第7話 重力

 「最初に学級委員を決める。やりたい人は手を上げてくれ」

 朝のホームルームの後クラスの係を決めることになった。

 「はいはーい!先生俺やりたいでーす」

 先生が言い終わると同時に山田君が元気よく手を挙げた。

 「他にはいるか?」

 夜影先生は山田君に視線を向けた後クラスを見渡してそう聞く。

 「……じゃあ、はい」

 誰も手を挙げない何とも言えない間の後山田君の隣の席の女子が手を挙げた。

 「では、山田と長谷川で賛成の人は拍手をしてくれ」

 パチパチとクラス全体から拍手が起きる。

 「決まりだな。山田、長谷川、進行は任せた」

 「出雲君はどの係にするの?」

 先生が二人に丸投げしたところで不意に雪野さんに聞かれる。

 「僕は図書委員にするつもりかな。雪野さんは?」

 「私も……なんにしようかなぁ~」

 雪野さんは何かいいかけた後黒板に書かれた係名に視線を送る。

 「じゃあ一つずつ聞いていくから手を挙げてくれ」

 山田君が慣れたように話を進めていき次々に係が決まっていく。

 「じゃあ次は図書委員」

 図書委員の番になったので手を挙げる。

 「あらら三人か……じゃあじゃんけんで」

 手を挙げたのは僕と雪野さんと……結城君。

 「じゃあいくよ。最初はグーじゃんけんポイ」

 雪野さんの掛け声に合わせて僕は目をつぶってグーを出した。

 …………結果は?

 「使えばよかった……視れば確実だったのに」

 じゃんけんの後雪野さんは机の上で腕を組んで何かをブツブツ言っている。

 結果は残念なことに結城君とらしい。

 「昼休みに係事の集まりがあるからいくように」 

 先生が予定を伝えた後この時間は終了となった。


 「図書室は確か三階だったな」

 雪野さんや空木さん達、山田君達と食堂で昼食を食べた後僕は図書室に向かっていた。

 「待てよ出雲」

 同じく食堂で6人ほどのグループ(女子が多い)でいた結城君に肩を組まれた。

 「ど、どうかしたの結城君?」

 動揺しながらそう尋ねる。

 「雪野とは随分と仲がいいんだな」

 冷たい声で耳打ちされた瞬間身体が鉛のように重くなった。

 「遅れるなよ」

 そう言い捨てて結城君は去っていった。

 「なんでこんな事」

 僕のそんな虚しい呟きは誰にも聞こえずに倒れそうな程重い体を無理矢理動かす。

 「よっぃしょ、よっと」

 肩に首を吊った腕を懸命に前に出して足を引きずりながら鉛のような身体で廊下を進む。

 「階段か……無理だな」

 まっすぐ進むことすらままならないのでエレベーターに向かおうとする。

 「大成君!また会いましたね!」

 後ろから今朝聞いた安心する声がしたかと思うと水色の髪の小さな少女が隣にヒョコっと姿を現した。

 「今朝ぶりだね、柊さん」

 ぎこちない笑顔と覇気のない声で挨拶をする。

 「えっと……大丈夫ですか?」

 柊さんはそんな僕を見かねたのか心配そうな声に変わった。

 「あ、あの体調が優れないなら保健室に!」

 僕の顔を見た途端アワアワと効果音がつく程慌てながら保健室の方を指差す。

 「体調が悪いわけじゃないんだ。心配かけてごめんね」

 「その様子で体調が悪くないは無理がありますよ……」

 呆れた。という目でジッと見ながら手鏡で僕の顔を映した。 

 「……はは……これは確かに無理があるな」

 額に汗が浮かび口を震わせ光を失ったハイライトのない目。

 鏡に映るそんな自分に冷たく気持ち悪い汗を自覚しながら呟く。

 「分かりましたか?では保健室行きますよ」

 頬っぺを小さく膨らませて腰に両手を当てた少女は僕の後ろに回り込んだ。

 「いや僕は……っ!!」

 図書室にいかないと。と言おうとした瞬間柊さんは僕の右腕を自分の肩に回す。

 「え、あ……男性の方ってこんなに重いんですか?」

 平然とした小さい少女は僕の重さに驚いた声を上げる。

 「……ありがとう柊さん。もう大丈夫だよ」

 懸命に身体を支えようとする愛くるしい姿に向かって感謝の言葉を述べて、疲れ切った身体に鞭を打ってエレベーターに向かって歩き出す。

 「ち、ちょっと、そんなぎこちない歩き方で大丈夫なわけないですって!」

 怒った声で呼び止められるがそれを無視する。

 「何で……そんな無茶するんですか?」

 再び隣に来た柊さんは控えめな声でそう尋ねる。

 「……もう逃げたくないから。かな?」

 キョトンとした少女を見ずに正面を見て答える。

 「理由になってませんが……しょうがないですね」

 柊さんはため息をついた後エレベーターに向かって駆けていった。

 「何に立ち向かうかは知りませんが私も微量ながら協力しましょう」

 優しく微笑みながらそう言ってエレベーターのボタンを押す。

 「頑張らないとな」

 気合いを入れた後僕は一人でさらに歩を進めてエレベーターの中に入る。

 「やっと着いたー!」

 僕はエレベーターの手すりを掴んで心からそう言う。

 「よく頑張りましたね大成君」

 荒れた息を整えている僕に同い年の少女はまるで子供の成長を見守る母親のような表情と声色を向ける。

 「あ、うん。そうだ……あれ?」

 向けられた表情と声から逃げるようにエレベーターのパネルを見たのだが……既に3階が押されていた。

 「えっと柊さん?僕行き先――」

 「大成君汗すごいですね」

 僕が言い終わるより早く背伸びをする柊さんは慈愛に満ちた顔を至近距離まで近づけ、ハンカチで僕の汗を拭う。

 「……!?ちょっ柊さん何をしてっ」

 僕は重い身体ということも忘れて素早い動きで距離を取る。

 「何って……汗を拭いてるだけですよ」

 そうゆうことじゃなくて。と言おうとしたが首をかしげてキョトンとした顔を見て引っ込んでしまった。

 「あ、着きましたね。出雲君お先にどうぞ」

 チーンという音と同時に三階の扉が空き、僕は開くボタンを押している少女に促されるまま図書室に向かって再び歩き始める。

 「危なかった!……で、でも誤魔化せる範囲だよね」

 エレベーターの角で縮こまり震える少女は自分に言い聞かせるように小さく呟く。

 「しっかりしなさい雫。この日々を続けたいのなら」

 自分に活を入れた少女は重い身体を必死に運んでいる背中を追いかけて「そういえば大成君三階でよかったんですか?」そう話しを切り出した。

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