第2話『レナルド』※改稿予定です! 申し訳ございません!

 妹が生まれてから一年以上が経ち、私はもう少しで七歳になる。

 レナルド様付きの執事を選ぶ適性試験に合格し、また戦闘訓練で能力を見込まれ、「執事」兼「護衛」に任命された。

 本来は御主人様付きの執事はお屋敷の地下に住むことになっている。私はレナルド様のお世話と護衛をするため、レナルド様の隣の部屋へ移ることを特別に許された。「護衛」と言っても、レイモンド家の敷地内は国から派遣された騎士団員が交代で見回りをしてくださっている。




 ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤




 ──コンッコンッ!


「どうぞ」

「失礼いたします」

 隣の部屋のドアを開け、中に入る。

「お久しぶりです。父上。おはようございます、母上、アリーゼ。お元気そうで何よりです」

「久しぶりだね、アリクス」

「おはよう、アリクス」

「アィ…クスゥ!」

 私に手を伸ばして動かすアリーゼに思わず微笑むけど、大切な用事があって来たので、姿勢を正して報告する。

「今日から、お屋敷の部屋へ移ることになりましたので、ご挨拶に参りました」

「ああ、聞いているよ。レナルド様付きの執事に選ばれたそうだね。私も嬉しいよ」

 お父様は、いつも見守ってくれているような、あたたかな笑顔で続ける。

「『今日は息子と話して来きたらどうだ?』と、マンフリード様からお休みを頂いた。そのお方の御令息『レナルド様』に仕えることになるのだから、とても幸せな話だよ」

「そうですね。私も、そう思います」

 レナルド様のことを思い出す。穏やかな顔で、あまり威張っていないお方で、私はとても好ましく思っている。

「……ア、ア! ……アィ…クスゥーッ!」

「アリーゼ……?」

 突然叫び出したアリーゼにくすくす笑いながら、お母様が私に話しかける。

「行く前に一度、抱っこしてあげて? アリーゼは、アリクスのこと本当に大好きなんだから」

「ありがとうございます」

「アーィ、クスゥ……」

「なぁに? アリーゼ」

 指をぎゅっと握りしめるアリーゼの手をなるべくそっと包む。

「アィ……アィ…クス、……うぅ~」

「ごめんね、アリーゼ」

 お母様からアリーゼを預かり、そっと抱っこする。


 ──まだ小さい。最近は、ようやく自分で立てるようになってきたみたい。


 片手で私の髪を引っ張りながら、嬉しそうに「キャッキャッ!」と笑っている。私も、つられて笑顔になる。ゆりかごのように体を揺らしてみると、アリーゼは心地よさそうに目を細める。

