第2話 不可解
場面は変わって剛力君と結城君が机で囲まれたリングの中で向かい合っている。
傍観者であるクラスメイト達はワクワクしている人が多く、ヤジも少なからず飛んでいる。
そして先生も止めるつもりはないようだ。
「学校で暴れるわけにもいかないだろ?だからルールを決めよう剛力」
「ルールだぁ?んなもんいらねえよ」
剛力君はそう言って今にも殴りかかりそうな勢いである。
「二人とも仲良くしようよ……」
雪野さんが訴えるように呼びかけるが耳に届いてはいないようだ。
「ルールは簡単……立ち上がれたらお前の勝ちだ」
結城君がそう言って人差し指で地面を指すと同時に剛力君が地面に這いつくばる。
「お前の〈筋力増強〉で俺の重力を突破してみせろ」
いたって冷静な結城君とは対象的に剛力君は全身から血管が浮きだし顔が真っ赤になっていく。
「うおおおー」
ヤジが飛んでいた教室は次第に雄叫びを上げて立ち上がろうとする剛力君の声以外聞こえなくなる。
「結構やるんだな」
そう言ってもう一度人差し指で地面を指す。
「ぐっ、あ」
さっきより明らかに地面に押し付けるパワーが大きくなり剛力君の声と表情が痛々しくなっていく。
「そこまで!」
ここでやっと夜影先生が止めに入るが……結城君は止める気はないらしい。
「能力を止めろ結城」
声に怒気を込め、指先に光の球を作ってもう一度制止する。だが結城君は止まらない。
「忠告はしたからな」
そう呟くのと同時に指先の光の球はレーザーのように形を変えて一直線に結城君の顔へ向かって直進する。
「っと……聞いてた話と違うな」
結城君は辛うじて伏せて回避したが夜影先生は無数の光の球を空中に作って構えている。
「オーケー先生」
結城君はそう言って剛力君を重力から解放した。
「大丈夫!剛力君!?」
雪野さんは勢いよく剛力君にかけていく。
「剛力、保健室に行って来い。この学校の養護教諭は腕が良い、見てもらうといい」
「分かりました」
先生の指示に従って剛力君は悔しそうにその場を離れていった。
「出雲君せっかくだし一緒に学校を見て回らない?」
結城君と剛力君のひと悶着を見た後帰る支度をしている僕に雪野さんがそう言ってくる。
「僕なんかでいいの?」
雪野さんに話しかける人はたくさんいた気がしてそう聞き返す。
「うん!出雲君がいいの!」
雪野さんは屈託のない笑顔でそう答える。
いったい僕は今日何回赤面したらいいのだろうか?
「雪野さんがいいなら是非」
「やったー!」
僕は明るい笑顔を見ながら急いで支度をして教室を後にした。
「うぅぅ、雪野ちゃんを誘って断られたと思ったら出雲と一緒に帰ってるー……俺と出雲との差はなんだー」
机に突っ伏した山田君は不満を口にする。
「顔……かな?出雲君は仕草はともかく顔は整ってて身長もまあまあ高いし」
山田君の隣の席の紺色の髪の女子にそう返答される。
「女にとって男はステータスなのか~」
そう言ってさらに肩を落とす山田君。
「まあまあ山田落ち着けよ……まだ学校は始まったばかりだ」
「俺は高校では彼女を作ると誓ったんだ!」
「まあ入学初日にあんな仲良さそうなのは確かに変かも」
彼女を作る。そう息巻く山田君に苦笑い浮かべる女子も疑問に思うところがあるらしい。
僕たちがクラスを出た後そんな会話が行われた。
「出雲君、最初に保健室に行ってもいいかな?剛力君の様子が気なるの!」
そう言う雪野さんは不安そうな表情を見せる。
「うーん……」
善意から来ている行動なのだが剛力君の首を絞めてしまう可能性が高い。
「僕はそっとしておくのがいいと思うな」
男という生き物は自分が弱っていることを親であっても誰かにに見せることを極端に嫌う習性を持つ。剛力君は特にそのタイプだろう。
「そうかな?誰かが傍にいた方がいいと思うんだけど……」
「な、なら僕が様子を見に行って来るよ。聞きたいこともあるし……」
誰かに意見をするなんていつぶりだろうか?早くなる鼓動を抑えつけながら僕はそう言う。
「私は行っちゃだめ?」
「剛力君は特に女子には来てほしくないと思うよ」
少し不満気な雪野さんに出来る限りスムーズにはっきりと目を見て伝える。
「わ、分かったよ出雲君。きっと男の子にしか分からないことなんだね」
少し視線をずらし手をパタパタしながらオドオドした表情を見せる雪野さん。……引かれてしまったかな?
