第11話 慣れ

 「また随分と早いな。1時間半以上時間あるんじゃないか?」

 河川敷で柊さんと30分程走って帰宅した後シャワーを浴びてすぐに家を出る僕に父さんはそう言う。

 「うん。少し用事があるんだ」

 僕はそう答えて足早に家を出る。

 「何事もありませんように」

 そんな淡い期待を口にして早足で学校に向かった。

 

 「……案の定だな」

 誰もいない教室に入った僕はそう呟く。僕が何度も見てきた光景がそこにはあったからだ。

 40個近くある机の中でたった一つだけおかしい。

 木目が見えずに机の中は教科書が入って無いのにも関わらず黒い塊でパンパンになっている。そして椅子が無い。

 「あれ?こっちが僕の席だよな?」

 僕は自問自答をしていた。

 今回被害を受けているのは僕の席の隣だったのだ。

 「何で僕の席じゃないんだ?……まあ考えるのは後だな」

 そう言ってこの光景を写真に撮る。

 「さて……まずはこうだな」

 携帯をポケットにしまってから雪野さんの机の周りの机をどかす。

 「どこから運んできたんだか」

 そう呟いてあらかじめ持ってきていた袋に机の中の落ち葉混じりの黒い土を入れていく。

 「さて、次は」

 掃除ロッカーからちりとりをそして持参したコロコロを取り出す。

 「面倒くさい土にしたな」

 そう言って素手で黒い土を集めていく。

 こうゆう粘り気が強い土は箒で集めにくいのが難点である。

 「仕上げだな」

 最後に薄く広がった土をコロコロで綺麗にする。

 「5分かかったか……次はっと」

 時計で時間を確認した後鞄から雑巾と水だけで落ちるスポンジそしてマーガリンを取り出す。

 「……消えずらいな」

 スポンジで擦っても一向に落ちない、死ねや消えろ、ビッチ、売春婦などの文字にそう呟く。

 「これでよし」

 テッシュにマーガリンを少量付けて文字を消し、匂いつきの消臭スプレーで机を一通り拭き、僕の椅子を移した僕は汗を拭う。

 「次は椅子か。……一応見ておくか」

 そう呟いて結城君の椅子を裏返す。

 「やっぱりそうだよな」

 椅子の裏の部分に貼ってあるサッカーボールのシールを見て呆れる。

 入れ替えるのが悪手なのはもう既に知っていることだ。

 どうせ他にも目印が必ずあるのでそのまま元に戻す。

 「さてと、こういう時はトイレだけど……テレパシーのことを考えるとこれの対象は恐らく僕だ。どうせ女子トイレにあるな」

 それにどうせ見つかる位置にはない。そう結論づけて僕は鞄を持って下駄箱に向かう。

 「……案の定か」

 僕は雪野さんの下駄箱を開いてそう呟く。

 「雪野さんの席があれだったからな」

 コーヒー?と土、そして画鋲まみれの雪野さんの上履きを慎重に取り出す。

 「先に新聞紙」

 一旦土を放置して濡れた雪野さんの上履きに新聞紙を詰めた後同じ手順で土を集める。

 「ましにはなったな」

 まだまだ湿っている上履きから新聞紙を抜き取り、無臭の消臭スプレーをかけてそう呟く。

 さすがに今持っているもう一つの上履きと入れ替えるのはモラル的にもサイズ的にも難しい。

 「高校のロッカーはしっかりと鍵がかかってるから大丈夫か」

 僕はできることは全てやったことを確認して教室に向かう。

 「だいたい20分ぐらいかかったな」

 僕は教室の時計を見てそう呟く。

 「この学校の登校時間が遅いのは幸いだな」

 もっとエスカレートする可能性を考えて僕はそう呟いた。

 