「良ければ、また遊びに来てね?」

「はい!」

 お母様にアリーゼをそっと返す。

 いつの間にか、アリーゼは寝ていた。

「アリーゼは、私のことも覚えてくれているかな?」

「父上……」

「貴方も、もう少し会いに来て下さったら、嬉しいですわ」

 その言葉を聞いて考え始めるお父様に、お母様はくすっと笑う。

「冗談ですよ? 今度、私から会いに行きます」

「アリー。──ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

 穏やかに笑い合う両親は、幸せそうだった。


 ──お父様とお母様の子どもで良かった。


 三人を微笑ましく眺めた後、改めてお父様に向き直る。

「父上、これから仕事について教えていただくことがあるかもしれません。その時は、ご指導をよろしくお願いいたします」

「ああ、分かっているよ。私の指導は厳しいから、覚悟しておくようにね?」

「はい!」

 今度は、お母様に向き直る。

「母上もお仕事に戻られた時には、ご指導をよろしくお願いいたします」

「ええ、私も手加減しませんよ?」

「はい!」

 くすくす二人で笑い合った後、眠るアリーゼに、そっと話しかける。

「アリーゼも、またね? 今度はいつ会えるか分からないけれど。──お屋敷で、一緒にお仕事ができる日を楽しみにしているよ?」

 そっとアリーゼの頭をなでて、顔を上げる。

「それでは、もう行きます」

「ああ、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい、アリクス」

 両親とアリーゼの顔を見て微笑み、部屋のドアへと向かう。

「失礼いたしました」

 ドアの前で会釈し、部屋から外に出ていく。その時に、両親が手を振っているのが見えた。


 最近は、妹のアリーゼを通し、両親を本当の家族と思えるようになってきた。口に出しては言えないけれど、心の中では「お父様」、「お母様」と呼べるようになった。


 ──アリーゼには、とても感謝してる。


 アリーゼの笑顔を思い出して、同時に妹の心美まなみのことを思い出す。


 結局、今でも妹と会えないまま、気持ちばかりあせってしまう。


 ──心美……。


 六歳の子どものままでは、自由に外に出ることもできない。


 ──生きていて……。




 ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤




 廊下を歩いていると、突然声をかけられる。

「アリクス!」

「サンディー、ランディー!」

 サンディーが手を上げ、早足で近づいてくる。ランディーは、その後から歩いてくる。今日は、私たちのグループがお休みを頂いている。

「部屋を移るんだって? おめでとう!」

「ありがとう」

「おめでとう」

「ランディーも、ありがとう」

 思わず笑みがこぼれる。

「俺も、もう少し勉強すれば、お屋敷の部屋に移れるかもしれない」

「うん! ランディーなら、大丈夫だよ」

「ランディーは心配いらないけど、俺は『まだ修行が足りない』って、怒られたばかりなのに」

「サンディーも、いつかお屋敷の部屋に移れるよ」

「そうかな?」

「まあ、大丈夫だろう。それまで勉強に付き合ってやる」

「ランディー……」

 少し泣きそうな顔で見られたランディーは眉をしかめつつ、「仕方ない」という顔をする。

 くすくす笑っていると、反対側から声がかけられる。

「アリクスくん!」

「ブリジット、アデル」

 ちょっと不機嫌そうなブリジットと、いつもと変わらず花が咲くように笑うアデルが立っていた。

「『今日、お屋敷に移る』って聞いて、応援しようと思って来たの」

「ありがとう、アデル」

 さっきから黙っていたブリジットが重そうに口を開く。

「……おめでとう」

「ありがとう、ブリジット」

「向こうに行っても頑張ってね!」

「うん、アデルも頑張ってね」

 アデルにつられて笑った後、みんなを眺める。

「またお屋敷で会ったら、よろしくお願いします」

 頭を下げた私に、みんな優しく笑ってくれる。

「当たり前だろ?」

「もちろん!」

「まあ、いいわよ?」

「もちろんです!」

「ありがとう、みんな」

 顔を見合わせて笑い、私は玄関の方に向く。

「じゃあ、またお屋敷で会おうね?」

「ああ! じゃあな!」

 そう言って、みんなと手を振って別れる。

 とてもあたたかい気持ちになったが、少しだけ寂しさも感じていた。




 ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤




 全ての荷物を運び、整理を終わらせ、一度じっくり見てみたかった白バラの庭園に向かう。

 白バラ庭園には二種類あり、五月から六月は蔓バラ庭園、それ以外の春から秋にかけては四季咲きバラ庭園でパーティーが行われる。庭園でのパーティーには王族が出席されることも多く、豪華で賑やか。お屋敷中が忙しくなるけど、レイモンド家が賑やかなのは珍しく、みんなとても楽しそうに働いていて──、とても好きな時間だった。

