第8話 最悪

 「つ、着いた~」

 僕は柊さんの協力もあってなんとか遅れずに図書室まで来ることができた。

 「あそこが集合場所みたいですね」

 柊さんが指差す方を見ると多くの人が集まっている中に女子と話している結城君と目が合った。

 「大成君?」

 「あ、ああ。ごめん行こうか」

 心配そうな顔で名前を呼ばれてハッと我に戻る。

 「遅かったな出雲」

 僕が向かおうとすると結城君はただ歩いているだけとは思えない速さでこっちに来た。

 「凄く速いですね」

 オドオドする僕と冷静な柊さんは似たようなセリフを同時に言った。

 「俺の能力は〈重力の勇者〉なんだ。それで進行方向に重力をかけたんだ」

 結城君は僕のことなど見向きもせずに柊さんの方を見て優しい声で説明する。

 「重力?……えっとあなたは大成君と同じクラスでしょうか?」

 柊さんは何かを小さく呟いた後さっきまでとは打って変わって優しさを感じない無機質な声色で尋ねる。

 「大成?ああ、そうだよ同じクラスの結城蓮って言うんだ。君は?」

 「私は柊雫と言います」

 「能力は教えてくれない感じかな?」

 結城君は爽やかな笑顔を絶やすことなく尋ねる。

 「すみません。言いたくなくて」

 柊さんは視線を合わせることなく短くそう答えた。

 「そっか。……それじゃクラスごとに集まって座るらしいから出雲借りていくね」

 若干笑顔がぎこちなくなった結城君はそう言ってフリーズした僕の背中を押す。

 「ちっ、頑張るなよ無能」

 「ぐあぁ!」

 イライラしている結城君が僕のお腹を軽く叩くと、まるで空手の中段突きを受けた時のような拳がめり込むような激痛が走った。

 「あの女には自分が無能ってこと言ったのか?」

 悪い笑みを浮かべた結城君は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐える僕にそう聞く。

 「は、なしてない!」

 息が上手く吸えずに途切れ途切れで答える。

 「へぇー。そうだいいことを思いついた」

 そう言う結城君は悪魔と呼ぶにふさわしい表情をしていた。

 

 「大成君は何曜日が担当になりましたか?」

 集まりが終わって柊さんと一緒に教室に戻っているとそう聞かれる。

 「僕は水曜日になったよ」

 「私も水曜日でした!」

 ピョンと小さく跳ねて喜びを表現する可愛らしい姿に少しドキッとする。

 「あ!そうだ柊さんハンカチ洗って返すよ」

 気持ちが落ち着いた今エレベーターでのことを思い出してそう言う。

 「気にしなくて大丈夫ですよ」

 微笑みながら優しくそう返される。

 「いや、でも……」

 「ふむ……ではこうしましょう。代わりに明日朝5時30分に今朝会った河川敷に来てください」

 食い下がろうとする僕の言葉を遮るように代替案?を提案される。

 「う、うん。分かった」

 食い下がり過ぎるのも良くないと思って了解する。

 「寝坊は厳禁ですよ大成君。では、私はここで」

 「うん。また河川敷で」

 柊さんは5組の前でお互い手を軽く振った後教室に入って行った。

 「高校生ってこんなにしっかりしてるもんか……うわっ!」

 誰にも聞こえない声でそう呟いて教室に向かっていると背後から音もなく忍び寄って正面に現れた幽霊?に驚きの声を上げる。

 「い、出雲君さっきの女の子とはどんな関係なの!」

 幽霊の正体は慌てた空木さんで力強く両肩を掴まれて大声で言って欲しくないことを聞かれる。

 「えっと、教室でいいかな?」

 廊下でこの状態は良くないのでそう提案するのだが……

 「いや、だめだよあの子が出雲君を――」

 そこで空木さんは言葉を止めて頭を押さえて地面に立つ。

 「ごめんね出雲君一方的に話しちゃって」

 急に落ち着いた空木さんはそう言って片目を閉じて手を合わせる。

 「麗華れいかちゃん待ってぇー」

 僕は後ろから聞こえる声に振り返ると目のやり場にとても困る少女が小走りに近づいて来ていた。

 「ごめんごめんこころ。ちょっとね」

 僕と同様に謝られる少女は、西念さいねんこころさんで〈テレパシー〉で印象に残っている人だった。

 「いやー助かったよ心が止めてくれなかったら暴走してたよ」

 なるほど。言葉を止めたのはテレパシーを受けたたから。

 「あ、あの!私、西念心って言います。能力は〈テレパシー〉で、えっと、あの……」

 自己完結をしている僕に西念さんは一生懸命に自己紹介をしようとするが言葉が詰まる。

 「ゆっくりで大丈夫だよ」

 視線をちゃんと合わせてそう声をかける。

 「はい、そこまでー。心ちゃん私に言ったことを思い出してごらん」

 廊下の真ん中で向かい合って話す僕らに呆れた様子でそう声をかける。

 「私もこんな感じだったのね」

 空木さんは顔を赤くする僕らを見ながら頭を押さえてそう呟いた。

  

