狂愛の魔王

ラー油

僕の能力

第1 始まり

 僕の記憶の中の僕はいつも自信が無いそして……


 「おはよう!無能くん。能力は発現したかい?」

 そう言って悪魔は肩を組んでくる。

 そしてその顔は薄ら笑いを浮かべている。

 「僕は……まだだけど……」

 「まだー?大成たいせい君それは本気で言ってるのかい?小4にもなってそんな馬鹿なことを?普通は幼稚園の時点で発現するものだろう?」

 ニタニタ笑いながら取り巻き達も参戦してくる。

 「持てよ」

 悪魔達は短くそう言ってランドセルを渡してくる。

 「分かったよ」

 僕はそう答えて全身にランドセルを抱えて歩き出そうとする。

 「グラップ」

 取り巻きの一人がランドセルを触れながらそう呟いた瞬間に僕は地面に膝をついていた。

 「紹介するぜ、新しい友達の重介(えすけ)だ、能力は〈重力操作〉だ」

 「よろしく無能」 

 そう言いながら他のランドセルを重くしてくる。

 「重い……持てないよ一心いっしん君」

 「つべこべ言うな!」 

 悪魔は怒鳴りつけながら拳を振り上げる。

 「ひっ……ごめんなさいごめんなさい」

 震えながら何度も謝る……何度も何度も。

 「そうだ!いいことを思いついた。ショートカットしよう」 

 そう言って向こうの電柱に向かって走っていく。 

 「ロックオン」

 電柱に触れてそう呟くと的のような模様が刻まれる。

 「俺の能力は知ってのとおり〈ロックオン〉だ、大成も的にされるのも飽きただろう?」

 それを聞いた途端に全身から血の気が引いていく。

 「な、何をするつもりなの?」

 「重介こいつを軽くしろ!」

 「了解」 

 クスクス笑いながら重介君が僕に触れた瞬間身体が宙に投げ出された。

 「一心君!降ろして!」

 「ボールが喋るな!」

 悪魔はそう言って僕の腕をつかむ。

 「ピッチャー振りかぶって……投げました!」

 悪魔が思いっきり腕を振ると僕は電柱に向かって一直線に飛んでいく。

 「ぶつかる!!」

 そう思って目を閉じ……

 「ピィピィピィピィピィピィピィピィ」

 「はっ!……目覚めが悪いな」

 甲高い目覚ましの音をBGMに憂鬱な気分で汗まみれの身体を起こす。

 「大丈夫大丈夫、変われるさ」

 顔を叩いて気合いを入れる。

 「大成、ご飯よー」

 「母さん今行くー」

 階段を下りて一階のリビングに行くとちょうど朝食が台所から空中に浮かびながら運ばれている。

 「今日から大成も高校生ね。子供の成長は早いものね」

 母さんが嬉しそうにそう言う。父さんも嬉しそうだ。

 朝ごはんを済ませて制服に着替えて玄関からの一歩を踏み出す。

 「行ってきます」

 この時の僕は引っ越しをして得た新しい環境での生活に期待をしていた。

 しかしその期待はすぐに打ち砕かれる。

 

