第13話 ある少年

 「ねえ西念ちゃん。肩凝ってない?」

 昼休みに麗華ちゃんと話していると雪野さんが私には眩しすぎる笑顔を向けてやって来る。

 「へ、平気です」

 「そう言わずに~」

 断る私に雪野ちゃんはそのままの笑顔で続ける。

 「ゆ、雪野さんは何で私にこんな事してくれるんですか?」

 優しい笑顔を浮かべる雪野さんは私がテレパシーを送ったことに気づいているだろう。

こんな私と関わりたくないに決まっているはずだ。

 「あんまり元気そうじゃないのと……私もよく凝るからね」

 雪野さんは相変わらずの偽りのない無邪気な笑顔で、そして優しい声でそう答える。

 「……贅沢な悩みだ」

 一連のやり取りを近くで見ていた麗華ちゃんはそう呟く。

 「……なっ!」

 雪野さんは驚いた顔でそう言うと肩にかける力が強くなる。

 「い、痛いです雪野さん」

 かなりの力に私は耐え切れずそう口にする。

 「ご、ごめんね!ちょっと力が入っちゃって」

 呆然と虚空を見つめていた雪野さんにそう謝られる。

 「ゆ、雪野さん!?」

 「……西念ちゃん、ちゃんと相談しないとだめだよ」

 なんだか悲しそうな雪野さんは私を真正面から抱きしめて優しく諭すようにそう口にする。

 「ど、どうしたの雪野ちゃん!?」

 あまりに突然な行動に麗華ちゃんは驚いたような声をあげる。

 「な、なんっで!」

 私は暖かい雪野さんの胸の中で絞り出すように流れそうになる涙を堪えてそう口にする。

 「西念ちゃん。今から二人で少し話さない?」

 雪野さんは私の両肩を掴んでその暖かい綺麗な瞳をしっかりと合わせてそう提案する。

 「う、うん。お願いします」

 私はその瞳に縋るように雪野さんと一緒に教室を出る。

 「単刀直入に聞いてもいいかな」

 人気のない場所に移動した後雪野さんに真剣な表情でそう言われる。

 「結城君とどんな関係なの?」

 「……ご、ごめんなさい、ごめんなさい」

 雪野さんの質問に私は反射的に謝っていた。

 「あ、謝らないでよ西念ちゃん!」

 「ち、違うんですよ、私が!私が悪いんです。私が弱くて臆病者だから!」

 雪野さんは優しい言葉をかけられ私は発狂に近い心理状態でそう叫ぶ。

 「やめて、やめてください」

 もう一度私を抱きしめる雪野さんに私は涙を流して乾いた声でお願いする。

 「聞いてほしい事があるの西念ちゃん」

 雪野さんは優しい声でそう言って自分の能力について話し始めた。

 