「私は先に図書室に行っておくね」
「うん。剛力君の様子を確認したら僕もすぐに行くね」
僕はそう言って保健室に向かおうとするとシャツの袖をつままれる。
「視てるからね出雲君」
雪野さんは真面目な顔で自分の目を指差してそう言う。
「う、うん?」
「待ってるね」
雪野さんは慌てる僕に笑顔でそう言って立ち去っていった。
「保健室は……あったあれだ」
学校の地図を見ながら一階を少し歩いているとすぐに保健室は見つかった。
「失礼します」
ノックをして扉を開けると白衣を着た女性が机に突っ伏している。
「今日は入学初日なんだけどなぁ……君もケガしたの?」
身体を起こした苦笑いの大人の雰囲気がある女性がそう話しかけられる。
「ちなみに君は何年何組の生徒かな?」
「一年一組の出雲です」
「やっぱりか~」
そう言って呆れた表情を見せる。
「光ちゃんに説教しとかないと……」
保健室の先生はブツブツ何か……おそらく文句を言っている。
「で、出雲君はどんな要件かな?」
「剛力君の様子を見に来ました」
「ケガはしてないのね」
先生は安心したのか椅子の背もたれに寄りかかる。
「なるほど、そういう事ね~連続で手術だったらキレてるところだったよ~」
「手術?そんなに悪い容態なんですか!?」
剛力君が立ち去る時はそんな様子を見せなかっただけに驚いてしまう。
「出雲君聞いてよ~肋骨が三本折れてたの。大変だったんだからー」
「肋骨が折れてた?大丈夫なんですか?」
かなりの重症に驚きながらそう尋ねる。
「大丈夫、大丈夫。もうくっつけたし内臓も問題はないわよ~」
先生はおちゃらけてそう言う。……本当にこの先生は大丈夫なんだろうか?
「今失礼なこと思ったでしょ」
「い、いえ」
考えを見透かされてギョッとする。
「私の能力は〈
そう言って誇らしげに腕を組む。
「凄いですねまだ10分もたってないのに。でもそんな名医がなぜこんな場所に?」
手術を自己完結できる医者はかなり少数だしこんな短時間で終えれる医者は少なくとも聞いたことがない。
「責任を負いたくなからよ」
どうやら地雷を踏んだらしく少し声のトーンを落としてそう言われる。
「話はここまでにしてと、剛力君なら隣の部屋のベットにいるわよ」
先生は笑顔でそう言って隣の部屋へと続く扉を指差す。
「ありがとうございます!」
お礼を言って剛力君の元に向かう。
「身体は大丈夫?剛力君」
ベットに横になっている僕より一回り大きい剛力君に声をかける。
「あぁ出雲か、なんか用か?」
「無理して起きなくていいよ!」
名前を覚えてくれた剛力君が身体を起こそうとするのを慌てて制止する。
「もう身体は問題ないんだ。医者顔負けだよ
そう言って剛力君はベットに座る。
「剛力君の様子が気になったのと……聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?何でも聞いてくれ」
「えっと、その……どうして結城君にあんな喰ってかかったのか気になって」
そう言うと剛力君は険しい表情をする。
「ご、ごめんね。言いたくないよね」
僕は慌てて謝罪の言葉を口にする。
「出雲、お前も
少し考えた後剛力君は口を開いていく。
「もちろん知っているよ……僕も憧れてた時期があったし」
能力育成警察特別学校。国立の学校で7年間みっちり鍛えて能力の向上を目指す学校だ。
そして将来国を守っていく人材を育てる機関である。
「俺は能育の推薦は貰えなかったからよ一般試験を受けたんだ」
「……一般試験かぁ」
能育は基本的には国からの推薦を受けて入学出来る。
だが国の目から逃れた優秀な人材を見つけるために一般試験がある。
難しいのは言うまでもなく合格者が0だった年もあるぐらいだ。
「俺は落ちちまったけどよ結城なら推薦だって貰ってるだろ。仮に貰ってなくも一般試験でも確実に合格してる。……なのに何であいつはここにいる!」
剛力君はとても苛立ちながらそう言う。
なるほど、だから自分が望むものをすべて持っている結城君に喰ってかかったのか。
「ご、剛力君は何で能育に入りたかったの?」
「なんでって、そりゃ強くなりたいからだろ。俺も〈
僕も無能と自覚するまでは英雄に憧れてたので気持ちは分かる。
だが結城君に喧嘩を売った理由には少し弱い気がしてならない。
「それだけなのかな?剛力君」
僕がそう言った直後剛力君が警戒の色をみせる。
「ご、ごめん剛力君。悪気はないんだ。ただ能力も強いし相当鍛えていると思う。それに勉強もしてきていると思うから」
その身体になるまでの努力量は決して少なくないし、ここは簡単に入れる高校でもない。