 「おはようございます。大成君」

 椅子の無い教室にいるわけにもいかずに図書室に来ていると落ち着く声で二度目の挨拶をされる。

 「おはよう、柊さん。なんだか不思議な感じだね」

 「そうですね。二度目ですね」

 僕らはそう言ってお互いに笑う。

 「ところで、大成君はいつもこんなに早くに?」

 そう言われて時計を見るとホームルームまでは40分以上ある。

 「う、うん。ちょっと用があっ――」

 「どうしました?」

 柊さんは途中で言葉を止めた僕に不思議そうな顔を向ける。

 「柊さん、お願いがあるんだ。てゆうか、こんな事柊さんにしか頼めない」

 「は、はい。私でよければ」 

 不意に真面目な様子でそう言われた柊さんは表情を硬くする。

 「それで私は何をしたらいいのでしょうか?」

 僕は少し迷ってから口を開く。

 「女子トイレを見てほしいんだ」

 「はい?」

 柊さんは僕の意味不明なお願いに素っ頓狂な声を出した。


 「ありましたよー、大成君」

 事情を話した後僕のクラスに一番近いトイレをお互いに探していると向こうの方からそんな声が聞こえてきた。

 「ありがとう柊さん」

 椅子を両手で運んできた柊さんにお礼を言う。

 「消毒することをおすすめします」 

 「本当にありがとう。消毒はするつもりだから」 

 ちょっと嫌そうな顔をする柊さんに再び頭を下げる。

 「その代わりもっと細かく事情を教えてくださいね」

 柊さんは僕をジッと見つめながらそう言って椅子を渡す。

 「うん、それはもちろん」

 僕は椅子を受け取って1組の教室に入る。

 「つまり、自己紹介で能力を言わなかった大成君は昨日の結城蓮って人にイジワルをされていると」 

 椅子を戻した後僕の教室で事情を話しているのだが……

 「……なんですか大成君?そんなにジッとみて」

 ギリギリ地面に足がつくサイズの椅子に座った柊さんが居心地悪そうにしてそう言う。

 「いや、……何でもないよ」

 口にするのをどうしても躊躇ってしまう。

 「むぅ、なんだか釈然としません」

 柊さんはそう言ってまたもやジッとした目を向ける。

 「まあいいです。私は図書室に戻りますけど大成君はどうしますか?」

 「僕は……」

 僕は言葉を止めて覚悟を決める。

 「柊さんは僕が能力を秘密にしてることをどう思う?」

 僕はムスッとしている柊さんにそう尋ねる。

 「なるほど、そうゆうことでしたか」

 柊さんなんだか呆れた様子でそう言うと再び椅子に座る。

 「結論から言いますと、そんなものに興味が無いとは言いませんがそれほど興味もありません」

 柊さんは強い口調できっぱりと言った。

 「私は大成君が本を好きなままでいてくれればいいです」

 優しく微笑んだ柊さんはそう言う。

 「そっか……ありがとう聞いてくれて」

 僕は少し救われた気持ちで柊さんにお礼を言う。

 「そうだ、僕も図書室に行くことにす――」

 「ガラガラ」

 僕が言い終わるよりも先に教室の扉が開く。

 「……覚悟ってそういうこと?」

 僕らが扉の方に目を向けると上履きを履かずに手に持っている雪野さんがいた。

 

