第6話 一歩

 「出雲君!おはよー」

 家から少し歩いた所で少し息を切らした雪野さんが手を振りながら走って来る。

 「お、おはよう雪野さん」

 僕は振り返って膝に両手をついて息を整える雪野さんに挨拶をする。

 「出雲君っぽい人がいたからさ、走ってみたんだ」

 雪野さんは満面の笑顔でドキドキすることを言う。

 「隣いいかな?」

 雪野さんに上目遣いでそう言われる。

 「も、もちろん」

 破壊力の高すぎるその目にたじろいで返事をする。

 「それにしても二日連続で会うなんてこんな偶然あるんだね」

 「そうだね、嬉しい……偶然だね」

 笑顔な雪野さんと反対に僕は言葉に詰まる。

 クラスと山での記憶が強いせいで通学路のことを忘れていたが……

 「どうかしたの?」

 雪野さんは視線が宙ぶらりになって歯切れが悪い僕にそう聞く。

 「いや、何でもないんだ」

 「そう、確かに顔は、暗、く、ない……っつ!」

 何かに気づいたように声のトーンが小さく途切れ途切れになっていく。

 しまいには真っ赤な顔になって声にならない声を上げた。

 「そうだったぁ……やらかしたんだったぁ~」

 雪野さんは恥ずかしそうに頭を押さえてそう呟く。

 「覚えてる出雲君?」

 ぎこちない顔でそう聞かれる。

 「何を?」

 もちろん覚えているが知らないふりをしておく。

 「何でもないよ!」

 慌てる雪野さんは両腕を前に出して何もない事をアピールする。

 「それよりさ!」

 慌てて話題を変えようとグッと顔を近づけられお互い動揺する。

 「えっと、……読書以外で好きなことはある!?」

 少しの沈黙の後雪野さんは話題を変える。

 「そうだな……スポーツ全般は好きかな」

 僕もぎこちない笑顔で何事もなかったかのようにそう返す。

 「スポーツが好きなんだ!じゃあ運動部に入るつもりなの?」

 「そうだな……」

 学生が行う部活動は基本的に能力の使用を禁止している。だから互いの能力を教え合って能力の使用不正が無いようにするのがのがマナーだ。無能です。は通らないし言いたくもない。

 「今のところ入るつもりはないかな。ゆきっ……」

 雪野さんは?と聞こうとしたが思いとどまる。

 父さんと母さんの話から考えると意味合いは逆だが同じ状況なんじゃないか?

 「雪野さんの好きなものを教えてくれない?」

 「好きなもの?そうだなぁ……私は料理が好きかな」

 思ったとおりというべきか雪野さんらしい回答がでる。

 「得意料理とかある?」

 「豚の味噌キムチ炒めとかマグロユッケかな」

 なんというか……結構渋いな。

 「やっぱり変かな?私の家はよくお客さん来るから自然と得意になったんだよね……」

 こちらの心情を察したかのような発言とに少し面食らう。

 「全然そんなことないよ!女性としては100点だよ!」

 僕は慌てて思ったことをそのまま言ってしまう。

「そうかな……ありがとう」

 雪野さん嬉しそうに両手で口元を押さえて下の方を真っ直ぐ見つめる。

 「出雲君、私ね絵を描いたりピアノを弾いたりするのも好き」

 雪野さんは僕を真っ直ぐ見て少し小さめの声でそう言う。

 「……多才だね」

 雰囲気が大幅に代わった雪野さんに戸惑いつつ思った事を口にする。

 「そうだ!私も運動やってたんだ、バレエ、体操、ダンスあとテニス」

 普段通りのテンションに戻った雪野さんは指を折りながら数えていく。

 「出雲君は何かやってたりする?」

 「僕は空手とテコンドー、あと柔道とか」

 「なんか意外だね……でも確かに体格がたいいいよね」

 雪野さんはそう言って値踏みするかのように僕の全身を見る。

 「そうだ、ちょっと手を見せてよ」

 「あ、うん」

 雪野さんは動揺する僕の手を取る。

 「うわ、やっぱり硬い」

 いわゆる拳ダコと言われている拳にできる豆を触ってそう呟く。 

 「年季がはいってますな~」

 雪野さんは微笑みながら無邪気に呟く。

 「あ、学校が見えて来たね出雲君」

 ここで僕の手は解放された。

 「そ、そうだね」 

 「出雲君と話しているとあっという間だね」

 笑顔でそんなことを言われて僕は赤面せずにはいられなかった。


 「おはよー雪野ちゃん、出雲君」

 賑やかな教室の席に着いた後雪野さんの前の席の活発そうな女子に挨拶される。名前は確か――

 「空木そらきちゃん、おはよう」

 そうだ空木さんだ。確か能力は〈浮遊〉だった気がする。

 「ところでさ……その、二人で来たの?」

 空木さんはどっちを見るでもなくそう聞かれる。

 「ごめんごめん、二人で話ながら教室に入って来たからさ」

 急なことで顔を見合わせる僕らに慌てて理由を付け加える。

 「う、うん。途中で会ったんだ」

 雪野さんが少しぎこちなく答える。

 「二人は中学校同じだったり?」

 ニヤッとする空木さんは雪野さんに顔を近づけて声のトーンを上げて聞く。

 「違うよ。昨日初めて会ったよ」

 「本当に?」

 次はこっちに顔を近づけて聞かれる。

 「うん。僕は中学卒業と同時にここに引っ越してきたから」

 僕は少し後退しつつ答える。

 「本当かなぁ?」

 次は両方をニヤリと見て楽しそう声色で疑いの言葉をかけられる。

 「本当だよ~」

 僕とは正反対な落ち着いた様子で返答する

 「だって昨日教室に入った時から知り合いみたいだったし、距離も近かったしさ!」

 空木さんはこういう話が好きなのかテンションが高くグイグイ来る。

 「そ・れ・にー二人とも能力が秘密……これで何もないわけがあるのでしょうか?」

 ひとしきり話した後マイクが向けられる。

 「えっと……」

 どう答えたらいいか分からず隣を見てみると困惑気味の雪野さんと目が合った。

 「ごめんごめん、困らせるつもりはなかったんだ」

 空木さんはそう言って手を合わせる。

 「気にしないでね。……確かに傍からみると変だね」

 空木さんにフォローした後僕に向かってそう言う。

 「確かにそうだね」

 言われてみると今までの人生とは真逆で変な一日に思わず笑ってしまう。

 誰かと対等に話せたのはいつぶりだろうか?