ムカついたから。で喧嘩を売らない人だと思った。
「鋭いんだな出雲は」
そう言って感心した様子を見せる剛力君。
「確かに俺には強くならないといけない理由がある。その為なら何でもする覚悟があったんだがな……」
剛力君はそう言うと拳を強く握りしめる。
この世に確かに存在する
それを埋めるための身体づくりの苦労は僕にも痛いほど分かる。
……そしてそれが通用しない時の無力感も。
「そんな顔するな出雲、俺は折れたわけじゃねえ改めて目標ができただけだ」
「剛力君は強いんだね」
「そうかぁ?ただ凡人があがいてるだけな気がするのが」
「立ち上がれるだけで十分強いよ」
僕は心の底からそう思う。
「お、おう。なんか照れるな」
剛力君はそう言って視線を逸らす。
「ありがとな出雲、元気出たわ。よし明日から鍛えなおす!見てろよ結城」
剛力君は立ち上がって気合いを入れるように大きな声でそう口にする。
「でも喧嘩はだめだよ……力だけが強くたって何の意味もないよ。剛力君の力は喧嘩に使うような軽いものじゃないと思うから」
僕は話を聞いた中で言っておきたかったことを目を見て言う。
「……そうだな、八つ当たりはだめだよな」
剛力君はもう一度ベットに腰を落して暗い顔で俯く。
「別に能育だけが警察に入る道じゃないしな……結城に謝らないとな」
気持の整理ができたようで明るい顔を上げてそう言った。
「そうだ剛力君
今なら大丈夫と思って日本の英雄の話を切り出してみる。
「そりゃあ日本の英傑になった〈水の勇者〉戦だろ。島国の日本の最大の天敵を剣一つで倒しちまったんだから」
急に話が変わったので少し驚いた様子で返答される。
「僕もだよ!僕もああなりたくて剣道始めたしね」
「あるあるだよな。俺も始めようとしたしな。それに――」
ここから僕らは〈切断の勇者〉の能力を持つ日本の生きる伝説であるスサノオについて話し込んだ。
「じゃあ僕そろそろ行くね剛力君、お大事に」
語り合っていたらかなり時間が経っているのに気づいて慌てて立ち上がる。
「おう、また明日な」
お別れの言葉を交わして保健室から急いで出る。
「結構話しちゃったな、早く図書室に行かないと……」
「こんなとこで何をしているんだ出雲?」
保健室を出てすぐに結城君に声をかけられる。
「結城君こそ何をしに来たんですか?」
僕は思わずそう聞き返していた。
ここから先は保健室ぐらいしか用のある場所はない。ここに来る理由は一つもないはずだ。
「剛力から吹っ掛けてきたとはいえやり過ぎた、だから謝罪でもしようと思ってな」
結城君は一切表情を変えずにそう言う。
「剛力君は大丈夫そうだったよ。だから気にしなくてもいいと思う」
結城君を剛力君と絶対に合わせてはいけない、僕の今までの人生の中で培われた防衛機能がそう言っている。
「それは良かった。ちゃんと対話ができそうだ」
結城君は相変わらず無表情で僕の隣を通って保健室に向かおうとする。
しかし結城君は僕の隣でピタリと止まる
「え!?」
不自然に止まった結城君の方を向こうとしたら僕は地面に手をついていた。
加えて身体が重りをつけたかのように重い。
「何か用か?出雲」
口角をあげた醜悪な表情と悪意で研がれた刃物のような目でこちらを見てくる。
「な、何でもないよ、つまずいちゃって」
僕は早口でそう言って重い身体を無理矢理起こして立ち上がる。
「へぇ案外鍛えてんだな」
結城君が剛力君にしたように人差し指を地面に向けると僕はまた膝をつく。
「なんでこんな事をするの?」
いつのまにか全身から冷たい汗が噴き出していく。
「お前が一番分かっていることだろ。なあこの世界の異端者?」
結城君の心を見透かすような目が僕を射抜く。
「弱者は今のお前みたいに
「……何を言ってるの?」
僕は言われた事が理解できずにそう尋ねる。
「お前はとっくに理解しているだろ?」
結城君の姿はかつての悪魔が強大なものに進化して重なる。
「なんで……こんな事を?」
そう聞くと言葉が出ないぐらい醜悪な顔を向けられる。
「こんなつまらない事はとっくに飽きたんだが、縋るものがないやつは初めてだからな。なあ、〝無能”?」
「…………え?」
なんで知ってる!?引っ越しまでしたんだ!知ってるはずがない!
「明日からが少し楽しみだ」
結城君は興味が無くなったのかそう言い残して保健室に向かって立ち去っていった。
「なんで……僕の人生はうまくいかないんだ?」
僕はただただ呆然としたまま動けなかった。
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