 天気の悪い日や冬には、お屋敷中に白バラのプリザーブドフラワーを飾り、室内でパーティーを開いている。

 今は四月になったばかりのため、四季咲きバラ庭園へ向かって歩いていた。

 しかし──。


 そこには、レナルド様がいた。

 黒髪を首の下でキュッと結び、つややかな髪を前に流している。ブラックオニキスのような綺麗な瞳を持つ美少年が、白バラの庭園でたたずんでいる。


 レナルド様は珍しく、笑顔もないまま、じっと白いバラを見つめていた。

 いつもと違う雰囲気に、声をかけることができない。


 ふと、レナルド様が私に気づき、無表情から笑顔に戻る。

「ああ、アリクスか、おはよう」

「おはようございます、レナルド様!」

「アリクスは仕事が早いな、もう片づけて来たのか?」

「お褒めにあずかり、光栄です」

 レナルド様は少し寂しそうな顔をする。でも、私が瞬きを一つして、レナルド様を見た時には、もういつもの顔に戻っていた。──まるで、あの顔が嘘だったかのように。

「アリクスも白バラを見に来たのか?」

「はい。一度、間近で拝見したいと思っておりました」

 綺麗な白バラが咲く庭園。近くで見たいけど、違う仕事についていたため、間近で見る機会はほとんどなかった。

「綺麗──」

 ハッと気づいて、レナルド様を見ると、ふっと微笑んでいた。

「申し訳ございません」

「謝らなくていい。俺も──」

 レナルド様は少しだけ息を吸い、口を開く。

「白いバラが好きなんだ」

 ここに来た時に見たような真面目な顔をして、レナルド様は呟くように言った。

「父上と母上も、白バラが好きなんだ」

 白バラを手に取り、レナルド様は続ける。

「白いバラを見ていると話さなくていいことまで話してしまいそうになる」

 レナルド様が白バラから目を放し、こちらに振り向く。

「これから、私の世話を頼む。──アリクス」

「はい! これから、よろしくお願いいたします。レナルド様」

 レナルド様と二人で笑い合った。




 ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤




 その後も、初めての豪華なベッドに、大きなお風呂。量がそんなにはないけど、豪勢な夕食。

 驚くことばかりで明日から仕事ができるのか、不安と楽しみな気持ちが混ざり合い、ドキドキして眠れない。


 ──外の景色でも見ようかな?


 バルコニーに出ると、白い雲が流れる夜空にぼんやりと輝く月と星が見える。

 ふと、横を見る。


 いつの間にか、レナルド様が隣にいた。


 胸元まで切れ目のあるネイビーの膝丈ワンピース。とてもシンプルな寝巻だ。

「レナルド様!」

「アリクスも眠れないのか? ──私は眠れなくて、夜風に当たりに来たんだ」

「はい。私も眠れなくて……。私は夜空を見に来ました」

「そうなのか……」

「はい」

 レナルド様は相変わらず、笑顔で穏やかな話し方をされる。

「今夜は、星が綺麗ですね」

「ああ、本当に綺麗だ」

 レナルド様はいつの間にか笑顔が消え、じっと夜空を見つめている。

 しばらくして、レナルド様が口を開く。

「アリクス」

「はい」

「明日から世話になると思う」

「はい! 明日から、よろしくお願いいたします」

「アリクスも明日のために、もう寝た方がいい」

「はい! お気づかい、ありがとうございます!」


 ──もう寝ないといけない。


 部屋に戻ろうとした時。

 突然、レナルド様が呟く。


「アリクスは──白バラが似合うな」


 ──!?


「──ありがとうございます。そのようなお褒めの言葉をいただいたのは初めてです」

「そうなのか?」

 真面目な顔で聞かれ、さらにドキドキする。視線を一瞬逸らし、もう一度レナルド様を見る。

「レナルド様。──これからも、よろしくお願いいたします」

「ああ、こちらこそ、よろしく」

 レナルド様と笑い合い、それぞれの部屋に入っていく。


 ──レナルド様は私が思っていたより、とてもお優しいお方だった。




 ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤ ✤




 レナルド様の執事になって、初めての日。

 私は時計が鳴る前に目が覚めた。

 時計の目覚まし機能を止め、ベッドから降りる。用意しておいた執事服に着替え、ベッドを整える。

 その時、「コンッ、コンッ!」と、ノックの音が響いた。

「はい、どうぞ」

「失礼します。ミスター・アルーシャ、おはようございます」

「おはようございます、ミスター・チェンバレン」


 朝、六時。上級使用人「ジョセフ・チェンバレン」さんが、私の部屋まで来てくださった。今日は一日中、私の仕事を見ていただくことになっている。

「ミスター・チェンバレン。お訪ねいただきありがとうございます。本日は、ご教示のほど、よろしくお願いいたします」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします 。──では、行きましょうか、ミスター・アルーシャ」

「はい!」


 六時十五分。一階の厨房の隣にある小さな食堂で朝食をとる。

 このお屋敷では、朝の紅茶も食堂で飲むことになっている。見本のような美しい所作で、黙々と食事をするミスター・チェンバレンに憧れを抱く。


 ──私も、もっと頑張ろう。レナルド様に認めてもらえるように。


 その後、ミスター・チェンバレンに食事の所作を褒められて、「ありがとうございます」と、お礼を言った。


 六時四十五分。新聞にアイロンがけ。

 レナルド様が新聞をお読みになった時に、インクが手につかないように丁寧にかけていく。その間、ミスター・チェンバレンにレナルド様のお話を伺う。

「レナルド様は真面目で、少し繊細。柔和なお方に見えるが、あまり心の内を見せず、笑顔でやんわり断られることもあります。しかし、頭も良く、お勉強も、お仕事もできるお方です」

