさらにやる気が出た様子でそう叫んだ。

 

 「さすがだね」

 タイムを計りに列に向かうところで圧巻の走りをした剛力君に話しかける。

 「ちなみにタイムはいくつだったんだ?」

 唇を尖らせた山田君はそう聞く。

 「6秒12だった」

 「……速いな」

 剛力君の返答に僕らは口を揃えてそう呟く。

 「結城より速いのにこのありさま……か」

 山田君はそう言って剛力君の肩に手を置く。

 「ほっとけ」

 剛力君は視線をよそにやってぶっきらぼうにそう呟く。

 「剛力に勝負を挑まなくて正解だったな……」

 「なんか言ったか?」

 何かをボソッと呟く山田君に剛力君はそう聞く。

 「いや、なんでもない。さて、行くぞ出雲!」

 そう元気よく言って山田君は歩き出した。

 「お、おい……む……いや、なんでもない」

 「そ、そう」

 なんだか挙動不審な剛力君に呼び止められたが何かを言われるわけでもなく僕は山田君の背中を追いかける。

 「次は俺らの番だな」

 若干緊張の色を見せる山田君はそう言う。

 「頑張ろうね」

 僕はそう声をかけて自分のコースに入る。

 「位置についてー、よーい、ドン!」

 僕達はドンピシャのスタートで全速力で走り出す。

 僕らは最初の10メートルを前傾姿勢で足の回転を限界まで速めていく。

 「っく」

 山田君は準備を終えて体を起こしてすぐに見えた僕の後ろ髪に歯を食いしばる。

 そして追い抜かんと血管を浮かび上がらせる。

 よし!このまま逃げ切る。僕はもっと股関節と肩の振り幅を広げていく。

 「あぁああーー!!あああ!!」

 「っ!っと、うわ!」

 僕は急に頭に流れて来た超音波にも似た奇声に足がもつれて転倒する。

 「っ痛ー」

 僕は痛む頭を押さえて立ち上がる。

 「大丈夫?」

 僕がコースから出ようとするとクラスメイトではない女子にそう聞かれる。

 「……あ、う、うん。大丈夫……」

 僕が転んだ時に周りから笑われないのは始めての事で戸惑った返事をしてしまう。

 「足速いね」

 「そ、そうかな」

 笑顔で褒められて顔を赤くしてそう答える。

 「陸上とかやって――」

 「大丈夫?大成君!?」

 慌てた様子の雪野さんが言葉を遮る形でやって来る。

 「うん。平気」

 僕は頭を押さえてそう返答する。

 「おっと……」

 話しかけてくれた少女は雪野さんを一瞥した後去っていく。

 「大成君も?」

 真剣な表情の雪野さんに小さな声でそう聞かれる。

 「……たぶん同じだと思う」

 僕も真剣なトーンで返答する。

 「出雲君、怪我は無いかい?」

 「あ、はい。少し擦っただけです」

 僕は心配そうにしている先生にそう返答する。

 「保健室に行くかい?」

 「いえ、だい――」

 「わ、私!保健室に連れていきます!」

 僕の言葉を遮るように雪野さんはそう提案する。

 「じゃ、じゃあお願いするよ」

 「はい!」 

 少し困惑した先生に雪野さんは元気いっぱいに返事をする。

 「よし!これで」

 先生の背中を見送った後雪野さんはそう呟いた。


 「大成君。さっき話そうとしたことなんだけど……」

 ゆっくりと保健室に向かう道中で雪野さんがまず口を開く。

 「昨日私が大成君に電話をかけるちょっと前に、覚悟しろよ。って結城君の声のテレパシーを受けたの」

 やっぱりか。と僕は心の中で呟く。

「僕もほとんど同じタイミングでテレパシーを受けたよ」

 今朝の事も含めて説明する。

 「なるほどね……でも何で西念ちゃんは――!」

 思わず名前を出してしまったのか雪野さんは慌てて口を押える。

 「……まあその可能性は高い気がするよね」

 あたふたする雪野さんに間をおいて同意する。

 「大成君もそう思う?」

 雪野さんは控えめな声色でそう聞く。

 「明らかに様子がおかしいからね」

 疑いたくはないけど。と付け加えて答える。

 「胸が痛いけど私探りを入れてみるよ」

 雪野さん自分の目を指差してそう言った。

 