 「あ!」

 高校に向かう道中に前を歩く同じ高校の制服を着た女子がハンカチを落とすのを目撃する。

 「これ落としましたよ」

 僕の声に気づいて少女が振り向いた瞬間僕は視線を奪われる。

 あどけなさの残る可愛らしい顔立ちにオレンジがかった長い茶色の髪が揺れ紫色の瞳が向けられる。

 「あ、ありがとうございます。大切な物なので……良かった~」

 安堵を浮かべる少女はこっちをじっと見つめてくる。

 〝見られる”という行為が苦手な僕は明後日の方向を向いてしまう。

 「あ、ごめんなさい……かっこいいと思っ――」

 「え?」

 自分でも驚くほど間抜けな声が出たのと同時に少女の顔が熱を帯びていく。

 「え、あ……初対面の人に何言ってるんだろう……本当にありがとうございましたぁー」

 少女は真っ赤な顔を押さえながら勢いよく去っていった……

 「何だったんだ?」

 僕は呆然としたまま遠くなっていく少女の背中を見送る。

 「幸先のいいスタート……かな?」 

 困惑しながらそう呟いて学校に向かって再び歩き始めていく。

 校門をくぐって係の先生の誘導に従って自分の教室に向かって進む。

 大丈夫、大丈夫。と何度も自分に言い聞かせながら。 

 「僕は一組だから……一番奥だな」

 廊下を進んでクラスに入った瞬間クラスメイトの視線が僕に集まってくる。

 その視線に少し動揺しながら探り探りの教室の自分の席に座ろうとすると驚いた目を向けられる。

 「あ、さっきの……」

 聞き覚えのある声に目を見開いてしまう。

 隣の席に今朝ハンカチを落とした少女がいた。

 「まさか隣の席とはね……これからよろしくね!」

 太陽のような笑顔と同時に多方面から怪訝な視線を向けられる。

 「せっかくだし自己紹介するね。私は雪野愛華ゆきのあいかといいます。能力は……」

 雪野さんはそこで言葉を止めて手招きをする。

 「能力は〈未来予知〉です。最大24時間後まで視ることができます」

 最後に秘密ね。と耳元でそう言った後顔を離して鼻の前で指を一本立てる。

 「凄い能力だね」

 小さい声で素直な感想を呟く。

 たしか〈未来予知〉は財閥の社長が持っているようなの珍しい能力だった気がする。

 「そんなこと無いよ。結果が分かっちゃうのはつまらないからあまり使わないようにしているの。能力に頼りすぎないでちゃんと自分の力で未来を掴み取らないと!」

 雪野さんは無邪気かつ愛嬌のある動きでそう言う。

 「それに未来を視なかったから出会えた人もいるからね」

 そう言って僕の目をじっと見てくる。

 「立派だね。僕ならずっと未来を視て過ごしちゃうと思うな」

 立派だ、とても立派だ、でもそれは持っている側のセリフだ。

 「でもサプライズしたり、あとは……いたずらしたりにはすっごい便利かな」

 いたずらを企む子供のように笑う雪野さんにドキッとしてしまう。

 「次は僕かな。僕は出雲大成いずもたいせいといいます。能力は……です。……ごめんなさい」

 気まずい沈黙が流れると思っていたが帰ってきたのは笑顔だった。

 「謝ることはないよ!確かに能力を教えるのは自分の特技を知ってもらえるけど弱点を教えているのと同じだからね」

 「ごめんなさい、雪野さんは教えてくれたのに……」

 「能力だってただの個性だよ、だから気にしないでね。私は早く仲良くなりたいから言っただけだから」

 そう言って優しく微笑む雪野さんは聖母のようなオーラを纏っていた。

 「じゃあさ!代わりに出雲くんの好きなことを教えてよ。もっと出雲君のこと知りたいんだ!」

 雪野さんは無邪気な笑顔を近づけてそう聞いてくる。

 「好きなことは読書かな、父さんが本を沢山持っててそのうち好きになって」

 いい人だな。と思いながら返答する。

 「読書かー、私も結構読むよ。「残想ざんそう」とか好きだよ」

 「残想!僕も好きだよ!最後ヒロインが残した想いが主人公を救う展開はいつ見ても胸が熱くなって」

 「今まで能力がわからなかったヒロインの能力が明かさて、残した想いによって主人公と一緒に戦う展開は悲しいけど……とてもロマンティックだよね」

 「能力の名前〈残想〉が明かされる時は鳥肌が止まらなくて、あと主人公の能力が…………宿敵の能力の発動条件も難しくてよくこの能力で戦えていたなと感心して!」

 ここで我に返る……やってしまった。と思ったのだが。

 「やっと明るい顔になったね。ずっと不安そうな顔してたから安心したよ」

 雪野さんはそう言って太陽のような笑顔をむけてくる。

 そうか僕はそんな顔をしているのか。

 「私もずっと友達ができるか不安だったんだ。でも出雲君に会ってからはリラックスしてるよ。」

 眩しい笑顔の雪野さんを見つめる僕は体温が急激に上がっていくのを感じる。

 「僕も雪野さんと話していると安心するよ」

 「そうかな……それは良かった……」

 お互いに赤くなった顔を見ないように視線が散ってしまう。

 「そうだ出雲君、そろそろ女子から歓声が湧くでしょう。」

 お天気キャスターのような口調でそう言ってしばらくした後一人の男子が教室に入ってきた。

 「イ……イケメンだ」

 あちらこちらで驚くような声が上がる気持ちが分かるほど整った顔立ちをしている。

 「ふっふっふー行ったとおりでしょ!」

 雪野さんは腰に両手を当て誇らしげにした可愛い様子を見せる。

 「凄い能力だね!」

 「驚いてくれたかな?」

 ここからは他愛のない会話を楽しんだ。

 ただしイケメン君の視線を感じながらだが。

 