「そうなのですね?」

「ええ。そして、お召し物は白いワイシャツに、ネイビーのモーニングコート。同色のアスコット・タイをプレーンノットの結び方にしていらっしゃいます。そして、タイピンをこちら側から見て、右の襟に二本お付けします」

「ご教示いただきありがとうございます」

 アイロンを立てて置き、内ポケットからメモ帳を取り出し、サラサラとメモをする。


 ──そういえば、昨日お会いした時も、同じものをお召しになっていました。


 昨日のバラ園で会ったレナルド様を思い出し、思わず微笑む。


 ──これから、仲良くできるといいな。


 七時。レナルド様を起こし、新聞と朝の紅茶の給仕。レナルド様を起こす。

 新聞とティーセットをのせたカートを引き、ミスター・チェンバレンとレナルド様のお部屋に伺う。ベッドにいらっしゃったレナルド様は、もうすでに体を起こし、目を覚まされていた。

 レナルド様は、こちらを見つめて微笑む。昨夜と同じネイビーの寝巻をお召しになっていた。昨夜のことを思い出し、少しドキッとする。

「おはようございます、レナルド様」

「おはようございます、レナルド様!」

 慌てすぎて、少し声が上ずってしまった。レナルド様が、くすくす笑う。

「おはよう、チェンバレン。おはよう、アリクス」

「体調はいかがでしょうか?」

「ああ。今日は調子がいいから、心配しなくていい。ありがとう」

 レナルド様と談笑した後、ミスター・チェンバレンが私にアイコンタクトをなさる。少し慌ててレナルド様に新聞をそっとお渡しして、アーリーモーニングティーを用意する。

 レナルド様に見られるのは初めてのことで、緊張してしまうけど、何とかうまくれることができた。

 カップをソーサーにのせ、レナルド様にそっとお渡しする。レナルド様は紅茶を一口お飲みになり、私をじっと見る。

「おいしい」

「ありがとうございます」

 自然に笑顔がこぼれる。

「それでは、ただいまご朝食を準備いたしますので、申し訳ございませんが、私たちはそろそろ失礼させていただきます」

「申し訳ございません」

「いや、謝らなくてもいい。君たちには、いつも世話になっている。──ありがとう」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 レナルド様はミスター・チェンバレンと私に微笑まれる。

「失礼いたします」

「失礼いたします」

 私たちは、レナルド様にお辞儀をして退室する。


 七時十五分。朝食の配膳準備。

 いつもの仕事に戻ると、少しだけホッとする。


 七時三十分。主人の身支度と着替え。

 ミスター・チェンバレンに着替えの場所を教えていただくが、レナルド様は自分で服をお召しになる。レナルド様も服の場所をじっと見て、記憶なさっているようだった。

 まずは白いワイシャツ、次にネイビーのズボン、そして同色の上着をお召しになり、最後にネイビーのアスコット・タイをプレーンノットの結び方にし、二本のタイピンを左のえりにおつけになる。レナルド様は右利きで、取り外しがしやすいように、おつけになっていると以前聞いたことがあった。