 「おはよう雪野さん」

 なんとなく気まずい沈黙を破るように僕は手を振って挨拶をする。

 「おはよう出雲君、それと……」

 「柊雫といいます」 

 表情が硬い柊さんはそう挨拶する。

 「よろしくね柊ちゃん。私は雪野愛華っていいます」

 雪野さんは明るい笑顔で同様に挨拶する。

 「で、では。わ、私は……ここで」

 ぎこちない表情の柊さんは震えた声で足早に教室を後にしようとする。

 「大成君。ま、また昼休みに」

 表情が強張った柊さんは呆然とする僕に軽く手を振りながらそう言って教室を出ていった。

 「……なんかごめんね。お邪魔しちゃったね」

 雪野さんは視線を逸らしてそう言う。

 「ところで出雲君。柊ちゃんとどんな関係なのかな?」

 今度はいつもと変わらない優しい声でそう言うが……目が笑っていない。

 「昨日図書委員で仲良くなったんだ」

 僕は一歩下がってそう答える。

 「ねえ、大成君。本当にそれだけ?」

 今度は声を数段低くして聞かれる。

 「う、うん。それより雪野さん上履きは?」

 圧に耐え兼ねた僕は話題を変える。

 「……なんか濡れてて」

 釈然としない様子の雪野さんは不服そうにそう答える。

 「それは……良くないね」

 僕は精一杯の暗い声でそう言う。

 「そうだ!大きいかもだけど」

 そう言って鞄からスペアの上履きを取り出す。

 「な、なんで、二つも持っているの!?」

 さっきまでの圧が消えた雪野さんは驚いた様子でそう聞く。

 「まあ、癖になってるからかな」

 テレパシーの事を言うわけにもいかずそう答える。

 「癖って……こんなこと……」

 僕の発言に雪野さんは悲しそうな顔をする。

 「こんな癖でも役に立ってくれれば嬉しいかな」

 僕は笑ってそう言ってみる。

 「う、うん。じゃあお借りします」

 雪野さんは視線を下に移して上履きを受け取る。

 「た、大成君の足大きいんだね」 

 僕の靴を履いた雪野さんは視線を逸らしてそう言う。

 「う、うん。まあね」

 ぶかぶかな靴に混乱気味の愛嬌のある動きに和みながら答える。

 「そういえば、大成君は何でこんなに早く来てるの?」

 少し上ずった声でそう聞かれる。

 「えっと……」

 「もしかして柊ちゃんと会うため?」

 僕が返答に困っているとまたもや目が笑ってない雪野さんにそう言われる。

 「それは本当に違います」

 両腕でアピールしながら違う旨を伝える。 

 「大成君、隠し事は無しだよ」

 信じてもらえないのかさらに圧を加えてそ言われる。

 「本当に?」

 「ほ、本当だよ」

 「……まさかね」

 ダメ押しと言わんばかりに雪野さんは僕の手を取る。

 「本当に?」

 「ほ、本当だから」

 僕はあたふたしながら答える。

 「あ、あのそろそろ」

 僕が答えた後も手を握り続ける雪野さんにそう言う。

 「……噓!」

 雪野さんは突然そんな声を出すと悲しそうな目を向ける。

 「……しまった!」

 僕の手を握り続ける雪野さんの意図を察した僕は勢いよく腕を引く。

 「あ!……ばれちゃったか」

 雪野さんはばつが悪そうにそう言う。

 「……視た?」

 気まずい時間が流れた後僕は雪野さんにそう聞く。

 「……視た」

 雪野さんはうなだれるようにそう答える。

 「そっか……視ちゃったか」

 僕は視線を宙に浮かしてそう呟く。

 「もしかして今日もこうだったの?この為にこんなに早く学校に来たの?」

 雪野さんは大きく取り乱して泣きそうな声でそう尋ねる。

 「いや、それは違うかな。昨日結城君に早く学校に来い。って言われたから来ただけなんだ」

 来てみたらあの状況だった。とテレパシーのことを伏せて説明する。

 「そうだったんだ……ごめん、私のせいで」

 今にも泣き出しそうな雪野さんは下を向いてそう口にする。

 「いや、これは雪野さんのせいじゃないよ」

 僕はそう言って下を向く雪野さんの肩に手を置く。

 「悪いのはやった人だよ」

 僕は雪野さんにはっきりとそう口にする。

 「私、結城君と話し合ってみるよ」

 雪野さんは真剣な眼差しでそう言う……がまだそれは早計だ。

 「まだするべきじゃないかな」

 同じ真剣な眼差しを向けて雪野さんに意見する。

 「で、でも!」

 食い下がる雪野さんに言葉を続ける。

 「あくまでも〝まだ"だよ。記憶を見る。までには至らなくてもある程度効果が望める時までは我慢しないといけない。それに結城君がやった証拠も無いしね」

 今までの経験から視える事、それは学校に期待するだけ無駄だということ。

 「学校が認めないといけない状況を作りださないと……不利になるだけだよ」

 「……分かった」

 雪野さんは腑に落ちない様子だが一応は納得してもらえたようだ。

 「でも私は抵抗するよ、あまり好きとはいえない〈未来予知この力〉で」

 雪野さんは断固たる意志でそう言って目を閉じた。

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