 「キーンコーンカーンコーン」

 チャイムの音が鳴って教室に静寂が訪れると同時に先生が入ってくる。

 「これから1-1組の担任をする夜影光やえひかりだよろしく」

 担任になった夜影先生は二十代後半だと思われる若い女性でスタイルが良く美人で分かりやすく男子の目の色が変わった。

 「何か質問はあるか?」

 おちゃらけた雰囲気を持つ男子生徒が手を挙げた。

 「先生は彼氏いますかー」

 最初から飛ばすなぁ。と皆同じような感想なのか苦笑いをしている。

 「彼氏はいない、これは今後変わることはないだろう」

 「見かけ通りガードが硬い」

 クラスから緊張感が抜けて笑いがおこる。……凄いな。僕には出来ないことだ。

 「先生の能力ってなんですか?」

 金髪で髪を巻いた僕とは真逆の女子が手をあげて質問した。

 「能力は〈光の集結〉だ」

 「光のしゅう……けつ?」 

 クラスのほとんどがキョトンとしている。

 「見せた方が早いか、カーテンを閉めてくれるか?」

 先生の声に応じて廊下と窓側の生徒がカーテンを閉める。

 「……始めるか」

 そう言って手のひらを天井に向け掴む動作をする。

 すると教室内の明かりが消え、直径10センチメートル程の眩しい光を放つ球体が先生の手の上に現れた。

 「ま、眩し!」

 「私の能力は存在している光を一点に集めることができる」 

 教室内の明かりは先生が持っている光の玉だけで教室はスポットライトが当たった様になっている。

 「私の能力はこんな感じだ」

 そう言って光の球を握り潰す動作をすると教室の照明は元に戻った。

 「時間もあまり無い、そろそろ生徒の自己紹介をしてもらう」

 そう言って廊下側の一番前の席の女子生徒を指名する。 

 「私の名前は一色十色いっしきといろです。能力は〈カラーチェンジ〉です」

 そう言って一色さんが自分の髪に触れると黒髪から綺麗な赤髪に変化する。

 さらに目や爪の色を変えた姿は第一印象からは想像出来ないほど華やかである。

 「私の好きなことはファッションです。よろしくね!」

 そうして締めくくって次の人にバトンが渡っていく。

 「俺の名前は山田陸っていいます。能力は〈影の拡張〉!自分の影の形を変えることが出来る!」

 さっき夜影先生に質問したおちゃらけた雰囲気を持つ山田君が元気よくそう自己紹介すると何とも言えない空気になる。

 理由はあまり良い能力とは言い難いことだろう。まあ無いよりはましだが……

 「影の形を変えるだけ?」

 沈黙を破るように困惑気味のそんな声が上がる。

 「そう、変えるだけ。……と、とにかく!よろしくお願いします!」

 少しの間の後あちこちで小さな笑いがおきていった。

 「何が面白いんだ!」

 少し恥ずかしそうにそう言う山田君にさらに笑い声が増えていく。……凄いな山田君は。

 そして段々と僕の番が近づくに連れて僕の心臓は鼓動を早めていく。大丈夫大丈夫……

 「では次の人」

 僕の番が来た!大丈夫、普通にやればいいんだ。

 「ぼ、僕の名前は出雲大成で……能力は……秘密です」

 無難にできただろうか?いや、完全に大失敗なのは周りを見れば一目瞭然である。