 最終チェックは執事の仕事──私の仕事になる。

「レナルド様、失礼いたします」

「ああ、頼む」

 妹にしていた時よりも丁寧に、レナルド様の身だしなみをそっと整える。

「終わりました、レナルド様」

「ありがとう。──二人とも、食堂に行こうか?」

「「はい、かしこまりました」」

「──ああ」

 ミスター・チェンバレンと私の言葉が重なり、レナルド様はくすくすとお声を出され、お笑いになった。


 八時。食堂で、アルドリック王国の神──ブロンシュ様への祈祷。レナルド様方の朝食。

 ミスター・チェンバレンから、レナルド様への給仕の仕方を学ぶ。いつもと違うけれど、何とかこなしていく。


 八時三十分。朝食の後片づけの手伝い。


 九時。レナルド様とともに家庭教師とお勉強。

 ミスター・チェンバレンは別の仕事で席を外している。

 今回の内容は、王家と国王に近しい貴族のお話。

「アルドリック国王のお名前は? レナルド様、お答えください」

「はい、フリード・アルドリック様です」

「そうです、その通りです。さすがレナルド様、よく勉強されていますね?」

「ありがとうございます」

 隙のない穏やかな笑顔で、レナルド様は応えました。

「それでは、その国王の右腕とも言われている外務大臣のお名前は? ミスター・アルーシャ?」

「はい、エドゼル・シヴィッド様です」

「そうです。貴方もしっかりと勉強されているようですね? ミスター・アルーシャ」

「お褒めにあずかり、光栄です。ミス・エイプリル」

「それでは、今回はフリード様とエドゼル様について、お話しさせていただきます」

 その後、しばらく国王とシヴィッド卿の話が続き、授業は終わった。


 九時五十分。レナルド様の休憩。

 レナルド様をミス・エイプリルに任せ、階下に午前の紅茶を飲みに行く。そこには、サンディーとアデルがいた。

「アリクス! どうだった?」

「レナルド様と仲良くなったの?」

「うん、とても良くしていただいています」

「レナルド様はお優しいお方だから、喧嘩なんかしないよな」

「そうよね、レナルド様ですもの。よけいな心配だったみたい」

「ううん、ありがとう、アデル。サンディーも、ありがとう」

「「どういたしまして!」」

 息が合い、三人でくすくす笑う。

 少しの間、三人で話していると、ランディーとブリジットがやって来る。

「アリクス、新しい仕事は、どうなんだ?」

 ランディーが先に口を開いた。その後に、ブリジットから声をかけられる。

「まさか、レナルド様に叱られていないでしょうね?」

「うん。今のところはまだ叱られてないよ?」

「ブリジット、そういう聞き方はどうなんだ?」

「私はただ、『アリクスが叱られているのでは?』と心配しただけです」

「ごめんね? これは、ブリジットなりの気づかいなの」

「アデルが謝ることないよ! ブリジットも、もう少し素直になったら?」

「そうね、考えておくわ。ほら、アリクス。もう時間ではないの? レナルド様をお待たせしてはいけないわよ?」

 ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

「本当だ、もうこんな時間。じゃあ、私はもう行きます」

「ああ、またな! アリクス!」

「またね! アリクスくん!」

「またな」

「またね?」

「ありがとう! みんな!」

 みんなに応援されながら、手を振って応えた。


 ──早くレナルド様の元に戻らないと。


 十時十分。レナルド様とともに家庭教師とお勉強。

 今回は国の機関についてのお話。

 アルドリック王国の組織は、政界、騎士団、王家の諜報機関、自警団、国軍から成り立っている。諜報機関は、王家直属のものと国軍の管理のものがあるという話。それぞれの機関の繋がりについて学んだ。


 十一時。レナルド様の休憩。

 ミス・エイプリルと雑談するレナルド様に午前の紅茶をお出しする。


 十一時十分。家政婦の部屋に集まり、上級使用人を含めた全員で、いつもの昼食。

 執事は夕飯まで食事をしないので、昼食は一番量が多い。

 どうしても、私が十分ほど遅れるため、お父様やミスター・チェンバレンも席に座り、みんなで食事をしていた。他のみんなも座っているけど、みんな黙って昼食を食べている。

 先に上級使用人たちが退席する。


 十一時四十分。レナルド様たちの昼食の配膳準備と確認。

 みんなが先に準備をしてくれている。


 ──私も、頑張ろう!


 十二時。レナルド様方の昼食。


 十三時。レナルド様とともに家庭教師とお勉強。

 アルドリック王国の神「ブロンシュ様」と、神殿、教会のお話。

 アルドリック王国が栄えるきっかけとなった「ブロンシュ様」は白バラがお好きで、その飾りを必ず身に付けていると言われている。ブロンシュ様の神殿は白亜で作られており、柱にはバラの彫刻が施されている。クワイン家の巫女様が管理し、教会は出家した貴族様、後は拾われた孤児たちが管理している。