 「あれって……はぁ、手が早いね~」

 まだ人の少ない教室に入ってすぐに美男美女が二人で話しているのを見て空木さんは、やれやれ。と首を振ってそう呟く。

 「出雲君、そんな顔しなさんな。君にも十分チャンスがあるさ」

 空木さんが僕の肩に手を置いて慰めの言葉をかけるが全く入ってこない。

 「出雲……君?大丈夫ですか?」

 西念さんに声をかけられるが全く耳に入らない。

 僕の頭には今確実に起こっているであろう最悪のことしか頭になかった。

 「だめだ、それだけはだめだ」

 最も恐れていた事態を拒絶する言葉をブツブツ言いながら二人の元へ近づいていく。

 「もう嫌だ、あの日々に戻るのは……嫌なん―」

 とめどなく溢れる暗い言葉が急に止まる。雪野さん……怒っている?

 「これって結城君に何のメリットがあるの?」

 さらに二人に近づくと、結城君を睨みつけて冷たい声でそう言う雪野さんがいた。

 「面白いと思ったんだけどな。だって愛華ちゃんの能力は分からないけど出雲とは違うでしょ?」

 結城君が機嫌を取るようにそう言う。

 「あんたの〈重力の勇者〉は凄いよ。でもあんたが凄いとは思わない。むしろさっきの話であんたが薄っぺらい人だって分かった。」

 才能と悪い自慢は楽しい?と煽るように最後に付け加えて雪野さんは席を立つ。

 「…………い、出雲君!?いつからそこに?」

 こっちに気づいた雪野さんは目から光が抜けて絶望したような顔になる。

 「い、いや、い、今来たところだよ」

 「……忘れて出雲君。い、今のは私じゃないから」

 僕の態度で察してしまったのか泣きそうな顔で教室を出ていった。

 「ちっ、あの尼。ただじゃおかない」

 そんな情けない台詞を吐き捨てて結城君はイライラしながら立ち去っていく。

 「何があったの?二人共いなくなっちゃったけど」 

 遠くから様子を見ていた空木さんにそう聞かれる。

 「いや、僕にもさっぱり」

 雪野さんの意外な一面のことを言えるわけもなく適当に誤魔化す。

 「ほんとに?」 

 「ほんとに」

 疑う目で見てくる空木さんにそう答える。

 「ところで西念さんは?」

 さっきまで一緒にいたと思ったんだが……

 「すぐ戻ってくるよ」

 無表情で視線を逸らしながら返答される。

 「そうだ、出雲君。心は頑張ってるところだからよろしくね」

 空木さんは今までとは打って変わって真面目な顔つきで頼まれる。

 「二人は知り合いだったの?」

 かなり親しそうに見えたのでそう聞いてみる。

 「いや昨日知り合ったよ。一生懸命に話しかけられてそのまま遊びに行って仲良くなったの」

 「凄い行動力だね」

 雪野さんといい女子とはこんなにも行動力があるのかと感心してしまう。

 「そんなことより、出雲君?あの小さい水色の髪の女の子はいったい誰なの!」

 さっきまでの真剣な顔と打って変わって今朝教室で話した時のようなテンションになった空木さんの質問と戦った。

 

 「……ラブコメ?これ現実?……まだ入学して二日だよね。確か柊ちゃんは5組だったよね!大成君!?」

 空木さんは信じられない様子で思ったことをボソボソ言った後輝いた目を浮かべて突撃する気全開で確認を取られる。

 「う、うん。確かに5組だったね」

 僕はあまりの圧に少したじろいで答える。

 「よし!善は急げね!ちょっと行ってくる」

 空木さんは椅子の上空で一度旋回した後教室の外に向かおうとするがすぐさま地面に着地する。

 「心!……よし、まずはピアノの話から……かな」

 戻ってきた西念さんは空木さんの横を下を向きながら通り過ぎる。

 「西念さんピアノ弾けるの?」

 空木さんの言ったことをそのまま聞いてみるのだが……

 「ごめんなさい出雲君。ごめんなさいごめんなさい」

 西念さんは呆然とした様子で下を向きながら震える声で謝罪の言葉を口にする。

 「えっと、大丈夫?」

 謝られることをされた覚えが無い僕は戸惑いながらそう口にする。

 「雪野さんもごめんなさい」

 気配を殺しながら席に座ろうとしていた雪野さんにも同様に謝る。

 「え、えっと?私謝られることされた記憶はないよ?」

 不意に話しかけられた雪野さんは一瞬フリーズした後普段通りの優しい声で返答する。

 「本当にごめんなさい」

 西念さんは深々と頭を下げてもう一度謝った後自分の席に戻っていった。

 「ちょ、ちょっと心!?」

 状況が飲み込めない僕達の中で空木さんは真っ先に西念さんの背中を追いかけていった。

 「えっと、出雲君?どうゆう状況なのかな?」

 「僕も分からないよ」

 僕達は全く視線を合わせずに戸惑いの言葉を口にした。

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