第20話 才能開花

「はぁ……はぁ……終わっ……たああぁぁ」

 体力、魔力の限界。タクトは仰向けに倒れた。

「ふぅん。一日半、か。まだまだまだ汚い箇所が残っているけど、及第点かな」

 一日半? 窓の外から射す陽の位置は変わっていないのに。

「この部屋の中と外とでは時の流れが違うんだ。圧縮した空間では時の流れが遅くなるんだよ、理解できないと思うから詳しい説明は省くけど。さて、と。それじゃ、時間が惜しいからさっさときみの“疑問”を片付けるとしようか。どれどれ」

 ビクターがタクトの目を覗き込む。ビクターの右の瞳は五芒星のようだった。


「……残念なお知らせだよ、タクト少年。だが、はっきりと伝えておこう。きみは使


「……え」


「特定のモンスター種を使役しやすいスキルを持つテイマーは過去にも存在していたよ。だが、きみのは極端だ。他のモンスターに好かれないわけではないけれど、使役できるのはスライムだけだ」

「……そ……んな」

 タクトは目の前が暗くなったような気がした。

 スライムしか使役できないテイマーなんて……。思い描いていた未来が、音を立てて崩れていく。

「ま、それがフツーの反応だね。スライムしか仲間にできないんじゃあ、テイマー人生終了だ。諦めて、違う道を見つけることだね。それじゃ、この話はこれでおしまい。じゃあね」

 ビクターはつまらなそうに目を背けた。


 諦める?

 それしかない?

 本当に、道はこれで閉ざされてしまった?


 まだあがいてもいないのに?

 それなのに、もう諦めてしまうの?


 誰かの声が、聞こえたような気がした。


 そう。そうだ。まだ、諦めるのは早い。

 他の七賢者の話を聞いてもいないし、他の可能性をまだ何も模索してもいない。


「いやだ……僕は、諦めたくない……!」

 ビクターは少しだけ目を大きく開いた。

「ふぅん。他の賢者たちの見解も変わらないと思うけどねー。ここで諦めた方が楽だと思うし、他の道で大成する可能性の方が高いと思うけど」

「僕の……夢なんです。だから、諦めたくない!」

 タクトはまっすぐにビクターを見た。濁りのない、よい色をしている。ビクターはにやりと笑う。


「ふ。ならばあがくだけあがいて、苦しむといいよ。それじゃ、あえて苦難の道を歩むきみに、ほんの少しだけ希望を与えよう。きみはスライムしか使役できないが、スライムの【潜在能力】を100%以上引き出すことができる。あまり興味を持たれていないが、スライムは個体ごとに発現するスキルや魔法が異なる。きみはその個体がもつスキルを確実に発現させることができるし、レベル以上の能力を発揮させてやることもできる」

 【オーバーブースト】。レアスキルの一種である。しかし、スライムに対して発動してもたかが知れている。


「それともうひとつ。きみには風の魔法を”極める”資質がある」

「え……でも、僕……」

 ハカセに見てもらったステータスは二年前と変わっていなかった。もともと成長レベルアップしにくい体質なのか、昔から体力も魔力も高くなかった。


「きみは無意識の内に、自分でリミッターをかけているようだよ。たぶん、強すぎる魔力が身体を壊さないように制御しているんだろうね。ちょっと、ボクに向けて風の魔法をぶつけてみてごらん」

「あ、あの。人に魔法を向けるのは、ちょっと」

 それにもう、魔力は残っていない。

「ごちゃごちゃ言わず、やってみなよ。ボクを誰だと思っているんだい、まったく」

「は、はい」

 タクトは恐る恐る、ビクターに向けて手をかざした。

「【ウィンド】!」


 ──ドン!!!!


 凄まじい突風が放たれた。衝撃がタクトを後方に弾き飛ばす。

 ベコッと部屋の壁や床がへこんだものの、ビクターは身動き一つしなかった。

「ふぅん……ボクの才能より遥かに劣るけど、まぁまぁかな」

「いつつ……い、今のは、僕の魔法? どうして、急に……こんな力が!?」

「本来はね、魔力に乏しいものはこの部屋に入れすらしなかったんだよ。そちらのスライムたちはまた別だけれど。それは置いといて、圧がかかっているこの空間であれだけ魔法を使って精神が焼き切れていないんだ。上手く制御したものだ。要するに、だ。半強制的にだけど、きみの内なる能力を少しだけ目覚めさせてやる【修行】をしたのさ。感謝したまえ」

 最初から、この人はすべてをわかった上で──。

 『諦めること』を選択していたら、自分にこのことを告げるつもりはなかったのだろう。いや、『諦めないこと』を選択することもまた、この人はわかっていたのかもしれない。さすがは賢者様だ。


「念のため言っておくけど、きみ以上に優れた能力を持つテイマーはたくさんいる。先に進むのであれば、苦難の道であることには変わらないからね。あとは……きみ次第だよ、タクト少年」

「……ありがとうございました! 賢者様!」


 タクトは前を向き、賢者の家を後にした。その足取りは、軽い。

 その背中を、ビクターは見送る。


「おやおや、貴方がヒトに興味を示すなんて珍しいこともあるものですね」

 青い鳥が、ビクターの肩にとまり、言った。


「彼は間違いなく挫折するだろうね。二度と立ち上がれなくなるくらいにボロボロに。これは変えられない事実になるだろう。けれど、なんでだろうね……それでも期待したくなってしまうのは。そんな目をしていたよ」


 ああ、そうか。あの目は知っている。すべてを失い、苦難や苦痛に打ちひしがれても、絶望の底に落ちても、勇気を振り絞り立ち上がった、あの者の目と同じだ。



「行け、少年。風と共に」

 ビクターは優しく微笑み、そう、つぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る