 レナルド様のお母様「サブリナ様」のご実家であるバーネット家は、神殿と教会に多額の寄付をなさっている。


 十三時五十分。レナルド様の休憩。

 階下に午後の紅茶を飲みに行く。今度は誰もいなかった。


 十四時十分。レナルド様とともに家庭教師とお勉強。

 巫女様はクワイン家の方々から選ばれる。

 現・王妃『アデリナ様』も十歳の時、ブロンシュ様の寵愛を受け、光魔法と浄化魔法が使える巫女になられた話を熱弁するミス・エイプリルを見ながら、授業は終わった。


 十五時。レナルド様の休憩、自由時間。

 レナルド様がミス・エイプリルと談笑している間に、午後の紅茶をお出しする。


 十五時十分。着替えの準備。

 何かあった時のために、レナルド様の着替えの場所をミスター・チェンバレンに教えていただき、バスローブとバスタオル、大きなタオル、目の粗いくし、ヘアオイルを袋に用意しておく。

 私は古い執事服も用意する。実際の襲撃に備えるため、七歳になる年に戦闘訓練は執事服で行う決まりになっている。


 十五時四十五分。レナルド様の身だしなみを整える。

 朝はドキドキしていたけど、だんだん気持ちが落ち着いてくる。


 十六時。レナルド様への紅茶の給仕。

 レナルド様に紅茶をお出しする。

「ありがとう」

「お役に立てて光栄です」

 穏やかな笑顔のレナルド様につられ、笑顔で応えた。

 三段の白いケーキスタンドが。

 一段目はシェパーズパイ。羊や牛の肉をマッシュポテトに入れて焼いたパイで、他のセイボリータルトやサンドイッチが用意されていることもある。

 二段目はスコーン。横にあるジャムやクロテッドクリームをつけていただく。

 一番上はフルーツタルト。レイモンド家では、いつも季節のタルトやケーキが用意されている。今はイチゴが旬なので、ストロベリータルトが一番上の皿に乗せられている。


 十六時三十分。レナルド様と自分の着替え。

 レナルド様がお着替えをされた後、隣の自分の部屋で着替える。


 十七時。レナルド様とクラークさんとの戦闘訓練。

「ミスター・チェンバレン、お久しぶりです」

「お久しぶりでございます。クラーク様」

「チェンバレンを知っているのか、クラーク?」

「はい。レナルド様、彼はこう見えて、かなりの腕前なのです」

「チェンバレン、護身術を見せてくれるか?」

「はい、かしこまりました。レナルド様」

 ミスター・チェンバレンはレナルド様の言いつけ通り、護身術を披露し始める。気を取られていた私に、横から声がかかる。

「アリクス・アルーシャ」

「はい!」

「これからは、アリクスでいいか?」

「はい!」

「──あと、これをつけろ」

 差し出された手には、黒いベルトにつけられた二本の短剣があった。

「これは……」

「護身用の短剣だ。レナルド様を護衛する時に使え」

 そう言いつつ、私の腰にベルトと短剣二本をつけていく。

「今度からは、自分でつけるようにしろ」

「はい!」

「あと、レナルド様のことだが……。あのお方は賢くて戦闘も強いが、他人に対して警戒心も強い。一見するとマンフリード様に似て柔和だが、繊細なところを笑顔で隠しているお方だ。俺では戦闘訓練中しか護ることができない。──アリクス、俺の代わりにレナルド様のことを頼む」

「はい! 分かりました!」

 頭を下げたクラークに、私は力強く頷いた。


 十八時。レナルド様のお風呂。自分のシャワーと着替え。

 戦闘訓練が終わる前に、レナルド様と自分の着替えなどが入った袋を取りに行き、脱衣所にレナルド様のバスローブなどを置いていく。レナルド様のことを別の執事に任せ、自分は使用人用のお風呂に向かう。

 サッとシャワーを浴び、風呂場から出て全身を整える。脱いだものを洗濯室まで運び、残ったケアセットを部屋に置き、レナルド様の元に戻る。レナルド様は、まだお風呂から出られていないようだった。