 「ひ、秘密ー……その手があった!」

 山田君はそう言って指を鳴らす。凍っていたクラスの雰囲気が一瞬で和んでいく。

 「山田の能力じゃ俺だったら恥ずかしくして言えないからな」

 山田君の後ろの席の同い年とは思えないほど身体が大きい剛力君がそう言う。

 「うるせーよ脳筋」

 山田君は少しムッとしてそう言った。

 「次は私かな」

 男子の目を一気に引き寄せた雪野さんの自己紹介が始まった。

 「私の名前は雪野愛華です。私も能力は秘密です。よろしくお願いします」

 「え?」

 僕は理解が出来ずに雪野さんの方に顔を勢い良く向ける。

 「二人なら安心じゃない?」

 優しく微笑む雪野さんは小さな声でそう言う。

 そして自己紹介はスムーズに進んでいく。

 「では、次で最後だな」

 「はい」

 返事をして立ち上がったのは女子のキラキラした目と男子の殺気を受けるイケメン君。

 「俺の名前は結城蓮ゆうきれん。能力は〈重力の勇者〉だ」

 「…………………………」

 クラスは僕の自己紹介の後ぐらい静まり返った。

 でも理由は真逆、ただ驚きでいっぱいなのだ。

 「勇者の名前を持つ能力なんて初めて聞いたよ。出雲君は?」

 「僕も初めて聞いたよ」

 勇者の名を冠する能力は世界に一人しかいない、貴重かつ強い能力でそう簡単にお目にかかれる能力ではない。

 「よりによって重力か」

 どうしても嫌な記憶が蘇る。

 「面が良くて……能力も強いだと……」

 「剛力お前の能力だっていいじゃないか……あれと比較しちゃだめだ」 

 山田君と剛力君の虚しい会話は女子の歓声にかき消されてしまっている。

 「俺は信じない……なんであんなのがこの学校に……」

 剛力君はただならぬ雰囲気で結城君を見つめて物騒な気配を放ち始める。

 「このまま帰りのホームルームを始める」

 今日はオリエンテーションだけの予定のようで先生が少し話した後号令をして解散となった。

 そして解散してすぐの教室で結城君に向かって距離を詰める大きな男子生徒が一人。

 「結城!お前がほら吹きじゃないなら俺と勝負しろ!」

 そう言い放つ生徒はもちろん剛力君。

 「断る」

 クラス中の視線が集まる中剛力君のテンションと真逆で心底冷めた結城君が冷たい目を向ける。

 「こういう気取ってるやつが一番嫌いなんだ」

 剛力君は掴みかからん勢いを持っている。

 「剛力、席に戻れ」

 クラスに動揺が走る中夜影先生がそう制止する。

 「先生の言う通りだよ……仲良くしようよ」

 雪野さんも続けて制止する。

 それに続くように制止する声が増えていく。

 「ちっ」

 剛力君が舌打ちをしてイスに戻ろうとすると結城君が立ち上がる。

 「こういうのは嫌いなんだが、たまにはいいか」

 クラスを見渡しながらそう言って立ち上がる。

 「乗ってやるよ」

 さっきまでの冷めた様子と異なり薄ら笑いを浮かべ剛力君と対面する。

 賑やかだった教室には入学初日とは思えない物騒な戦いが起ころうとしている。

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