第10話 異変
「だめだな、全く頭に入ってこない」
夕食などを済ませた後昨日借りた回想の骸を読もうとページを広げるが……まだ柔らかい感触が残る手がどうしても気になる。
「女の子の手ってあんなに……」
止めておこう独り言でも気持ち悪い。
「今日はなんだか疲れたな……」
いろいろな事があったからだろうか?不意にベットに横になると急激な眠気に襲われた。
「もう寝るか――!?」
「明日できるだけ早く学校に来ることをおすすめする」
本格的に横になろうとすると聞きたくもない卑しい声が頭に直接流れてくる。
「結城君の声?しかもこれは〈テレパシー〉?」
〈テレパシー〉の能力を持っている人に心当たりがあるからか額に嫌な汗が流れ始める。
「西念さんか?でもじゃあなんで結城君の声なんだ?」
混乱状態になりつつある僕は疑問をブツブツ口にする。
「そういえば西念さんの様子なんだか変だったな」
昼休みに急に謝られたのを思い出してそう呟く。
「じゃ、じゃあ、雪野さんもか!?」
あの時に謝られたのは僕だけではなかったのを思い出して大きな声でそう言うと同時にスマホが鳴る。
「は、はい!もしもし?」
僕は慣れない音に慌てながら上ずった声で電話にでる。
「もしもし?出雲君?今大丈夫かな」
「う、うん。大丈夫」
耳元で囁かれるのとはまた違った声にオドオドして返答する。
「ごめんね急に電話しちゃって……ちょっと……声が聞きたくて」
そんなドキドキすることを言われるが、どうにもそんな気持ちにはなれない。
「雪野さん……どうかしたの?」
なんとなく様子が変な雪野さんに探りを入れてみる。
「えっと、本当になにもないよ。迷惑だったかな?」
雪野さんはそう言ってさらに声の元気を落としていく。
「ご、ごめん雪野さん。迷惑なんかじゃないんだ。ただ……困ったことがあったら言って欲しい」
僕は真剣なトーンでそう伝える。
「……ありがと、出雲君」
「なにか言った?」
聞き取れない声で何かを言う雪野さんにそう尋ねる。
「ううん何も!それより出雲君!体育は何の種目にするつもりなの?」
そこからはいつも通り声になった雪野さんと他愛のない話を始めた。
「早すぎないかい?大成?」
僕が洗面所で顔を洗っていると眠そうな父さんに声をかけられる。
「ごめん。起こしちゃった?」
「いや、歳を取ると寝れなくなるんだよ」
申し訳なさそうにする息子にまだ40代の父さんはそう言う。
「……まだ4時か、久しぶりに相手をしようか?」
「うん、お願いします」
僕はそう返答して庭に出る。
「重りを着けるのかい?」
「うん。必要なことなんだ」
僕は困惑気味の父さんにそう答える。
「重りを着けた父さんからでさえ一本も取ったことが無いのに、そんなに重りを着けて大丈夫なの?」
「大丈夫。今日こそ勝つ」
少し呆れている父さんに向かい合って構えを取る。
「じゃあ、初めようか」
父さんがそう言ったと同時に不意打ち気味に低い姿勢で距離を詰めてジャブを二つ見せてローキックを放つ。
「う、うん。まあこうなるよね」
分かっていたと言わんばかりの父さんはジャブとは言えない遅い拳を上体を少し逸らして避けローキックは出どころを足で詰まるように止める。
「っ危な!」
ローキックを止めた足を軸として上段に回し蹴りが飛んでくる。
それを狭いブリッジを作ってギリギリで避けて、バク転の要領で体を起こす。
「案外動けてるね大成」
慣れてるから。と心の中で返した後、じりじりと距離を詰めていく。
「シュ、シュ、グオン!」
浅い踏み込みで懐に入ってさっきと同様のジャブを二つ打った後全力で踏み込んでジャブより数段速いアッパーを放つ……が。
「危ない危ない」
感心した様子の父さんは僕の渾身アッパーの拳を両手で止めた後そのまま腕を曲がらない方に曲げて転ばした後僕の後ろに回って首を極める。
「ギブギブ」
がっしり極められた僕はタップをして降参の言葉を口にする。
「今のは結構ヒヤッとしたよ」
僕を解放した父さんは嬉しそうにそう言う。
「余裕なくせに」
全く表情を変えずに笑顔で捌いた父さんにボソッとそう呟く。
「そうでもないさ。このまま続けていけば一発もらいそうだよ」