 レナルド様のことを見てくれていた執事にお礼を言い、部屋の隅で一息つく。

 それから五分ほどして、レナルド様がお出になった。レナルド様はお体を拭いた後、バスローブをお召しになる。その間、私は「ずっと目を閉じていた」。

「アリクス」

「はい、レナルド様」

 お声をかけられ、そちらに振り向くと、レナルド様の髪がまだ少しぬれていた。

「レナルド様、髪がまだぬれております。お風邪をひくといけませんので、ひとまず、こちらの椅子にお座りください」

「ああ、心配させてすまない。ありがとう」

「いえいえ、お役に立てて光栄です」

 にこりと笑い、袋からバスタオルを取り出す。

 まずは大き目のタオルで、レナルド様の頭全体を包むようにし、頭皮を中心に指の腹でマッサージするように拭き、水分をタオルに移していく。


 ──昔、よく心美まなみの髪を乾かしてた。


 妹のことを思い出し、レナルド様の髪をさらに丁寧に拭いていく。

 次に、タオルで毛先を挟み、水分を移すように優しくパンパンと叩く。

 その後、指で髪をき、目のあらくしで毛先をかしてから、頭の根元近くをいていく。

 そして、魔法であたたかい風を出して乾かし、次に涼しい風を出して整える。

 最後に、爽やかなバラの香りのするヘアオイルを髪に薄くコーティングする。

「できました」

「ああ。ありがとう」

 レナルド様が微笑まれ、こちらも笑顔になる。

 その後、片付けを済ませ、二人でレナルド様のお部屋に戻った。


 十八時三十分。レナルド様の着替え。

 時々、視線を逸らしつつ、脱がれたお召し物を受け取る。

「ありがとう」

「お気になさらず」


 ──レナルド様より私の方が気にしているのかもしれない。


 そうこう考えている内に、レナルド様が燕尾服をお召しになっていた。

 いつもは夕方からお屋敷にはいなかったため、レナルド様の燕尾服姿は初めて拝見する。

 今朝よりもドキドキしながら、お召し物を整えていく。

「行こうか、アリクス」

「はい!」

 レナルド様は食堂へ。私は洗濯室に先に寄り、晩餐の給仕のために食堂へと向かった。


 十九時。レナルド様方の晩餐の給仕。


 二十時。晩餐の片づけと帳簿づけ。

 朝と同じ食堂で、簡単な夕食をいただく。晩餐の残り物の時もあるみたい。

 ミスター・チェンバレンに帳簿付けを教えていただく。

「ミスター・チェンバレン。お忙しいところご教示いただきありがとうございました!」

「また何かあれば何でも聞いてください。可能な限りサポートします」

「お気づかいいただき、心より感謝申し上げます」

「それでは、私はもう行きます」

「はい! 今後もご指導のほど、よろしくお願いいたします」

「今日は疲れたでしょうから、ゆっくり休んでください」

「はい!」

 ミスター・チェンバレンを見送った後、レナルド様のお部屋に向かう。


 二十時三十分。レナルド様のお風呂。

 レナルド様を風呂場までご案内し、お召し物などを部屋まで取りに行く。今度は、脱衣所に戻った後、部屋の隅で待機する。その後は、前回と同じように、レナルド様がバスローブをお召しになり、髪を整えさせていただきました。


 二十一時。レナルド様の着替えと就寝の準備。

 レナルド様はバスローブを脱いで、昨夜と同じ寝巻をお召しになった。

 レナルド様がベッドにお入りになり、ご本をお読みになる。その間に、洗濯室へバスローブを持っていく。部屋の戻った後、近くのものをそっと片付ける。

 二十分ほどすると、レナルド様がお顔を上げ、近くの小さなテーブルに、ご本を置かれた。その本を元に戻していると、レナルド様からお声がかかる。

「今日は、ありがとう、アリクス」

「レナルド様のお役に立てて光栄です。何かありましたら、隣の部屋におりますので、遠慮なくお申し付けください」

「ありがとう」

 笑みを浮かべたレナルド様に、自然と笑みが浮かぶ。

「アリクス、おやすみ」

「おやすみなさい」

 レナルド様がお休みになった後、自分の部屋へ向かった。


 二十一時半。お風呂。

 みんなとお風呂に入る。

 頭と体を素早く洗い、お風呂につかる。疲れが取れていく気がする。


 二十二時。就寝。


 今日は、いろいろなことがあった。


 ──初めてのことも、たくさんあって……。


 今日あった出来事を思い出していく。


 ──「アリクスは──白バラが似合うな」。


 昨夜のレナルド様の声が、繰り返される。


 ──男の体になってどうしようと思ったけど、レナルド様に一生尽くしていきたい。


 私は、もう一度、決意した。

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