 「あれ出雲君?今回は誰のお見舞い?」

 保健室に入ると机に突っ伏している立花先生にそんな軽口を言われる。

 「いえ、今回は体育でやってしまって」

 そう答えて擦ったところを見せる。

 「痛そ~」

 立花先生は近づいてそう呟いた後前かがみになる。

 「ねえぇ、出雲君。私に身体を委ねる?」

 「は!はい!?」

 急に豊満なもの寄せて甘い声でそう言われる。

 「あははは。赤くしちゃって」

 僕が動揺するのが面白いらしく目に涙を浮かべて笑われる。

 「で、出雲君。私に身体を委ねる?」

 「その質問必要ですか!?」

 今度は普通のトーンでの同じ質問に思わずそう尋ねる。

 「私の能力の発動には相手に許可を得ることが必要なの」

 「なるほど。……そうなんですか」

 なんだか納得できないがそういうことらしい。

 「ということで、先生に身体を委ねる?」

 なんだか怖い笑顔でまたそう聞かれる。

 「は、はい」

 そう返答するが笑顔が解けない。

 「委ねる?」

 「……委ねます」

 どうやら言わないといけないらしく渋々そう口にする。

 「よろしい」

 先生が悪い笑顔でそう言うと次第に傷口が治っていく。

 「凄いな」

 病院でも傷に手を当てて集中しながらやるものなので思わずそう口にする。

 「ところで出雲君。何かあった?」

 お姉さんが聞いてあげよう。と言って腕を組んだ立花先生に聞かれる。

 「いや、特に何も」

 唐突なことに面食らいつつそう答える。

 「隠し事をするんじゃない!先生は君の脈や心拍数、瞳孔の動きまで全てわかるんだから」

 なんだかテンションの高い先生は怖い事を言う。

 「えっと、じゃあそうですね……」

 言わないといけない雰囲気を察知した僕は少し考える。

 「避けられている子と仲良くする方法って分かります?」

 「その子って女の子?」

 僕の質問に食い気味にそう聞かれる。

 「は、はい」

 噓をついてもしょうがないのでそのまま答える。

 「身に覚えはあるの?」

 「いや、特には」

 そう答えると立花先生はニヤッと笑う。

 「なるほど。出雲君、噓はいかんよ」 

 先生はそう言って僕の肩に手を置く。

 「…………」

 「へぇー。出雲君は見かけによらずクズと」

 僕がどう答えようか迷っていると、なんだか嬉しそうな立花先生がそう言う。

 「違いますからね」

 慌てて否定するが含みのある目で見られる。

 「じゃ、じゃあ、〈テレパシー〉について何か分かりますか?」

 「逃げたな」

 そう言ってジッと見られる。

 「で、〈テレパシー〉の何が知りたいの?」

 「〈テレパシー〉ってどのぐらい離れていても送れるんですか?」

 せっかくなので生じた疑問を聞いてみる。

 「うーん。〈テレパシー〉の種類によるかな」

 「〈テレパシー〉の種類ですか?」

 聞き慣れない言い回しに尋ね返す。

 「そうね、簡単に説明すると〈テレパシー〉の中にも大きく分けて二つあるの」

 先生は指を二つ立てながら説明を続ける。

 「まず一つ目は範囲型ね。視界にいる人だったり、印を付けた範囲だったりにテレパシーを送るのね」

 さっきまでと違い真面目な様子の立花先生の話の続きに耳を傾ける。

 「そして二つ目がマーキング型ね。これは個人に印を付けてその人にテレパシーを送るの」

 大きく分けてこの二種類があるのよ。と先生は話を締めくくった。

 「なるほど……」

 思ってた以上に為になる話にそう漏らす。

 「そういえば……マーキング型の場合どのぐらいの距離まで送れるんですか?」

 マーキング型の〈テレパシー〉の可能性が高いので聞いてみる。

 「そうね……具体的に分からないけどマーキングさえ出来れば少なくとも日本中には届くと思うわ」

 「そんなに遠くまで送れるんですか?」

 あまりの範囲の広さに疑うように尋ねる。

 「うーん、そうね……そういうものと言ってしまう方が楽なんだけど」

 立花先生は何かを呟きながら顎に手を当てる。

 「一つ例を挙げましょうか、この二つの能力はどっちが強いと思う?」

 先生はそう言って人差し指を立てる。

 「まず一つ目は視界に映った一人の動きを止める能力」

 「つ、強いですね」

 僕は素朴な感想を口にする。

 「ふふ、そうね。じゃあ二つ目はマーキングした10人の動きをどこからでも止められる能力だったらどっちが強いかしら?」

 「……難しいですね」

 どっちの能力も強力で甲乙つけがたい。

 「じゃあこれが戦場だった場合どっちの能力が強いかしら?」

 「えっと、それなら視界の一人を止める方ですかね?」

 僕がそう答えると先生はにっこりと笑う。

 「大抵の人はそう答えるわね。相手に触れるという難しい条件の成果が残念だったら目が当てられないでしょ?だからマーキング型の効果はかなり強力になってるの」

 「確かにそう……ですね」

 確かに戦場だったらそうだろうが、学校という場所じゃ触れることは一ミリも難しい事じゃない。

 「……僕の家に送るのはわけない事か」

 嫌な考えが現実味を帯び始めていく。

 「そうだ出雲君。私の能力はマーキング型なのよね」

 いつの間にか至近距離まで近づいていた立花先生は耳元でそう囁く。

 「っちょ」

 心拍数と脈拍が急上昇する僕は後ずさりする。

 「治療は終わったわよ出雲君。能力も解いたから君の速ーい心拍数も私にばれることはないわよ」

 「あ、ありがとうございます」

 楽しそうに笑う立花先生に慌ててお礼を言う。

 「あ、そうだ出雲君。謝る時はとことん下手に相手を褒めること。これがクズ男の第一歩ね」

 そう言って片目を閉じる立花先生に再度お礼を言って保健室をあとにした。

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