第33話 でっかいスライムとエルフ

 不思議な感覚だった。

 何年も走っているような、一瞬のような。

 まっすぐ前に走っているはずなのに、前に進んでいないような、落ちているような、浮いているような。

 

 ──気がつくと、巨大な樹の前にいた。

 それはまるで天にまで伸びているようだった。


『おや、珍しいね。人の子か』

 ふわっと浮かび上がるように何もない空間から現れたのは──緑色の、巨大なスライムだった。

 巨大なスライムはぷかぷかと宙に浮いている。タクトはあまりにも巨大なスライムを前にして驚き、またしても目をしぱしぱさせた。


『長老! 【運命の子】、連れてきたよ!』

『うん? ピーチャや……その人の子は【運命の子】ではないよ。ただの人の子だ』

『ええ~!? そ、そんなぁ……で、でも、このニンゲンさん、おいらの言葉がわかるんだよ!』

『ほう? 人の子や、わしの言っていることもわかるかの?』

 タクトはこくこくと頷いた。


『ふむ。他のモンスターの声なら“聴ける”人の子もいるやもしれんが、わしらの声を“聴ける”ものとは……わしの知る限りひとりしかおらんかったな。【運命の子】ではないが、清らかなマナを持っておる。この子なら、あるいは……』

 そういうと、長老は黙ってしまった。何かを考えているようだ。


 そこに新たな声が飛んでくる。

「……このニオイ、やはり人間か。不快だな。どうして人間がこの場所に足を踏み入れられたのかはわからんが、即刻立ち去れ。できればこの地で不浄な血を流したくはない」

 金色の長髪。纏っている空気も違うようだった。その尖っている耳を見て、タクトはその男性が【エルフ】であるとわかった。

 おとぎ話の世界の住人。まさか実在しているなんて──。


『シュナクや、あまり人の子を脅かさんでおいてくれ。少なくともこの場所に来られるということは、わしらに近しい者なのじゃから』

「しかし……人間は人間。我らは人間を決して許しはしない」

 シュナクと呼ばれたエルフはタクトを睨みつける。

 そんな彼の前に、タクトのスライムたちと緑色のスライム、ピーチャが入る。


「……馬鹿な。どうしてスライムたちが人間を……」

『シュナクや。その子は何か特別なものを持っているらしい。わしですら見えぬ、何かを。それはそうと【姫】は見つかったのかの?』

「長老の仰る通り、森の深部に向かおうとした痕跡がありました。しかし、どうやら【魔物】に惑わされ、我らにとっての禁断の地へ踏み入ってしまったようです。我らは掟により縛られ、そこに行くことはできません。また、禁忌を破った姫が帰ってきたとしても……裁きを受けてもらう必要があります」

『そうか……仕方ないのぅ』


「だ、誰がどうなっているのかよくわからないけど、掟がどうとかよくわからないけど、大切な人なんじゃないの!? 助けにいかなきゃ!」

「大切な人“だった”。今はもう、違う。残念なことだが。人間が口を出すことではない」

 割って入ってきたタクトを、シュナクは冷たい目で見る。こんなにも冷たい視線を向けられたことのないタクトであったが、怯まずにシュナクを見据えた。

『人の子や。おぬしたちには理解できぬこと。住む世界が違えば、見えていること、感じていること、考えていることが違う』

「でも、誰かが困っているなら、苦しんでいるなら……助けなきゃ!」

「勝手にするがいい。だが、生きては帰れんぞ」

 タクトは込み上げる怒りを抑え、ふんっ、と鼻を鳴らしてシュナクに背を向けて歩き出した。スライムたちもそれに続き、ポチもあくびをしながら歩き出した。

『ああっ! ニンゲンさん、ダメだよ! そっちは──あれ? お姫様を助けに行くならあってるけど、どうして? えっと、でも、どうしよ』

 あわあわしているピーチャを見て、長老がふぉっふぉっと笑う。

『行ってきなさい、ピーチャ。あの人の子をおぬしが導いてやるのじゃ』

『みちびく? 道案内なら任せて! 行ってきます! 待ってよ~! ニンゲンさ~ん!』

 ピーチャがぴょんぴょんと跳ねていく。


「なんなのだ、あの人間は……あれではまるで……」

 そう呟いて、シュナクはハッとした。そして長老を見た。長老は微笑んでいるように見えた。まるで何か、懐かしいものを思い出したかのように。


『あの子のことは成り行きに任せなさい。シュナクや、ここに来たのは別の件でのことじゃろう?』

「はい。やはり懸念していた通り──」

 シュナクの言葉を聞き、長老は深い深いため息を吐くのであった。

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スライムが起き上がり仲間になりたそうにこちらを見ている! えす @es20

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