 「あっ」

 雪野さんは急に目を見開き気の抜けた声を発する。

 「確かに今のは反則だけど、雪野ちゃん分かりやす~」

 俯く雪野さんは周りを文字通り飛び回る少女にほれほれとおちょくられる。

 「そうだ出雲君の好きなタイプって――」

 なんだかとんでもないことを言うところで賑やかだったクラスが静かになる。

 「ちょっとごめん」

 そう言い残して僕は多くの視線を集めなが席に着く剛力君の方へ向かっていく。

 「お、おはよう剛力君」

 僕は沈黙を破るように静かに席に座る剛力君に声をかける。

 「おはよう出雲」

 眠そうな顔を上げて眠そうな声で挨拶される。

 「眠そうだね」

 正直僕は迷っていた、結城君に何を言われたのかを聞きたいのだ。

 だけど今は打算を優先させるべきではない、今の剛力君はクラスでは不安定な立場にある。

 「剛力君。去年の夏頃に起きた氷の流星の話は知ってる?」

 昨日の夜から頭の中でシュミレーションした話題を振る。

 「あぁ、知ってるな。……〈液体の結晶化〉を倒したやつだな」

 「そう!町一帯を覆う氷塊をたった一人で粉々に切ったのをテレビで見た時は感動したよね」 

 「とんでもないよな。しかも人に当たっても無害の大きさにだもんな」

 町一帯に降り注いだ微細な氷は太陽光を反射してとても幻想的な情景だったと聞く。

 「剛力君は他に好きな話はある?」

 「……そうだなぁ……あんま思いつかないな」

 「そっか、じゃあさ一番最近の――」

 昨日保健室で話した時と同じようしているつもりだが……どこかよそよそしい?

 「なんだ剛力元気ないじゃん」

 教室内に二つしかなかった声に山田君の声が追加された。

 「入学初日から結城に自分から喧嘩売ってこっっぴどーーくやられたからって落ち込むこともないさ」

 山田君は煽るようにそう言ってグットサインをを向ける。

 「うるせぇな。……分かってる」

 剛力君はぶっきらぼうにそう返す。

 「てゆうか、お前らも〈切断の勇者スサノオ〉のファンなのか?」

 「うん。山田君も?」

 僕がそう聞き返すと山田君は嬉しそうに頷く。

 「山田君はどの話が好きかな?」

 「俺が一番好きな話はやっぱり〈水の勇者〉戦だな。なんたって日本が水没する危機でしかも敵は水の中を自由に動けるときた、こりゃあもうダメだと思ったところでだー……」

 山田君は机の上に〝影”を伸ばして芝居のように話し始めた。


 「その時の人工衛星からの映像は日本がすっぽりと水でかこま――」

 囲まれていた。そう言いかけたところで言葉を止め、ある一点を見つめだす。

 「お、おはよう結城君!」

 教室の前の方からそんな女子の声が上がる。

 「おはよう」

 注目の中心である結城君は手を振りながら爽やかに返事を返してこちらに向かって来る。

 「昨日は悪かったな、あそこまでやるつもりはなかったんだ」

 結城君はそう言って剛力君に頭を下げた。

 「こっちこそ急に喧嘩吹っ掛けて悪かった」

 同様に剛力君も結城君に頭を下げた。

 「これで一件落着だな」

 笑顔でこっちを見て山田君がそう言う。

 「そう……だね、よかった」

 よかった。と思うが二人は昨日会っているはずなんだが……改めて謝ったってことだろうか?

 何より結城君は誰かに頭を下げたりするタイプじゃないと思う。

 「そんなよそよそしく無くていいぞー出雲~」

 違和感を覚えて下を向いている僕に山田君はそう言って肩を組んでくる。

 「その通りだな出雲、昔と違ってこの学校の民度は低くないさ」

 まるで僕の過去を知っているかのように〝昔”という単語を使ってくる。

 「結城と知り合いか?」

 山田君に肩を組んだまま耳元で真剣表情と声で聞かれる。

 「違うと……思う」

 自信を失いつつある僕は半信半疑で答える。

 「まあなんだ、悩み事があったら言ってくれ」

 山田君はそう言って肩を離す。

 「キーンコーンカーンコーンー」

 「席に着けー」

 チャイムが鳴るのと同時に先生がこっちを見ながら声を飛ばす。

 「チャイムが鳴る前に座ってないとダメですよ出雲君」

 雪野さんは慌てて席に戻った僕に、待ってました!と言わんばかりの表情を向ける。

 「うっ……善処します」

 僕は縮こまりながら席に座る。

 「剛力君と仲良くなってたんだね」

 雪野さんは楽しそうに笑いながらそう聞かれる。

 「う、うん昨日保健室で話してね」

 「結城君とも仲直りできたみたいで安心だね」

 「そうだね、安心だね」

 嬉しそうに笑う雪野さんと真逆で僕はぎこちない笑顔でそう返答した。

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