どうやら聞こえていたらしく父さんはそう言って手を差し出す。
「よし!絶対当ててやる」
差し出された手を取って仕切りなおすが結局この後一発も当てられなかった。
「せっかくだし父さんも一緒に行こうかな」
「いや、だめだよ」
せっかくだし河川敷について行こうとすると息子に慌てて止められる。
「別に誰かに見られるわけでもないだろう」
やっぱり高校生にもなると親と一緒は嫌なのか。と思いつつ一応言ってみる。
「いや、友達と一緒に走るんだよ」
「うん?友達?……なおさら行かないとな」
息子からの思ってもみなかった言葉に驚きつつ絶対について行く意志を固める。
「だめだからね。ついて来ないでよ!」
あからさまに嫌な顔をする息子はそう忠告して足早に出ていく。
「よし、行くか」
そう呟いて家を出ると……
「父さん?」
玄関の前で腕を組んでいる息子に低い声で呼ばれる。
「父さんだ、何か用かい?」
「……用は家に居ろってことかな」
息子にさらに低い声を浴びせられる。
「分かったよ。ついて行かないから」
そう言って一旦家に戻る。
「……さて、行くか」
少し間を空けて再び家を出る。
「よし、いないな」
周りにいないことを確認して息子のいる方へ向かう。
「……あれ女の子?しかも随分と小さいな……小学生じゃないよな」
どこで待ち合わせていたかは知らないが家から5分程歩いた所で水色の髪の確実に150cmに満たない女の子と歩く息子を見つけた。
「……まあ、大丈夫だな」
父さんは息子の無邪気な笑顔を見れて満足して家に帰るのだった。
「大成君は結構マニアですね」
「柊さん程じゃないよ」
僕は滅相もない。という気持ちでそう言う。
河川敷に向かう道中でたまたま会って話をしているのだが、柊さんは僕とは次元が違う。
「柊さんはどうしてそんな一冊一冊に詳しいの?」
柊さんは僕が話す本を全て知っていて、さらに作者や書かれた背景まで多種多様な知識を持っている少女にそう聞いてみる。
「私のかつての夢は司書になることだったんです。ですから私は可能な限り本に詳しくなろうとしました。……それが習慣になってしまったからですね」
柊さんはなんだか寂し気にそう口にする。
「今は司書を目指していないの?」
「……そうですね今は目指していませんね」
柊さんはそう言って悟ったような表情をする。
「それはどうして?」
こんなに本が好きな柊さんが司書になる夢を諦める理由が分からず聞いてみる。
「……私にとっての本はいろんな人の世界に触れ合える、そんな楽しいものでした。でも最近は現実逃避のための物になってしまったから……ですかね」
現実逃避のための物……か。寂しそうにそう言う柊さんに僕は思った事を口にしていく。
「柊さん。僕が本を読み始めたのは現実逃避のためだったんだ」
僕がそう言うと柊さんは驚いた表情を向ける。
「僕の夢は日本のトップである〈
「ご、ごめんなさい。……そんなつもりじゃなかったんです」
僕は申し訳なさそうにする柊さんに言葉を続ける。
「現実逃避のために本を読み始めた当初はこうなれない自分を痛感して苦しかったんだ。だけど今本はただ純粋にいろんな世界に没頭してワクワクさせてくれるそんな存在になってるんだ」
僕はここで足を止めて柊さんに向き合う。
「今、柊さんは本を読むことが苦しいのかな?」
僕はしっかりと柊さんの目を見てそう尋ねる。
「いえ、そうゆうわけではない……です」
「なら大丈夫だよ」
自信がなさそうにする柊さんに僕は笑顔でそう伝える。
「そうですね。……私はちゃんと本が好きなようです」
やっと笑顔が戻った柊さんはゆっくりとそう呟いた。
「それは良かった」
僕は安心して表情を緩ませると柊さんは慌てて視線を逸らす。
「……っ、あ、あの!わ、私先に走ってきます!」
バッと顔を下げた柊さんはそう言ってかなりのスピードで河川敷に向かって走っていく。
「元気が戻って何よりだな」
僕はそう呟いて楽しそうに本について話す少女を追いかけていった。
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