 「大成君。これおすすめです」

 図書室の受付を一緒にしていると本を持って来た柊さんにカウンター越しに手渡される。

 「あ、ありがとう柊さん」

 カウンターの向こうからひょっこりと現れた柊さんから本を受け取ってお礼を言う。

 「そうだ!大成君、聞いてほしい事があります!」

 図書室に来てからずっと楽しそうな柊さんは語尾を強めてそう言う。

 「今日陸上の授業で50メートルを計ったところ9秒を切ることが出来ました!」

 「それは凄い」

 本当に嬉しそうにする柊さんに微笑みながらそう返す。

 「……大成君は入学して3日過ぎましたが学校生活はどうですか?」

 急に真剣な顔になった柊さんにそう聞かれる。

 「そうだな、……楽しいよ」

 僕は少し考えた後そう答える。

 「……それは良かったです」

 「柊さんはどう?」

 心底嬉しそうに微笑む柊さんに聞き返す。

 「私も楽しいです。……人生の中で最も満たせれている気がします」

 柊さんはとても寂しそうにそう言う。

 「……大袈裟でしょうか?」

 僕の思っている事を先読みするようにそう聞かれる。

 「……そんなことはないよ」

 僕も同じようなものなので否定する。

 「もう一つ聞いてもいいですか?」

 声をもう一段下げた柊さんに、どうぞ。と答える。

 「絶対に逃げられない巨悪にどう向き合いますか?」

 「……えっと」

 心理テストのような問いかけに言葉が詰まる。

 「あんまり難しく考えなくて平気ですよ」

 見かねた柊さんはそう言う。

 「そうだな、出来るだけ抵抗することかな」

 僕が一度通った道を思い返してそう答える。

 「抵抗することも不可能であった場合はどうですか?」

 柊さんはさらに条件を付け加えて尋ねる。

 「それなら……受け入れてしまう方が楽かもしれないかな」

 僕は抵抗の果てに悟ったことを回答する。

 「受け入れたうえで耐え切れなくなったらどうしますか?」

 そう聞く柊さんは今までの中で一番真剣な表情をする。

 「逃げられないんだよね?」

 「絶対に逃げられません」

 僕の場合は引っ越しという選択をしたがそれができないのか……それじゃあ僕は――

 「大成君。生きることを放棄することもできません」

 柊さんは僕の考えを見透かすようにそう付け加える。

 「……僕がその状況だったらとっくに壊れている気がするな」

 僕はそう結論づける。

 「こんな感じでいいのかな?」

 「答えてくれてありがとうございます」

 柊さんは優しく微笑んでお礼を言う。

 「そうだ、大成君は体育は何の種目にしましたか?」

 普段通りの落ち着く雰囲気に戻った柊さんはなんでもない話題に変える。

 「僕も陸上に――」 

 「雪野に加えてもう一人とは良いご身分だな無能」

 僕の言葉を遮るようにそんな卑しい声が発せられる。

 「…………」

 「何か御用ですか結城君」

 返答に困る僕を尻目に柊さんはそう尋ねる。

 「あぁ、雫ちゃんは本に詳しいと聞いてな、とある本について聞きたいんだ」

 「私では力不足ですよ。司書の先生に聞いた方がよろしいかと」

 普段通りに微笑む柊さんは事務的な声でにそう促す。

 「そう謙遜しなくても平気さ」

 そう言った後結城君は話し始める。

 「その本の主人公である少年は幼少期から警察である両親やその国のトップの影響で英雄に憧れていた」

 結城君は僕の方を見ながら〝ある少年"の昔話を話し始める。

 「だがその少年はこの世界に見放された。能力がいつまで経っても発現しなかったんだ、英雄になる幻想はあまりに早く散った。そして同時に自分が異端であることを教えられる」

 結城君は独特な言い回しを駆使して話していく。

 「少年は無能を理由にいじめられてきた。でも少年は諦めなかった抵抗を選んだ、自分の肉体を鍛え技を磨いた」

 悪魔は楽しくなってきたのか声が大きくなっていく。

 「ある日少年はいじめの主犯の〈ロックオン〉という能力者を倒すに至った」

 「っ!そこまで知って―」

 僕は驚きのあまりそう小さく呟く。

 「いじめはそう単純なものじゃない。少年の失敗は人前でやらなかったこと、力を誇示しなかったことにあった」

 悪魔はそう言うと柊さんの方を見る。

 「今まで下だと思っていた無能に負けた。雫ちゃんだったらどうする?」

 「………………」

 「それは実に簡単なことだった、より悪質に過激にお前は下だと無能に教えるだけだった」

 悪魔は返答に困る柊さんの回答を待たずに話を続ける。

 「そして複数の能力に晒された無能は悟ることになった。いや、受け入れたんだ無能と知った日から頭に残っていた事を。それは……無能に価値は無いということを」

 結城君は満足したのか声のトーンを落としていく。

 「こんな内容の本を雫ちゃんは知らないか?」

 話し終えた結城君は柊さんにそう尋ねる。

 「すみませんがその様な本は知りません」

 柊さんは端的にそう答える。

 「そうか、もし思い出したら出雲経由で教えてくれ」

 そう言って結城君は図書室を後にした。

 「そういうことか」

 昨日の事もあって僕は理解する。

 言いふらさないのに疑問を持っていたがこんな風に僕が一番嫌う形で使ってくるのか。

 「大成君、大丈夫ですか?」

 僕が自問自答をしていると心配そうな柊さんがこっちを見ていた。

 「う、うん。大丈夫」

 我に返った僕は慌ててそう返事をする。

 「……大成君も苦労しているんですね」

 何かを悟ったような声でそう言われる。

 「そ、そうだ!大成君も陸上を選択したって言ってましたよね」

 元気を失った僕に柊さんはぎこちなく話を変える。

 「そうだよ」

 「え、えっと……50メートルって何秒でしたか?」

 覇気がない僕に柊さんは必死そうに話す。

 「ごめん、分からないや」

 「計りませんでしたか?」

 僕の返答にあわあわし始めた柊さんがさらに尋ねる。

 「計ったんだけど……転んじゃってね」

 「そ、そうでしたか」

 ついに柊さんは黙ってしまった。

 「た、大成君!私は抵抗しようと努力したことを尊敬します!」

 柊さんは普段からは考えられない程の覇気のある声でそう叫ぶ。

 「だ、だから……そんなに自分を嫌いになっちゃだめです」

 いつの間にかポツポツと涙を流す柊さんが消え入りそうな声でそう伝える。

 「柊さんは無能な僕を……」

 僕はここで言葉を止める。こんな事を聞いたところで意味はない。

 口先だけじゃ人なんか理解できるわけないんだ。

 「……ありがとう柊さん」

 僕は笑顔で柊さんに心の底からお礼を言った。

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