第9話 認める

 「ゆ、雪野さん。……よかったら一緒に帰らない?」

 僕は帰りのホームルームが終わった瞬間勇気を振り絞って気まずくなった雪野さんを誘う。

 「う、うん。出雲君がいいなら」

 そうして気まずい雰囲気の二人が静かに教室を後にする。

 そして沈黙のまま学校を出ていく。

 「雪野さん、寄っていない?」

 僕は学校からしばらく歩いた所にある公園を指差す。

 「うん」

 雪野さんはそう言って頷く。

 「あ、あの雪野さん。……結城君とは何を話してたの?」

 僕は公園のベンチに腰掛けて昼休みに2人が話してのを見てからずっと頭から離れなかった疑問を投げかける。

 「……先に私から一つ聞いていい?」

 雪野さんは少しの間を開けてそう尋ねる。

 「うん。どうぞ」

 僕はすぐにそう答える。

 「出雲君と結城君って知り合いなんだね?」

 控えめな様子でそう聞かれる。

 「いや知り合いじゃないと思う」

 「知り合いじゃないの!?」

 僕の回答に驚きを隠せないのか目を大きく見開いて聞き返される。

 「じゃあ、なんであんなこと知って――」

 雪野さんは思わず口から出てしまったのか慌てて両手で口を押える。

 「やっぱり……結城君から聞いちゃった?」

 雪野さんの仕草で察してしまった僕は舌が回りにくくなった口で恐る恐る聞いてみる。

 「……うん。ごめん出雲君、知られたくないことだったよね」

 「………………………………………」

 雪野さんが申し訳なさそうにそう口にした途端視界がだんだんと歪んでいく。

 知られた?……どうしてこうなった?またあんな目に合うのか?

 頭の中にそんな考えが浮かび始めると過呼吸の症状も現れ始める。

 「い、出雲君、大丈夫!?ゆっくり、落ち着いて呼吸をして!大丈夫、私がついてるから」

 雪野さんはゆっくりと背中をさすって優しい声で僕が安心できる言葉をかけてくれる。

 「吸ってーゆっくり吐いてー」

 声かけに応じるように呼吸をして平常をだんだんと取り戻していく。

 「大丈夫!?落ち着いた?」

 「……え、あ、うん」

 勇気づけるような声に応じたいが呂律が回らない。

 「バチッ」

 そんな音がしたと思った瞬間下を向いた視界がグイっと上昇して雪野さんの綺麗な顔を視界の全てで捉える。

 「私はそんなことで人を、出雲君を判断しない。私は出雲君と今後も仲良くしていきたいと思ってる」

 出雲君は違う?と僕の頬を両手で挟んだ雪野さんが寂しそうな顔で聞く。

 「それ本気で言ってるの?」

 今まで言われた事が無い言葉に思わずそう尋ねる。

 「当たり前でしょ!」

 呆れたような怒ったような様子でそう言われる。

 「こんな……無能な僕でもいいの?」

 そんな許されてこなかった僕の本音を雪野さんは優しい声で〝もちろん"と肯定する。

 「ありがとう……ありがとう」

 僕は泣きそうになるのを抑えて〝ありがとう"を精一杯伝えた。

 

 「ごめんね、結構遠いのに」

 僕らは昨日も来た山の中にある滝の正面にいた。

 「ぜんぜん、気持ちを整理したかったしね」

 少し申し訳なさそうにする雪野さんに慌ててそう言う。

 「それで話って?」

 僕が公園で落ち着きを取り戻した後に、話したいことがあるんだ。と言われるがままにここまで来ていた。

 「基本的に誰にも聞かれちゃいけない事だからここまで来てもらったの」

 雪野さんの真面目な表情にゴクリと唾をのむ。

 「その、えっと、私の能力の話なんだけど……」

 「〈未来予知〉のことだね」

 言いずらそうにする雪野さんに確認を取るようにそう聞く。

 「そう。〈未来予知〉はかなり珍しい能力でね、企業や警察だけでなく犯罪組織までいろんな所で欲されいる力なの」

 どうやら雪野さんも〈未来予知〉に対して父さんと母さんと同じ認識をしているようだ。

 「大袈裟に聞こえるかも知れないけど私の能力が誰かに知られると拉致させる可能性がすごく高いの。だから私は能力を誰かに教えることを禁止されてたの」

 「それって……」

 僕は能力を誰かに教えることができない。その部分に思わず反応する。

 「うん、出雲君の思ってる通りかな。私は今まで無能として生きてきたんだ」

 懐かしむような顔の雪野さんは低い柵に手をついて滝を見ながらそう言った。

 「そう……だったんだ」

 僕はそんな儚げな横顔に目を釘付けされてそう呟く。

 「私の人生はこの能力にずっと縛られてきた。そしてこれからも」

 雪野さんはなんだか悟ったような大人な雰囲気を放つ。

 「私はこれまでの人生でどこか壁のある人付き合いしか出来なかった。ピアノやバレエ、色々な事をしてきたけど、それでこの溝が埋まるわけではなかった。私は自然と能力ひみつという壁があったから」

 僕にも心当たりがある話にどう声をかけていいか分からない。

 「だから中学卒業と同時に私は決めたんだ!危険かもしれない、悪い子にもなるけど一歩を踏み出そうってね」

 雪野さんは微笑みながらこっちにゆっくりと近づいてくる。

 「その一歩はまず隣の席の人に私の能力を知ってもらうことだったんだ」

 僕のすぐ近くに来て微笑んだ雪野さんは上目遣いでそう言った。

 「だから出雲君。これからもよろしくお願いします」

 夕日によって紅に染められた木々の美しい背景も霞むような笑顔で手を差し出される。

 「こんな僕でいいのなら」

 僕は眩しすぎる雪野さんの姿にぎこちなく手を伸ばす。

 「私はクラスで浮いちゃった剛力君に真っ先に話しかけたりする君。好きな物を楽しそうに話す君。そんな君だからこんなこと言っているんだよ!」

 雪野さんは顔が真っ赤になった僕のオドオドした手を両手で掴んでそう言う。

 「君だからいいんだよ出雲君!」

 掴まれた僕の手にこれまでに感じたことがないほど強く握られる。

 「っあ、ありがとう」

 手から伝わる暖かく柔らかい質感に心臓の鼓動が加速していく。

 「そうだ、これも大きい一歩かな」

 そう呟いたと思うと腕が軽く引かれ顔が触れるんじゃないかというまで距離を詰められる。

 「出雲君、私かなり嫉妬深いし、性格だって良いとは言えないんだよね」

 視線が鋭くなり口角が一方に寄った雪野さんは結城君に言った時よりは高い声で耳元そう囁く。

 「こんな私でも仲良くしてくれますか?」

 距離を取った雪野さんは優しい声でそう言って手を差し出す。

 「も、もちろん」

 僕は慌てて差し出された手を握る。

 「ありがとう出雲君。あなたが隣の席でよかったよ」

 そうニッコリ微笑む雪野さんに僕は淡く焦がれる感情に支配された。

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